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※セドリックと幼馴染、原作の死ネタあり
「セドリック?」
深夜、眠れずに談話室へ降りると今や学校一の有名人と言ってもいい彼が、1人本を読んでいた。本から顔を上げると、メグ、と彼は少し驚いたような顔で名前を呼んだ。
「珍しいわね、1人でいるなんて。まあこんな時間だからだろうけど...」
「眠れなくてさ。最近よく目が覚めるんだ」
そう言ったセドリックの向かいに座ると、ぱたん、と本を閉じる音がした。邪魔をしてしまったのかと思ったが、実は全然集中出来なくて、と彼は笑いながら本をテーブルの上に置いた。
「メグこそこんな時間にどうしたの?」
「私もね、考え事をしてたら目が冴えちゃって。だからこれをねー」
ティーセットを取り出したメグを見て、昔と変わらないね、と懐かしむような目で見つめる彼の顔は笑顔なものの、どこか疲れているように見える。
「だって好きなんだもの。何時だって飲みたくなるわ」
「メグ、小さい頃も、夜は眠れなくなるからやめなさいってよく怒られてたよね」
そうだったかしら、ととぼけながらカップを2つ用意するメグを見てセドリックはまたくすりと笑った。缶から取り出した茶葉からは、ふわりと優しい香りが広がる。
「でも今日はカモミールを用意したの。丁度私たち2人にぴったりね」
香りが弱めのものを選んだから、と勧められたので口にしてみる。ほんのりとカモミールの香りがするが、なるほど。確かに飲みやすい。セドリックは美味しいね、と言うと続けてもう一度カップに口を付けた。
「カモミールはね、身体も心もリラックスさせてくれるのよ。それに、不眠にも効くの」
「僕もティーセットを持ち歩こうかな」
そう返すセドリックに、今度はメグがくすくすと笑った。たわいもない話をしながら紅茶を半分ほど飲み干した後、メグは遠慮がちにセドリックに尋ねた。
「眠れないのは、やっぱり次の課題のこと...?」
カップを置き、しばらく考え込むような表情だったセドリックは、そんなところかな、と静かに答えた。
「次が最後の課題だ。それで全てが決まる」
途端に厳しい顔つきになったセドリックは、どこか遠くを見つめているような気がした。硬く組まれた手は、少し震えている。
「...怖いの?」
「...怖いよ。凄く怖い。それに何も今回に限ったことじゃない」
実はゴブレットに選ばれた日からずっとだ、とセドリックは無理やり笑顔を作った。そんな顔をする彼を見たくなくて、メグはそう、と言いながらカップに紅茶を注ぎ足す。透き通った水面から、茶葉が落ちていくのをぼんやりと眺めているとセドリックが口を開いた。
「がっかりした?」
「がっかり?どうして?」
きょとんとした顔のメグを見て、うん、そうか、そうだったね、とセドリックは何か納得したように続ける。
「メグは本当の僕を知ってるから」
そう言って震えるセドリックは、メグの目には、小さい頃から変わらない、怖がりの"セディ"として映った。
確かにセドリックは誰がどう見たって完璧だった。周りの目を惹くような容姿と、誰にでも優しくて自分には人一倍厳しい。ハッフルパフの監督生で、クィディッチのチームのキャプテンで、おまけにトライ・ウィザード・トーナメントの学校代表選手になった。それでも、どんどん完璧に磨きをかけても、セドリックはセドリックのままなのに。想像できないほどの期待や不安、周囲の目が彼に重くのしかかっているのかもしれない。
「確かに、あなたは昔から怖がりだったわ。ずっと私の後ろに隠れてたし。今は...大きくなり過ぎて隠しようがないけど」
メグの言葉にセドリックはふっと頬を緩めた。メグはそんなセドリックの隣に腰をかけると、今度はしっかりと目を見つめて話す。
「あなたは、第一の課題も立派にこなしたわ」
「それは、ハリーが僕にドラゴンのことを教えてくれたからだよ」
「次の課題の謎も解いて、彼女をちゃんと助けたじゃない」
「それも、たまたまの思いつきが上手くいっただけだ」
セドリックの答えにメグは少しむっとした。謙虚さは彼の長所だが、同時に短所でもある。メグはため息をつきながら話した。
「あなたはもっと自分に自信を持つべきだわ。誰も簡単に出来ないようなことを成し遂げてるのよ」
そうかな、とメグの言葉に、セドリックはまた自信なさげに答えた。あまり言いたくはなかったが、思いついた言葉をかけてみる。
「そんな弱気なセドリックを見せたら、チョウにがっかりされるわよ」
メグの言葉にセドリックは少し顔を赤らめると、確かにそうかも、とぼそりとつぶやいた。嫌だ。メグは素直にそう思った。彼女の名前を軽率に出した自分にも腹が立つし、彼女の名前を聞いてそんな反応をする彼も見ていたくはなかった。しかし、彼を今一番近くで支えられるのは私ではなくて彼女なんだと、それはメグ自身が一番よくわかっている。現にパーティーのパートナーに、と彼女を誘ったのはセドリックだし、2人が並んだ姿は、誰が見てもお似合いだ。
「セディー」
だからこそ、今この時だけは、昔のように彼の隣に居たい。小さい頃のように怖がって震える彼の手を取って、名前を呼んで、大丈夫よと、彼の近くにいたかった。
「何も怖いことなんてないわ」
「メグ...」
彼を見上げると、今にも泣き出しそうな顔が目の前にあった。堪らなくなって、メグはセドリックを抱き寄せてハグをした。耳元で鼻をすする音がする。メグは背中をさすりながら大丈夫、大丈夫よ、と繰り返した。
「私、あなたなら立派に次の課題もクリアして、優勝出来るって信じてるもの。なんなら賭けてもいいわ。怖がりのセディでも優勝出来るって」
耳元でありがとう、という彼の言葉聞き、そっと体を離すと、鼻の赤くなったセディがほっとしたような顔で微笑んでいた。
「メグにはいつも助けてもらってばっかりだ」
「そんなの、今更じゃない。お互い様よ」
「でも、いつかお礼がしたいんだ」
セドリックがそう言うと、しばらく考え込んでいたメグは何か思いついたように言った。
「じゃあ、さっきの賭けが当たったら、私の頼みごとを一つ聞いて欲しいの」
「僕が優勝したらってこと?」
そうよ、とメグはにこりと笑いながら答えた。
「もし...もしもの話よ。あなたが優勝出来なくて私の賭けが外れたら、代わりに私があなたの頼みを一つ聞くわ。これでどっちに転んでもあなたの損にはならないし」
紅茶を一口すすりながら話すメグはどこか得意気だった。そんな彼女をみて、セドリックは不思議そうに尋ねる。
「ちなみに、メグが僕に頼みたいことって?」
「そんなの今聞くなんて野暮よ。優勝したら教えてあげる」
メグは嬉しそうに答えると、もう一杯いかが?と紅茶を注いでくれた。どのくらい経ったのだろうか。談話室の窓から溢れる月明かりは、いつの間にか朝日に変わろうとしているところだった。
「すっかり寝そびれちゃったわね」
「僕はもう慣れっこだよ」
昔に戻ったように、笑い合った。こんな時間がずっと続けばいい。メグはそう思った。
*
「セディ、私の賭けが外れたら、あなたは私に何て頼んだのかしら」
談話室で彼との話を思い出しながら、メグはまたカップを2つ用意した。あの日と同じ、カモミールの茶葉を取り出すと、ふわりと懐かしい香りが辺りに広がる。
結果として、多分、メグの賭けは外れたことになる。セドリックは優勝出来なかった。でも、メグがセドリックの頼みを聞くこともなかった。メグが彼と話すことも、もうなかった。
「こんなことになるなら、あの時にちゃんと口に出して、頼んでみれば良かった」
彼が居なくなってから、何回そう思っただろうか。何回悔やんだかわからない。彼の最期の姿を見た時は、何故だか涙は一滴も出なかった。彼が居なくなったことが信じられなかったのかもしれない。抜け殻のようになってしまった私を支えたのは、昔の思い出と、あの日彼と一緒に過ごした時間だった。
あなたに好き、だなんて言わないから、困らせたりなんてしないからと、ずっと気持ちを閉じ込めていた。あなたの一番になれなくていい。だから、せめて、私のただ一つの願いを聞いて欲しかった。
「セディ、私ね、一度でいいから、あなたとまた踊りたかった。彼女があなたと踊ってる姿を見て思い出したの。小さい頃2人で真似して遊んだ時みたいに踊りたかった。綺麗なドレスなんて要らない。あなたと一緒に過ごせたら、それだけでいいの」
そうつぶやくと、ぽつり、と涙が一滴テーブルの上に落ちた。ようやくこぼれた涙は堰を切ったように溢れ出す。ずっと閉じ込めておいたのに、言わないと決めていたのに、彼への気持ちも想いも止まらなかった。
「セディ、大好きよー」
静かに泣くメグを、カモミールの優しい香りと、朝日が包み込んでいた。