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羨ましいなんて、何度思ったかわからない。彼が私の瞳に映るたびに、その回数はどんどん増えていく。
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「...いいなあ」
「メグのその台詞、もう数えるのもうんざりだわ」
メグが凝りもせずにそう呟くと、隣の友達はいつものように呆れた顔だった。いつまでも遠くの彼を眺めているメグに向かってため息をつく。彼女はつんつんと服の裾を掴んで速く歩くように促した。
「いい加減諦めたら?生まれ持ったものなんだから」
「そんなこと...とっくにわかってるわ。でもダメなの。どうしてもね」
言いながらまたいつも通り自分の髪先を掴んでくるくると弄んでみる。季節外れの雨が続く最近は、毎朝一生懸命梳かしても毛先がくるくると外を向く。肩にかかるより少し長いくらいの髪は、最近では手入れするのも一苦労するレベルだ。おまけに落ち着きのないこの黒髪は、湿気のせいでいつもより重く自分にまとわり付いているような気がした。
いいなあ、私もあんな髪色だったらなあ。
この学校に来てメグが1番初めに思ったことだった。学校に来る前、周りにいた人達は皆、それこそ黒やブラウンといった暗い髪色の人々ばかりでそれが当たり前だと思っていた。寧ろ、自分の髪の色など気にしたことがなかった。しかしその常識は、突如としてメグの目の前でひっくり返されたのだ。
「ここ、空いてる?」
そう言ってコンパートメントに訪れた少年の姿に唖然とした。燃えるような赤だ。とても綺麗だった。メグは唯々そう思って彼を見つめた。同い年にしてはすらりとした少し高い背に、綺麗な髪。その髪に夢中になって、一向に質問に答えない自分を思い出すと少し恥ずかしかった。
「えーっと、いいかな」
どうやら他に空いてる場所もなかったらしい。メグの返事を聞く前に、彼は重そうなトランクを運び入れた。席に着きふう、と一息ついた彼は、改めてメグに向かい合った。
「...僕の頭に何かついてる?」
じっと髪を見つめたまま視線を逸らさないメグに尋ねると、彼は不思議そうな顔をして頭をぽりぽりと掻いた。その度に揺れる赤い髪は窓からの夕日に照らされて、本当に燃えているようだった。
「生まれつきなの?」
前のめりになり、気がづいたら言葉が口から飛び出していた。突拍子も無い彼の質問を無視したメグの言葉に、状況をいまいち飲み込めていない彼はただ目を丸くしている。ガタンガタンと列車の動く音だけが響くような沈黙が訪れた後、メグはようやくはっとして自分が何をしているのか気がついた。そんな様子を見るなり、彼は手を差し出すと今度はにっこりと笑った。
「僕はビル。ビル・ウィーズリー。君は?」
そう言って差し出された彼の手には黄色い小さな包み紙がちょこんと乗せられていた。甘いものは嫌い?と続けた彼の言葉に首を横に振ると、メグはそっとその小さな包みを受け取った。
「私はメグ。メグ・ペンバートン。甘いものは好きよ。ありがとう」
今度はメグからおずおずと手を差し出すと、彼はにこにことした笑顔のままもう一度手を差し出した。握った彼の手は温かく、やっと合わせた視線にメグの心臓は小さく音を立てた。なんだろうこの感じ。握った手から、彼の指先から伝わる体温が、目の前の彼の笑顔が、メグの心にゆっくりと溶けていく。彼のその髪色に負けないくらい眩しい笑顔につられてメグも思わずにっこりと笑った。そんな温かさと開いた包み紙からほんのり広がるレモンの香りに、なんだかとても満たされた気分だった。