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せっかく用意したお菓子がまた駄目になってしまう、メグはそう思いながらため息をついた。
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決心した次の日、メグは早速いつも通りの時間に図書館へ向かった。自分の分の教科書と彼の教科書を抱えていても、不思議と足取りは軽い。お菓子は両親がふくろう便で送ってくれた詰め合わせの中に砂糖羽根ペンと、かぼちゃのパイがあったのでおすそ分けすることにした。
しかし、彼はその日図書館に現れなかった。ほとんど毎日、メグより先に勉強を始めている彼が居なかったのだ。はじめは何かの都合で来れないのだろうと軽く考えていたが、次の日も、また次の日も彼は現れなかった。彼が図書館に現れなくなってから、1週間が経とうとしている頃、かぼちゃのパイは駄目になった。
「どう思う?」
「んー...そりゃあ彼にも彼なりの事情ってものがあるのよ」
ベッドに寝転がり、部屋の天井に目をやりながらルームメイトのケイトに尋ねると、力の無い声が返ってきた。おそらくケイトも試験に向けた勉強で1日疲れているのだろうが、こんな話が出来る友達は彼女しかいなかった。ちょっと聞いてる?と彼女の方に視線をやると、聞いてるわ、と言いながらまた教科書を広げていた。そろそろ頭がおかしくなりそうだ。
「私が彼宛てのパイを食べさせられる羽目にならないことを祈ってるわ」
「私宛てのチョコレートを勝手につまみ食いした人の言うこと?」
そんなやりとりに2人でおかしくなって笑っていると、あっという間に夜が更けていった。
*
1週間と少し経った頃、いつも通り図書館で必死になって勉強をしていた。すると、あの彼がきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いてくるのが見えたのだ。明らかに何かを探しているような彼は、そのままメグのいるいつもの席に向かってくるのが見えたので、思わず声をかけた。
「待って!」
彼は話しかけられると思っていなかったのか、驚いた顔でメグを見つめた。返事に困っている彼に、メグは慌てて続きを話す。
「えっと、何か探し物?してるのかと思って...」
メグが話すと、彼は少し間を置いたあと、そうなんだ、と控えめな声で話した。
「1週間くらい前から薬草学の本が行方不明なんだ。ここに忘れたのかと思って探してた」
彼はメグと目を合わせずに答えると、そう言って頭をぽりぽりと掻いた。
「じゃあ、やっぱりあなたのだったのね」
彼の返事を聞いて確信したメグはおもむろに彼の教科書を取り出すと、私のと混じってたの、と言って彼に差し出した。
「...君が持ってたんだ」
ありがとうと言うと彼は教科書を受け取って自分の名前を確認した。確かに僕のだ、と言う彼は少しほっとしたようで頬を緩ませた。いつも真剣に取り組む彼の表情しか見たことのなかったメグは新しい一面が見られた気がして嬉しかった。
「本当はもっとはやく返すつもりだったの、ごめんなさい...その、中々会えなくなっちゃったから...」
「君が謝ることじゃない。僕が忘れたのが悪いんだし。それに、君の言うとおり勉強もサボった」
1週間以上もね、と言う彼とようやく目が合った。もう一度彼の瞳を見た時メグは彼のこの瞳の色がとても好きなんだとわかった。聡明な彼の瞳に吸い込まれそうになる。しばらく沈黙が続いた後、彼が口を開いた。
「えっと、それじゃあもう行くね」
彼の言葉にはっとしたメグは、もう一つ用事を思い出した。
「バーティ!」
去りかけた背中に思わず声をかけると、彼はまた驚いた顔でメグを見つめ、今度は先ほどより少し優しい表情で僕、また何か忘れてた?と尋ねた。
「えっと、違うの、あなたにもう一つ渡したいものがあってー」
慌てて駆け寄ると、椅子につまずいてしまったが、彼が支えてくれた。
「そんなに慌てなくても僕は居なくなったりしないよ」
笑いながら支えてくれた彼にお礼を言うと、メグは持っていた包み紙を取り出した。1週間前に用意した包みは、だいぶくしゃくしゃになってしまっていた。彼とはもう会えないかもしれないと諦めかけていたので、新しく包み直すのを忘れていたのだ。
「蛙チョコのお礼に私もお菓子を渡したくて...中身はちゃんと新しいから大丈夫よ」
包みのシワを慌てて広げながら彼に差し出すと、彼はまたありがとうと言いながら受け取った。
「勉強には甘いものが良いって聞いたの」
1週間ほど前の彼の言葉を繰り返すと、僕もそう聞いた、と彼は笑った。
「...さっきはいきなり名前を呼んでしまって失礼だったわ。ごめんなさい。私ったら自分の名前も名乗ってないのに...」
申し訳なさそうに目を伏せるメグの視界に、遠慮がちに、でも確かに差し出された手が見えた。
「...僕はバーティ・クラウチ。君は?」
「私はメグ・ペンバートン」
握手なんて何年ぶりだろう。メグはなんとなくそんなことを考えていた。彼の一回り大きな手は、この季節だというのにどこか冷たく、ひんやりとメグの手を包み込んだ。