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「マットなら安心ね!」

ケイトは勢い良くメグの背中を叩き答えた。最初は、「私もついて行く!」と意気込んでいたケイトを、彼に会うと何をするかわからないから、という理由でマットと二人でなんとか落ち着かせた。そういえば、今更気がついたことだが、二人は知り合いだったらしい。いつの間に知り合っていたんだろうか。メグははじめ疑問に思ったが、波長が合ったのだろう。考えてみれば、ケイトとマットは、大胆、勢いという時点でどこか似ている気がした。

善は急げ、という聞きなれない言葉を口にしたマットに従い、今日の夜、バーティのいる寮を訪れることになった。ケイトに背中を押されマットとの待ち合わせ場所に向かうメグの頭の中は、不安と期待が入り混じり複雑だった。それにしても何故こんなに簡単なことが思い浮かばなかったのだろうか。メグは自分の思考が甚だ不思議でたまらなかった。あるいは、無意識に避けていたのかもしれない。もう一度、会えないと拒絶されたら、今度こそ終わりだ。彼にまた、面と向かって言われたら、涙を堪える自信はない。一人でいてもどんどん悪い方向に考えてしまうだけなので、メグは足早に中庭へ向かった。
先に夕食を終え、そのまま来ていたのか既に待ち合わせの場所にマットが見えた。廊下の柱に寄りかかって待っていた彼は、長い脚を持て余すように立っていて相変わらず絵になっている。

「...お待たせ」
「会う覚悟は出来てるんだよな」
「ええ、大丈夫よ」
「よし、なら早く行こう」

マットにもう一度尋ねられても、覚悟が揺らぐことはなかった。彼がいれば心強いし、ケイトに後押しもしてもらった。メグは一度深呼吸をして、マットに続き寮を目指した。

「...ところでマット、寮のちゃんとした場所はわかるの?」
「もちろん。どこから入るのかもバッチリだ。じゃないとこんなこと、言い出さないだろ」
「...じゃあ扉の開け方は?」

メグの質問に得意げに答えていたはずのマットは、いきなりぐっと喉を詰まらせたが、慌てて続けた。

「それも大丈夫、他の友達に色々アドバイスとか、ヒントは貰ったんだ」
「...そう、ならいいんだけど」

メグは話しながら、グリフィンドール寮生以外の知り合いを思い浮かべてみたが、片手で数えられるほどしかおらずうな垂れる羽目になった。こういう時に助けてくれる友達が沢山いることは、やっぱり羨ましい。

「今更気にすることないだろ。メグは狭く深く、ゆっくり慎重に仲を深めるタイプなんだし」

マットのこういう所が好きだ。メグはそう思った。彼の素直な言葉は、裏表がなく心にすっと入り込んでくる。そうだ、マットの言う通りだ。だから私は、数少ない友達の一人の彼を大切にしたい。大切にしたいからこれから会いに行くんだ。

「そういうマットは?一体何人いるの?」
「さぁな。数えてみたことがない。いや、数えられないの間違いか?」

そう言って悪気もなくおどけてみせるマットを見ているだけで、メグは気が紛れた。きっとマットとことだから気を利かせてくれているのだろう。今は何か少しでも他のことを考えていないと余裕がない。階段を上りながらも、メグとマットの会話は途切れなかった。聞くところによると、ケイトとマットは4年生の時、占い学の授業でペアを組んだ時に知り合ったらしい。ただお互い水晶を睨み合っただけで何もわからず、占い学はお手上げ状態だったとマットは手をひらひらさせながら言った。

「...名前は?」

その声にはっとして立ち止まると、既に寮の入り口である扉が目の前にあった。覚悟は決めていたものの、いざ会うとなると心臓がバクバクと落ち着かなく緊張しているのがわかる。呑気にせっかくだから寮までの道のりを覚えておけばよかったなあと思っている自分もいたが、方向音痴さを考える限り、一人では辿り着けないだろう。

「バーティよ。バーティ・クラー」

言いかけたその名前を耳にした途端、扉を開こうとしたマットの動きはぴたりと止まった。不思議に思ったメグが、「どうしたの?」と尋ねようとした声は、静かに、と立てられた彼の人差し指で遮られる。

「誰かがこっちに向かって来てる」

二人しかいないはずの静かな廊下に、コツコツと足音が響いている。まだ罰則は免れる時間帯だが、夜に他の寮の前をうろうろしている所を誰かに見られると面倒だ。確実に近づいてきている足音におどおどしていると、不意に強く腕を引っ張られた。廊下の角に隠れたマットの胸にぽすんと倒れこむ形になると、メグは慌てて顔を上げる、

「ちょっと、マット!いきなりなにするのよ」
「悪い...とりあえず隠れなきゃと思って。...でもその必要もないかもな。多分戻ってきた寮生だ。」

それからマットは、少し目を細めながら廊下の先を見つめていた。一体誰が歩いてきているのだろう。何も言わない彼のせいで、いまいち状況がわからないメグは、痺れを切らして話しかけた。

「マット、もしあなたの知り合いなら、その人に扉を開けて貰えばー」
「いや、俺の知り合いじゃない。...噂で名前は知ってるけど...。ちょっと待て、メグ、さっきなんて言った?バーティ?」
「ええ、そうよ。バーティ・クラウチ。...もしかして歩いてきてるのって」

苦い顔をしたマットを見て、メグははっとした。バーティだ。止めようとするマットの腕を振り切ってそのまま廊下へ飛び出した瞬間、こちらへ向かって来ていた彼とばっちり目が合った。彼は大きく目を見開いたかと思えば、申し訳なさそうに視線をそらし、踵を返す。

「ダメ!バーティ!待って!」

嫌だ、待って、行かないで。何故か足が震えてうまく動かない。歩くのが速い彼の背中はどんどん遠ざかっていく。早く彼に追いつきたいのに、身体が言うことを聞かない。あの時の夢みたいに、手を伸ばしても届かない。名前を呼んでも彼は振り向いてくれない。いつの間にか視界も歪んでいって彼の姿ももうよく見えない。

「危ない!」

その時、後ろからマットの声が聞こえたかと思うと、もつれていた足が何かに引っかかった。目の前がぐらぐらと揺れて、気持ち悪い。バタンと大きな音を立てると、前のめりになったメグはそのまま倒れ込んだ。

「メグ!」

今度は遠くからバーティの声がした気がした。彼に追いつけなかった。身体は動かないし、手や足がズキズキと痛い。ここまで来て、自分の不甲斐なさに嫌気がさす。涙でぐしゃぐしゃになった顔も隠せないまま、頬に触れている床のひんやりとした感覚に、メグはゆっくり目を閉じた。

行かないで、バーティ。



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