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目の前にはバーティがいた。いつも通り優しく笑う彼は、別れを告げるように手を振ると背中を向けて歩き出した。メグも待ってと追いかけるように足を踏み出したいのに動かない。バーティの背中はどんどん遠ざかっていく。力を振り絞って、やっと動き出した足で駆け出しても追いつくことは出来なかった。手を伸ばしても届かなかった。どれだけ名前を呼んでも彼は振り返ってくれなかった。

「...メグ?」

ズキズキと頭の響くような痛みで目が覚めた。ゆっくりと目を開けると、そこには倒れる前と同じような表情をしたケイトがいた。

「良かった。大丈夫?なんかうなされてたみたいだけど...」
「大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけだから」

メグが身体を起こそうとするとケイトが手伝ってくれた。大丈夫と言ったのに、ケイトは相変わらず心配そうにメグを見つめた。

「あなたの大丈夫は口癖みたいで当てにならないのよ。現に大丈夫じゃなかったじゃない」
「それは、そうなんだけど...」

メグはごめんなさい、と素直に謝ることにした。ケイトの言う通り、現に心配も迷惑もかけてしまった。上級生にもなって自分自身の体調管理もまともに出来ないなんて。しゅんとするメグを見て、痛いところはない?とケイトは尋ねた。

「頭が少し痛いけど...それ以外はなんともないわ」
「そういえば転んだ時に凄い音がしてたわね...でも医務室の先生はちゃんと診てくれてたみたい。頭はたんこぶが出来る程度だから大丈夫だって」

そういえば、頭に手をやると少しぽこっとした膨らみがある。痛みがあったので不安だったが、先生が大丈夫だと言ったらそうなのだろう。メグの大丈夫とはわけが違う。メグは安心したように良かった、と小さくこぼした。

「どこも怪我が無くて本当に良かったわ。利き手でも怪我してたら、メグの今までの努力が水の泡になっちゃうところだったのよ」

ケイトに言われてぞっとした。確かにそうだ。メグは右手を摩りながら心の中で良かったともう一度つぶやいた。

「その様子だともう平気みたいね。先生には、明日日が沈むまでは1日中しっかりベットに縛り付けておいて下さいって頼んでおいたから」
「そんなことしたらみんなより出遅れちゃうわ!ただでさえ不安なのに....」
「ダメ。メグはまず身体を休めるのが先。1日くらい勉強を休んだって誰も文句を言わないわよ。みんなあなたの普段の頑張りを知ってるんだから。それに本番当日にまた倒れたら元も子もないでしょ?」

ケイトの最後の一言が決定打となり反論することは出来なかった。わかったわ、としぶしぶ頷く。ケイトは満足そうな顔をしていた。

「じゃあ、また明日もお見舞いに来るから」

ちゃんと寝るのよ!と言うケイトの少し大きな声が廊下に響いた。1人になった静かな医務室でベットに深く入り直すと、思いの外すぐに眠気が襲ってくる。ケイトの言う通りだ。せめて今夜と明日1日ぐらいは休んでしまおう。メグはまたゆっくりと目を閉じた。

今度は誰の夢を見ることもなく深い眠りについた。



目を覚ますと、枕元にはお菓子が置いてあった。どうやらケイトや友達がまたお見舞いに来てくれていたらしい。気を遣わずに起こしてくれれば良かったのに。ケイトが来るとしたらお昼休みだから、もう夕方近くになる。随分とベットで寝ていたようで、背伸びをするとポキポキと音が聞こえた。続いてぐぅ、とお腹が小さく鳴ったので、お見舞いのお菓子の山を崩していく。沢山のクッキーやキャンディといったお菓子を掻き分けていくと、馴染みのある五角形の青い箱が目に入った。

「ぐっすり寝れているみたいで良かったです。また試験後に」

箱に貼り付けられた羊皮紙のメモの字は、明らかにバーティのものだった。何故バーティはメグがここにいることを知っているのだろう。その謎は解けなかったが、流れるようにさらさらと書かれた短いメッセージは、メグの心をじんわりと温かくした。彼が来てくれたということがメグは嬉しくてたまらなかった。同時に呑気にぐっすりと寝ていた自分にうんざりもした。せっかく数週間ぶりに彼に会えたかもしれないのに。そう思いながらも、メグはあと少しで終わりを告げるこの辛い試験を乗り越えようと気合を入れた。本番まであと2週間近くはある。まだまだやらなければならないことも、覚えなければいけないことも沢山ある。それでも頑張れるのは、彼とまた一緒にゆっくり話が出来るようになるのが楽しみだからだ。夜からまた勉強を再開するために、メグは医務室のベットからようやく腰を上げた。

「勉強には甘いものがいいのよね」

そう言って箱を開けようとした時、ぴょこんと元気の良い蛙が飛び出したので慌てて捕まえた。カードはまたあの先生だった。



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