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「バーティ!」
目の前の彼はぴたりと足を止めると驚いた顔で振り向いた。名前を呼んで駆け寄ったものの続く言葉が中々出て来ない。肩で息をするメグに大丈夫?とゆっくり声をかけるとバーティは優しく微笑んだ。
「あなたって歩くスピードが速いのね」
「だからってそんなに慌てなくても...教室から走ってきたの?」
「だって...バーティはすぐ何処かへ行っちゃいそうだし」
「寮に戻ろうとしてただけだよ。居なくなったりしないから大丈夫」
くすくすと笑っていたバーティはふと何かを思い出すように腕を組んだ。
「...なんだかこんなやり取り前にもした気がする」
「いつも声をかけるのは私からだもの」
「僕はメグを見つけるのが下手みたいだ」
とりあえず座って話そうと言ったバーティに連れられ、懐かしいベンチに腰をかけた。2人で会う時はいつも星空が広がっていたが、今日は違う。空は澄み切った青色から紫、橙色へとグラデーションに色付いている。今はまだ一番星も顔を出していないのか見つけられなかった。
「夕食後に会う約束じゃなかったっけ?」
「それはそうなんだけど...見かけたら声をかけずにはいられなくって」
「まあ確かに、僕もメグの立場なら同じことをしてたかな...1ヶ月振りに友達を見かけたら声もかけるか...とりあえず約束の時間を僕が間違えてたんじゃなくて良かったよ」
うんうんと納得したバーティはどこかほっとしたようだった。そんな彼をメグはまじまじと見つめる。やっぱり彼の瞳は綺麗だ。久しぶりに間近で見たバーティを懐かしむように、メグはしばらく彼の瞳を覗き込んでいた。そんなメグをバーティも不思議そうに見つめ返す。
「...僕の顔に何かついてる?」
「い、や、そうじゃないの。ただ綺麗だなと思って」
自分から覗き込んでいたくせに、いざバーティと目が合うと急に恥ずかしさがこみ上げてきた。思いの外距離が近かったことにも驚いてぱっと目をそらす。メグの心臓は何故かドキドキと高鳴っていた。以前はこんなこと無かったのに。よくわからない感情にメグ自身が戸惑っていた。久しぶりに会った友人との会話に妙に緊張しているのだろうか。メグの頭の中は解けない疑問でいっぱいになった。
「...初めて会った時からずっと思ってたわ。ただ言ってなかっただけ」
そう言うと、ありがとうとバーティはメグに笑いかけた。まただ。何かおかしい。バーティの目が上手く見れなくなった。相変わらず心臓はうるさいし、彼の一言一言がメグの脳裏に響くような、それでいて心に溶けていくような気がする。そわそわとして落ち着かないし、メグは俯いてぎゅっとスカートの端を握るしか無かった。
「長話は夕食の後にたっぷりすることにして、ゆっくり散歩でもしない?」
メグは誤魔化すように気分を変えようと立ち上がると、そうだね、とバーティもメグに続いて歩き始めた。
「なんだが全部が新鮮に見えるわ」
「毎日見ている景色なのに?」
「バーティとはいつも図書館と中庭でしか会わないでしょ。あなたとこの時間に並んで歩いてるのが不思議で新鮮なのかも」
メグが軽い足取りで歩く隣で、バーティも周りを見渡した。いつも見ている学校内の景色と何ら変わりはないが、西日に照らされた校舎は綺麗だった。2人でぶらぶらと校内を散歩した後は湖に向かいゆっくりと辺りを一周した。
「たまにはこういうのもいいね」
「たまにはって...もうしばらくは図書館で缶詰になる必要もないのよ。外に出なくちゃ」
ね?と珍しく得意気な顔を見せたメグだが、その直後に鳴り響いたお腹の音でその顔は真っ赤になった。くすくすと笑うバーティを窘めながら2人の足は大広間へ向かう。その間も飛び交う話はお互いの試験の出来栄えについて始まり、たわいもない話題だったが、とても充実したものだった。
*
大広間へ向かうに連れ増える人を上手く2人でかわしながら進むと、香ばしい匂いや甘い香りが鼻をくすぐる。お腹を空かせていたメグが笑顔で足を踏み入れた途端、何人かの生徒と不意に目が合った。
「...ねえ見て、あれって...」
それに、どこからかそんな声が聞こえた。声の主の方へと目を向けると2人のスリザリン生がこそこそとこちらに向かって何かを話している。メグは、スリザリン生のことだ、どうせ半純血の自分に対してくだらない文句を言っているんだろうと思っていた。しかし見渡してみると、他にも同じようにこちらに目を向けてこそこそと話している生徒が目に入った。驚くことにそこには青や黄色のネクタイをつけた生徒もちらほらいる。明らかに好意とは程遠い視線を向けられ、メグはなんとも言えない不快感に襲われた。何故こんな視線を向けられているのかよくわからない。原因がわからず考えていても仕方ないので、メグは気がつかないふりをしてそのまま足を少しだけ速めた。
「メグ!こっちこっち!」
名前を呼ばれ見てみると、ケイトや他のルームメイトが手招きをしていた。どうやら先に席を取っておいてくれたらしい。バーティの方へ向き直すとその様子を見ていたのか、メグに行っておいでと言うように笑顔を向けた。
「また約束通り夕食後にね」
バーティのその言葉に頷いたメグは、彼に手を振り別れると、ルームメイト達が楽しく談笑している席へ着いた。バーティはどの辺りに座ったのだろうか。ふとそう思い振り返って彼の寮の方を見渡してみたが、彼を見つけ出す前にケイトひそひそとした声がメグの耳に入ってきた。
「ところでどうだった?」
「どうだったって?何が?」
「...メグ、あなたってそんなに鈍かった?」
メグのきょとんとした顔に、ケイトはがっかりしたようにうな垂れた。おまけにはぁ、と深いため息までつかれてしまった。頭を抱えて唸るケイトは、「まあ焦っても仕方ないわね...こういう時は周りがけしかけても...」と1人でぶつぶつ呟いていたが何のことを言っているのかメグにはよくわからなかった。
メグにはそれよりも気になることがあった。ついさっき自分に向けられた攻撃的な視線や訝しげに話す他の生徒の様子が頭から離れなかった。何か自分の知らないところで失敗してしまったことでもあっただろうか。誰かに恨まれることでもしてしまっただろうか。必死で思い返してみたが心当たりが何もない。メグ自身良い意味でも悪い意味でも特別目立つ生徒でもなく、これといった事件にも関わっていない。原因がわからなければ改善のしようがなかった。とても気持ちの良いものでは無かったし、メグはならば一刻もはやく忘れてしまおうと頭の隅に追いやった。
「このスープってこんなに美味しかったっけ?」
試験から解放され、ようやく料理の美味しさに舌鼓を打てるようになったのだ。今は目の前のごちそうを何にも邪魔されずに堪能したい。そう思ったメグはもう一度かぼちゃのスープを掬い上げると、今度はじっくりと味わった。