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「...一体何処にいるのよ」

強く決心したはずなのに、メグの心は既に折れそうだった。夏の長期休暇に入るまでの間に彼に会わなくては。そう思っているのに、中々出会うことができない。

学校中は一通り探したつもりだった。図書館は勿論、いつもの時間に中庭にも行ったが会うことができなかった。学校の湖の辺りも探した。廊下をうろうろと歩き回って、また前のように偶然会えないだろうかとも期待したが駄目だった。バーティ・クラウチという生徒は本当にこの学校にいたのだろうか?ふくろう小屋からの階段を下りながら、そんなことを考えてしまう。勿論ここにも彼の姿は無かった。

いっそのこと、もう諦めてしまおうか。
そんな考えが頭の中になかったわけでもない。そもそも彼がもう会わない方がいいと言ったのだから、避けられているに違いないのだ。それに、この広い学校で待ち合わせもせず偶然出会わす可能性も低い。なす術がなくなったメグは、とぼとぼと歩き続けていた。どれくらい時間が経ったかわからないが、気がつけば目の前に大広間が見えたので、疲れた身体を休めようと足を踏み入れた。

お昼前の大広間には、既に席に着いた生徒達がちらほらと見てとれた。もう授業もないこの期間は、それぞれが思い思いに時間を過ごす。休暇に胸を躍らせてお喋りをしたり、帰る支度をしたり、はたまた、いまだに勉強を続けている生徒もいる。適当な席に着くと、2、3席離れた席に着いている4人組の女の子達の会話がなんとなく聞こえてきた。1人の子は、どうやら夏休みはフランスへ旅行に行くらしい。お土産はこれがいいとか、手紙を送るねなんて楽しそうな会話がメグの耳に入ってきた。いいなあ。単純にそう思った。私が余計なことをしなければ、もっと上手くやっていれば、目の前の子達のように今頃バーティと楽しくお喋りをしていたかもしれないのに。

疲れた。ただそれだけだった。一度大きく伸びをしてから机に突っ伏した。もう時間がない、どうしよう。目を瞑ると焦る気持ちがメグを支配する。本当はこんなところでうだうだ言っている場合じゃない。そんなことはわかっている。けれどもう打つ手がない。会えなければ始まらないのだ。

「メグ?」

その時不意に、ぽんぽんと肩を叩いて起こされた。今誰かと話したら、危うく八つ当たりしていまいそうだったが、呼ばれた声に渋々と顔を上げる。

「マット?」

「久しぶり。こんなとこで寝て、具合でも悪いのか?」

見上げると懐かしい顔が心配そうにメグを覗き込んでいた。いつもきりっと上を向いていたはずの凛々しい眉は垂れ下がり八の字を作っている。マットは持っていた本をテーブルに置くと、すとんとメグの横に腰を下ろした。

「身体の方は全然なんともないの。ただ、ちょっと、色々行き詰ってただけ」

「そっか。でもまあ、メグの場合そっちの方が心配な気もするけど」

垂れ下がった眉は元に戻ったが、相変わらず心配そうな顔で見つめてくるマットに、メグはもう一度「大丈夫よ」と短く告げた。しかし、メグの言葉が信用ならないと言うように、マットの瞳はそのままじっとメグを捉えている。

「な、なに」

「いいや、人に話したくないことならしょうがないけどさ。気が紛れるなら話し相手になろうと思って」

昔みたいにね、と笑う彼は相変わらず眩しかった。彫りの深い顔立ちで通った鼻に綺麗な緑がかった瞳。ケイトより少し明るい色の髪はサラサラと揺れて光を反射していた。俗に言うハンサムな彼の笑顔は、他の女の子ならこれだけで簡単に落ちてしまうかもしれない。案の定、近くに座っている女の子たちの視線を独占していた。

彼とは3年生の時に出会った。引っ込み思案で人見知りなメグは、ケイトや、他の知り合いが居ない授業を受けることが初めてで、とても不安だった。隣は女の子だったらいいな。そう思って席に着くと、メグの願いとは裏腹に、わいわいと沢山の友達と一緒に教室に入ってきた背の高い男の子が隣の席に着いた。

「俺はマット。マット・パーカー。よろしく」

メグは差し出された手を見てしばらく固まっていた。初対面の人というだけで萎縮してしまうのに、男の子の知り合いも然程居なかったメグは目を合わせずに静かによろしく、と言うしかなかった。しかも、よりによってこんな目立つタイプ、絶対仲良くなれないだろうな。そんなことを思いながら深くため息をついたことを覚えている。

しかし、マットは見た目に反して...というと失礼かもしれないが、真面目だった。授業にはしっかり遅れずに来るし、授業中はじっと黒板を見つめせっせと羽根ペンを動かしている。前に一度、彼の教科書をちらりと覗き見たことがあるが、沢山の書き込みがあった。それに、授業中に当てられたメグが困っていると横からひっそりと答えを教えてくれたこともあった。

「あの...さっきはありがとう」
「いいっていいって。俺も前に君にわからないところ教えてもらったしさ」

それからメグはマットと少しずつ話すようになった。初めのうちは彼から話しかけることが多かったが、段々とメグからも話すことが多くなった。周りから見ても2人は正反対のタイプだったが、それが幸いしたのだろう。意気が合った。

「いいなあ、マットは友達が沢山いて」
「俺は親友がいるメグの方が羨ましいよ」

気がついたら、お互いの悩み事も打ち明けるようになっていた。きらきらと眩しかった彼も、それなりに悩みが絶えない普通の男の子だということを知り、身近に感じられた。授業前の短い談笑時間だったが、2人が真逆なタイプだからこそ、思いもつかない意見を得ることが出来た。マットはいつも大胆な提案をしてきたことをよく覚えている。お互い選択する授業も変わり、しばらく顔を合わせていなかったため、再会は嬉しかった。

「だからね、どうしようもないのよ。もう手の打ちようがないの」

少し考えたが、バーティの名前は出すのを控えて、今までの経緯を話した。話すことで多少落ち着いた気もするが、相変わらずメグはもやもやとしたどうしようもない感情に苛まれている。そんな様子のメグを見て、マットは不思議そうな顔をしながら言った。

「それなら簡単なことだ。会って話せばいい」
「だから、それが何処にもいないのよ」
「絶対に居る場所があるだろ」

今度はメグが不思議そうな顔をする番だった。気がつかないメグを見て、マットはやれやれと言うような顔で首を振ると、今度は得意気な顔で言った。

「メグ、今日の夜行くぞ」
「だから、何処に行くの?」
「そんなの決まってる。彼の寮だよ」

そういうとマットは白い歯を見せてにこっと笑った。



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