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「ちょっと食べ過ぎたかも...」
「今までほとんどまともに喉を通ってなかったんだから足りないくらいよ」
たっぷりとごちそうを口にして膨らんだお腹をさすっていると、ケイトはまだまだ余裕だと言わんばかりにデザートのケーキをお皿に盛り付けていた。メグはその様子を見ているだけで少し気持ち悪くなった。まだ食べているというケイトにまた後でと告げると、メグは約束通りの時間にいつもの中庭へと足を運んだ。
「ごめんなさい、遅かった?」
「ううん、時間ぴったりだ」
ベンチへ向かうと先にバーティが座っていた。隣へ腰掛けると、また妙な緊張感がメグを包み込んだ。夕暮れの出来事から余計彼を意識してしまっている気がする。
「すっごくお腹いっぱいで...歩くのが大変だったわ」
「そんなに沢山食べてきたの?」
くすくすと笑いながら尋ねてくる彼の声や仕草にまた鼓動が速まった。自分の今の発言もなんだか恥ずかしく思えてお腹をさする手を慌てて引っ込める。何故だろう。彼と話していてこんなに緊張したことは無いのに。またぐるぐると考えを巡らせていたところにバーティの声が響いた。
「ところで身体はもう大丈夫なの?」
「もう何週間も前のことよ。何ともないから大丈夫...そうだわ、チョコレート!バーティよね?」
うん、とバーティは頷くと、メグの目をじっと見つめた。
「倒れたって聞いて...心配だった。君の友達が教えてくれたんだ。でも起こすのは申し訳ないと思ったからあんな形になっちゃって。あまりお見舞いにはならなかったかもしれないけど...」
「そんなことないわ!凄く嬉しかったんだから!」
口早にメグが言うと、バーティは一瞬目をぱちくりさせていたが、しばらくすると良かったと微笑んだ。私は何処かおかしくなってしまったんだろうか。メグは自分自身に問いかけた。彼の細められた優しい瞳から今度は目が離せない。その瞳に捉えられているのが自分だと思うと、不思議と嬉しくて口元が緩んでしまう。このまま吸い込まれてしまいそうだった。
「そういえばもうすぐ休暇に入るけど、バーティは今年の夏はどうするの?家族と旅行したりとか?」
慌てて新しい話題を用意すると、今度は静かな沈黙が2人の間に訪れた。どうしたのだろう。そう思ってメグが見つめると、バーティは少し困ったような曖昧な笑顔でどうしようかな、と静かに答えた。やっぱりバーティは家に帰りたくないのだろうか。慌てていたとはいえこの話題にしたのは失敗だった。バーティは続きを答える気がないように思えたので、私は遠出するつもり、とメグは短く答えた。
「やっぱりメグは聞かないんだね」
いきなり彼の口から出たその一言にびくりと肩が跳ねる。メグが今まで避けてきたことの確信に触れられた気がした。まさか彼の方からなんて、思ってもいなかった。
「その...何か事情があるのよね?あなたが家族の話も、あなた自身の話もしないことには...だから...」
「メグは優しいから」
話さなくていい、そう続けようとしたメグの言葉を遮るように、バーティはメグから目を逸らして言った。彼の様子がおかしいことにはすぐに気がついた。いつも綺麗に透き通っていた瞳はどこかどんよりと曇っているように見える。縁取られた長い睫毛も、その瞳と共に重く伏せられ地面を捉えていた。
「メグは優しいから僕の嫌がることはしない、踏み込んで来ない、適度な距離を取ってくれた」
彼のこんな声色は初めて聴いた。静かに、でも確かに心に大きく響く彼の声は怒っているのか微かに震えている。
「でも、それがどうにも僕を酷くイラつかせるんだ」
メグはただショックだった。理由はどうあれ、自分のせいで彼を怒らせてしまったのだと今初めて気づいたのだ。全部バーティのためだと思ったのに。彼は大切な友達だ。勿論友達が嫌がることなんてしたくない。そう思うのは間違ったことなんだろうか?何も言うことが出来ないでいるメグにバーティは続ける。
「...僕はメグと本当の友達になりたかった」
「私だって!...友達だと思ってるわ...あなたのこと」
「...僕のことを何も知らないのに?」
やっと目が合ったと思ったバーティの表情は何故か笑顔だった。とても見ていられるものではない彼の表情に胸が締め付けられる。まるで何かを嘲笑しているようにも思えた。
「それに僕の噂だって聞いたことくらいあるだろう?僕の名前を知った時点でわかってたはずだ。普通あの噂を知ったら僕に近寄ってくるはずがない」
「だって...それはあなたが」
「1人で可哀想だったから?君は僕に同情してたんだろう。ただそれだけだ。一緒にいるのも友達だからじゃない。僕が1人の可哀想な子だったからだ」
「違うわ、聞いてバーティ」
「違わない!僕は.....ずっと独りだ。どこに居ても誰と居ても、誰も僕のことなんか見ていない」
彼は怒っているんじゃない、泣いているんだ。固く組まれた彼の手は小さく震えている。いつも笑っていたバーティが堰を切ったように目の前で感情を爆発させる様を見て、メグは何も出来なかった。どうしたら良いのかわからない。ただ彼を見ているとメグも泣き出してしまいそうだった。
「...ごめん...いきなり怒ったりして」
長い沈黙を先に破ったのはバーティだった。メグに謝ると、彼は静かに立ち上がって背中を向けた。
「僕とはもう会わない方がいい」
短くそう言うと、バーティはそのまま歩き出した。メグは彼を引き止めたかった。待ってといつものように名前を呼んでもう一度足を止めて振り向いて欲しかった。しかし何かが喉に痞えているかのように彼の名前は出てこない。メグは静かに遠くなる彼の背中を見ていることしか出来なかった。