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メグが二年生になった頃だった。入学して早々に呆れた他のスリザリンの生徒とも、まだ表向きはうまくやれていると思っていたし、一緒にいられるように努力もしていた頃だった。

「見た?あの子の酷い顔!」
「当たり前でしょ!マグル生まれなんて、あの顔がお似合いよ」

前を歩く友人二人が楽しそうに話しているのをメグはいつも聞いているだけだった。どうやら今日はマグル出身の生徒の顔を吹き出ものだらけにしたらしい。その後も道行くマグル出身の子の髪を呪文で引っ張ったり、水をかけたり。メグはそれをただ見ているだけだった。ただ見ているだけでも自分の中で何かどんよりと重く、汚いものが、罪悪感という形で積もっていく様な気がした。

そんなメグのお気に入りの場所が湖だった。唯一落ち着く事のできるその場所で、メグはいつも一人で本を読んだり、ただ湖を眺めたり、何より自分を偽らないでいられるこの場所が好きだった。

「じゃあ、私図書館に本を返しに行くから先に行くわ」

今日もいつも通り適当な口実で2人の友人に別れを告げて、湖に足早に向かった。しかし、向かったお気に入りの場所はいつも通りではなく、その光景にメグは固まった。

「誰かいる...?」

メグがいつも座っている木の下に、小さくうずくまる影が見えたのだ。うずくまっているためどこの寮生かわからなかったが、体格から見て新入生だろうと確信した。どうしよう、とメグはたじろぐ事しか出来ずにそわそわとその子を見ているしかなかった。

「...誰かいるの?」

先ほどメグがつぶやいた事と同じ言葉をかけられた。どうやらバレてしまったらしい。メグの頭の中の二人の自分が囁く。このまま無視して逃げてしまえばいい、今は誰かも向こうに認識されていない。明日にはまたいつも通りの場所に戻っているだろうから、今日くらいはまっすぐ寮に帰ろう。でも、もう一人の自分がこう囁いた。この場所でくらい、あなたのままで、偽らない自分でいたくないの?だったらー

「....ごめんなさい」

メグはおずおずと前に出ると、小さくうずくまるその少女と目があった。綺麗な青い瞳をした、くるくるとカールしたブロンドの髪が特徴的な可愛らしい子だった。その少女はメグの胸元をみるとぎょっとした顔になり慌てて立ち上がる。

「待って!」

呼び止めると、彼女はまたびくっと静止した。怖がらせないようにゆっくりと彼女の隣に並んだメグは、立ち上がり呆然としている彼女の隣に腰を下ろした。この場所、私のお気に入りなのよ、と言うとごめんなさい、という小さな声が上から降ってきた。彼女の顔をみると、あの綺麗な瞳が地面を捉えている。きっとこの子はこの言葉が口癖になってしまっているんだろう、メグはなんとなくそう思った。

「ちょっとだけ、話さない?」

できるだけ優しく、怖がらせないように声をかけると、承諾してくれたのか、今更逃げられないと思ったのか彼女は静かにメグの隣に腰を下ろした。

「ここはね、私が私でいられる場所なの」

メグが湖を眺めながらつぶやくと、彼女もつられるように湖を眺めた。二人の間を暖かい南風が吹き抜ける。いきなり何があったの?なんて野暮な事は聞けない、というより別に聞かなくてもよかった。彼女には彼女の事情があるのだろうし、メグもなんとなく話し相手が欲しくなっただけだった。

「素敵な場所ね」

ようやく警戒心を解いてくれたのか、彼女も遠慮がちだが話してくれるようになった。立ち上がった時に見えた胸元から、彼女がハッフルパフの生徒であることがわかった。知らない子だった。

それから二人はよくここで会うようになった。特別待ち合わせているわけでもなく、お互いこの場所に来たくなった時、会えば話をする。今日は箒に上手く乗れただとか、テストで失敗しただとか、見た夢にハンサムな彼氏が出てきただとか、本当にたわいもない話だった。たまにまた彼女が泣いている事があっても、メグは黙って彼女の背中をさすってあげるだけ。彼女もありがとう、と一言お礼をするだけ。そんな彼女との距離感と関係が好きだった。

ある日また、いつものように木の下で本を読んでいるとこちらに向かってくる彼女が見えた。手を振ろうと立ち上がると、彼女の様子がいつもと違うことに気がついた。何かに怯えている様な泣きそうな顔でこちらへ走ってくる。慌てて彼女に駆け寄ろうとした瞬間、メグは彼女を追いかけてくるものが、追い詰めているものが何なのか、はっきりとわかってしまった。

彼女を受け止めようと、抱きしめてあげようとした両手は、だらりと力なく落ちていった。



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