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もう誰の視線も気にならない。メグは図書館へ続く道を駆け抜けると、あっという間に目の前に入り口が見えた。ふう、と一度だけ深呼吸をして足を踏み入れる。
「知ってる?図書館にはとっておきの特等席があるのよ」
二年前、彼女から聞いた言葉を思い出す。その場所が近づくたびにメグの心臓はうるさく音を立てた。特等席は、確か、入り口からずっとずっと奥の方。ぽつんと周りから隔離されたかの様にに見えるその席には、近くの窓から溢れる日差しに、綺麗なブロンドの髪が照らされていた。
向かいの席に座ると、その音で目が覚めたのか彼女は綺麗な青い瞳をこすりながら顔を上げる。
「確かに"とっておきの特等席"ね。ここなら本を枕にして寝ていてもマダム・ピンスからは見えないもの」
笑いながら彼女に話しかけると、驚きで目をまん丸くさせた。懐かしさや愛おしさで思わず泣きそうになったメグだが、なんとか涙を堪えた。
「...ちょっと話さない?」
そう言うと、今まで見た事ないような満面の笑みで彼女は頷いた。
*
「えっと、その節はどうも...お世話になりました...」
ごにょごにょと口ごもりながらお菓子を作ったの、と言いそっと包みを渡すと、青年はどうもありがとう、とそれを受け取った。
「これ、食べても安全なやつ?」
「失礼ね!ちゃんと教えてもらいながら作ったんだから大丈夫に決まってるじゃない!....多分...」
彼が中身を取り出すと小さいクッキーが箱いっぱいに詰められていた。恐る恐る口に入れてみると紅茶の香りが口の中で広がり...その後味はなんとも言えないが...うん、ちゃんと美味しいと言っておこう。
「うまくいってるみたいで安心したよ」
一週間前、数年ぶりに再会した彼女とメグはお互い思っていた事を洗いざらい話した。二年分のありがとうとごめんなさいを言い合って、今度はしっかりと彼女の手を取って話す事が出来た。二年も会っていないのが嘘のように彼女とはまたすぐに打ち解けた。彼にお礼がしたいと言うと、相談に乗ってくれた上に、料理が苦手なメグを彼女が手伝ってくれたのだ。相変わらず寮内では一人だったが、もう強がっていた頃の自分じゃない。本当の友人が出来たメグは、昔のように独りじゃなかった。
「まるでカップルみたいだな。しかも付き合いたて、熱々の」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
むっとした顔で睨むと、だから褒め言葉だってというへらへらした顔でクッキーをつまむ彼が見えた。
「そういえばずっと聞きたかったんだけど...なんで私たちのこと見てたの?まさか彼女のストーカーとか変な気があるとかそういうのじゃないわよね...?」
より一層睨みをきかせると、違う違うと慌てた彼はクッキーを喉に詰まらせた。慌てるなんて余計怪しいわね。メグがそういうと、また彼は急いで言葉を続けた。
「だから違うって!俺が見てたのは寧ろ、その...君、」
髪のように耳まで真っ赤な顔をした彼がぽりぽりと頭を掻くと、メグから目を逸らした。らしくない彼にメグもつられて顔を真っ赤にしながらはあ?と叫んだ。
「ふざけてるの?それともからかって面白がってる?ならただじゃおかないわよ。」
「本当だって!大体君が悪いんだろ!ここは元々俺の最高の昼寝スポットだったんだぜ!なのにいきなり女の子...君がほとんど毎日来るようになるし」
そこまで聞いてメグはまた疑問が生まれた。今では笑い話になるくらいの最悪な日を思い出す。
「じゃ、じゃあなんであの時は初めて会ったように振る舞ったの?」
「...そりゃあ君が、あー......うん、続き言っても怒らない?」
歯切れの悪い返事をした彼は、相変わらず顔は真っ赤だが、今度はしっかりとメグの瞳を捉えていた。怒らないわ、と言うと続きを促すようにメグも彼を見つめ返す。
「君が綺麗になってたから気がつかなかった。」
メグは最初、彼が何を言っているのか全くわからなかったため、自分でもう一度彼の言葉を疑問系で繰り返した。恥ずかしいからやめてくれよと手で顔を覆う彼を見てやっと言葉の意味を理解したが、返事ができないし、わけがわからない。
「最初君を湖で見かけた時は髪もずっと短かったし、君の後ろ姿はよく見てたけど、顔はちらっとしか見た事なかった。それに...変な子だとも思ったよ。あの子の話を聞いた時も驚いた。ずっと見てた子が、スリザリンにもそんな奴がいるんだってさ」
恥ずかしさを誤魔化そうとしているためか、普段よりも大きい身振り手振りで彼は話を続ける。
「でも、だからあの時の子だって気づいた。あの日怒って走って行った君の背中を見てピンときたんだ。スリザリンの奴ならいじめて当然だって威張った顔をするはずだろ?なのに君は完全にキレちゃったみたいだし」
得意げな顔をしだした彼を見て、メグは彼が完全にいつもの調子を取り戻している事に気が付いた。ずるい。私の心臓はずっと落ち着かないままなのに。
「それから色んな知り合いに探すのを手伝ってもらってたんだ、君と彼女を会わせるためにね。俺の相棒も必死になって探してくれた。まあ君はそれも迷惑だったみたいだけど...ごめん、それは今更だけど謝る」
思い出したように謝る彼に、思わずくすくすと笑みがこぼれた。彼の優しさにも触れた気がして、心がじんわりと温かくなった。そんなメグを彼はまた真剣な目で見つめると唐突に切り出した。
「メグ、よく本読んで笑ってたよな」
急な質問にメグは戸惑いながらそうね、と答える。
「本って時間つぶしにもなるし面白いし...昔からよく読んでたわ。マグル出身の作家が書いたものだったかしら。凄く面白いお話があったの。この場所はいつも私しかいないと思ってたし...確かに、思い出すと恥ずかしいけど一人で笑っちゃってたかも。それがどうかした?」
「いや、これも今思い出したんだ...というよりなんで今まで忘れてたのかわからないくらいなんだけど」
ひと呼吸置いて、彼はゆっくりと言葉を続けた。
「俺、多分、本を読んでるメグというか、笑ってる君を一目見て好きになった」
またしても突然の告白と彼の瞳に、メグは身動き一つとれず、一言も発する事が出来なくなった。多分、自分の顔は耳まで真っ赤だろう。恥ずかしさでいっそのこと倒れて、気を失ってしまいたい。
そんなメグを見て、反対に、いつもの余裕の笑みに戻った彼はメグの頭の高さに合わせるように上半身を少し屈ませると額に小さくキスを落として立ち上がった。
「返事はいつでも結構、スリザリンのお嬢さん」
いたずらっぽく笑って歩いていく彼の背中に、呼び止めるように声をかけた。最初は見分けがつかず、呼びずらかった彼の名前。今となっては恥ずかしくて中々呼べなかった彼の名前。初めて好きになった人の名前。メグは大きな声で叫んだ。
「待って!ジョージ、私もー」
言いながら駆け寄ったメグの体を、彼は優しく受け止めた。