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※目と鼻の先 番外編
「初めまして、ビル・ウィーズリーだ。よろしく」
これが一目惚れ、初恋というものなんだと思って疑わなかった。私は一目で彼から目が離せなくなったし、夢中になった。小さい心臓はどきどきと高鳴って、その日はろくに眠ることが出来なかったから。
彼に手を取られるまでは
*
「もう終わったか?」
目の前でうんざりと言った顔をした彼は、私が持ってきたクッキーをばりばりと乱暴に口にしながら続けざまにこう言った。
「1年経ってもこの有様だと、そろそろ俺はメグの話を一語一句間違えずに話せるようになるかもな」
フレッドの言葉にはっとすると、ごめん、と短く謝った。どうやら気づかないうちにまた彼の話ばかりしてしまったらしい。お詫びと言ったらなんだが、自分の分にと取り分けておいたクッキーも彼に差し出した。フレッドはいいの?と短く聞いてからまたクッキーを口にする。
「それより、メグは今年も俺たちと一緒に帰るってことでいいわけ?」
「フレッド達のところに寄ってから帰っておいでってパパから手紙がきたわ」
彼の気持ちはもう既に長い夏休みに向いているのか、最近はずっとうきうきしっぱなしのようだ。綺麗な赤髪はふさふさと揺れていて実に楽しそうである。また夏休みに変な悪巧みをしないといいけど、目の前の幼馴染を見ながらそう思った。
「それなら当日は談話室に集合にしよう。どうせメグの荷物も運ぶ羽目になるし」
手伝わないとママに後で怒られる、とフレッドは顔をしかめながらまたクッキーを一つ口に放り投げた。
じゃあ、と言って彼と別れ自分の部屋に戻ると、中は女の子の部屋とは言い難い惨状だった。机の上やベッドの周りには洋服や教科書が散らかっている。1週間後には、この荷物をすっきりまとめておかないといけないと思うとため息が出た。
「メグ」
ノックの音とともに名前を呼ばれ振り返ると、そこには2つ年上で4年生のデイジーがドアに寄りかかっていた。彼女には入学当日の大広間で、目の前のごちそうにあ然としていたところを話しかけられた。年上だが気さくで親切で、それ以来ずっと付き合いが続いている。色々な悩みや相談も聞いてもらった。私にお姉ちゃんと呼べる存在がいたらこんな感じなのかな。何度もそう思った。
「イヴがどこにいるか知らない?部屋にいると思って来たんだけど...彼女に借りた雑誌をまだ返してなくて」
休暇に入る前に渡したいの、と言うとデイジーは困ったように腕を組んで眉を下げた。
「私が返しておくわ。多分夕食までには戻ってくるだろうし」
「本当は直接返したかったんだけど、お願いしていいかしら。まだまだやることが片付かなくて...それにね、ありえないほど夏休みの課題が出たのよ」
来年になったら忙しさで死んじゃうかも、とデイジーは笑った。
「ところで、相変わらず彼とは仲が良いのね」
「そうね、学年は2年生だけど、彼との付き合いはもう何年も昔からだもの」
慣れっこだわ。そう答えると、忙しいと言いながら、デイジーはそのまま私のベッドに腰をかけると身を乗り出して尋ねてくる。
「それで?今年こそは告白するの?」
今何て言った?バサバサと抱えていた本や洋服が落ちていく。私は、デイジーの質問の意図がわからず、口をぱくぱくと動かした。
「な、何を言ってるのデイジー」
「何って、メグ、好きなんじゃないの?彼のこと」
デイジーも目を丸くすると、やだ、ごめんなさい、と言いながら落とした荷物を拾ってくれた。
「彼ってもしかして、フレッドのことを言ってるの?前から言ってるけど彼はなんでもないわ、唯の幼馴染で...」
「違う違う、メグが前話してくれた彼の方よ。完璧だっていうね。今年も会えそう?」
「あぁ、彼ね、そうよ、彼。ビル・ウィーズリー」
そう言うと、デイジーはしばらく黙り込んだ。
「どうしたの?デイジー。言いたいことがあるなら言ってほしいんだけど...」
じっと考え込む彼女を見つめていると、遠慮がちに口を開いた。
「ねえ、メグは本当に彼のことが好きなの?」
彼女の質問の意味がわからずに、どういうこと?とそのまま聞き返す。
「メグ前に言ってたわよね、彼と初めて会った時に好きになったって。でも...そうね、その彼が物凄くハンサムで優しくて完璧だったとして、そんな素敵な人と握手したら私もどきどきすると思うの。もちろん11歳の女の子も含めて誰でもね」
デイジーの答えにぽかんとしていると、彼女はまた少し考え込んだ後に続けた。
「メグ、好きと憧れは全くの別物よ。それにあなたからはなんで"彼"の名前が先に出てきたのかしら」
すぐにわかるわ、とウインクして言い残すと、デイジーは私に雑誌を渡し部屋を出て行った。何がわかるようになるんだろう。私は一人になった部屋で頭を悩ませるだけだった。
*
「メグ!」
部屋に戻ってきたイヴの大きな声で目が覚めた。最悪だ。結局後回しにした片付けは、当日まで先延ばしにされていた。せっかく朝ご飯を抜いてまで早起きしたのに、どうやら二度寝してしまったらしい。
「全くメグったら、今回は朝ちゃんと起きてたから安心してたのにこれだもの」
「ところでイヴは?なんで戻ってきたの?」
「ちょっと忘れ物。危うく課題が出来なくなるところだったわ」
イヴは教科書を取ると、下で彼がずっとそわそわしてる、と言い足早に部屋を出て行った。慌ててまだ半分も片付いていなかった荷物をとりあえずトランクに突っ込んだ。今年こそは綺麗に詰めて完璧な荷造りにするはずだったけど。よし、と部屋を見渡す。とりあえず必要な物は詰めた、多分。私は散らかったままの部屋に別れを告げて飛びだした。今はそんなこと言ってる場合じゃない。はやくしないと汽車に乗り遅れてしまう。
「フレッド!ごめんなさい!」
トランクをガタガタと引きずりながら談話室へ降りると、フレッドは落ち着きなく腕組みをしながら待っていた。
「メグの寝坊癖はもう慣れっこ。ほら、トランク貸して」
ありがとうと言って大きな荷物を渡すと、フレッドはもう一度手を差し出してきた。不思議に思ってその手を見ていると、彼はやれやれといった様子で話す。
「このまま俺らだけ置いてけぼりなんてごめんだ」
呆気にとられている私の手を取ると、フレッドは走り出した。ついて行くのが大変なくらい相変わらず足が速い。そういえば昔もこんな風にフレッドに連れられて2人で遊んだっけ。まるでウィーズリー家の子になったみたいに、小さい頃はきらきらした赤毛に混じって私もよく遊んでいた。その中でも、いつでも傍にいたのは彼だ。何処へ行くのも一緒だった。メグって、私の手を引っ張って色んな所に連れて行ってくれたし、おもちゃの箒で遊んだりもした。彼のいたずらにも付き合わされたけど、わくわくして楽しかった。それに私の話を面倒な顔をしながらも、いつもちゃんと最後まで聞いてくれる、もちろんそれは今でも。
その時ふと、デイジーの言葉を思い出した。久しぶりに包まれた彼の手から伝わる体温が私の鼓動を速めている。そのわけが、彼女の言っていたことがわかってしまった。ずっと一緒にいたんだもの。今まで近過ぎて見えていなかったのかもしれない。彼にも、彼の優しさにも。
あれ、フレッドってこんなに格好良かったっけ。
いつのまにか見上げるほど背が伸びている。目の前の広い背中と、揺れる綺麗な赤毛を見ながらそう思った。