▽ ▲ ▽
ドスン、とどこか高い場所から落ちたような、そんな感覚でメグは目を覚ました。何か夢を見ていたような気はするが、靄がかかったように思い出せない。ただ自分の身体が落ちていく感覚だけは鮮明に思い出せる。このままでは地面にぶつかってしまう。その瞬間に目が覚めた。
身体もなんだか怠い。どのくらい寝ていたのかわからないが、全身がくたくただった。寝ぼけた身体を起こすように思い切り伸びをしようとした瞬間、メグはぎょっとした。放り出されていた右手は、少しひんやりとした手のひらに包まれている。
「....バーティ?」
呟いてみた名前に、返事は無い。すうすうと規則的な寝息を立てて、バーティはメグにそっと寄り添うようにうつ伏せに、ベットにもたれていた。ずっと傍にいてくれたんだろうか。呼吸に合わせて小さく上下に動く身体は、相変わらずほっそりとしている。
彼を起こさないようにと思うと身動きをとることが出来ず、メグはふう、と息をついた。辺りのベッドを見渡してみてもどれも空っぽだ。することもないので、気持ちよさそうに寝ている彼を観察しながら、とりあえず昨日の事を思い出してみる。確か、マットと一緒に寮に向かって、そこでバーティにあって、追いかけてー
「....最悪」
はあ、とさっきより深いため息を吐いた。身体のあちこちに巻かれた包帯とガーゼを見て、改めて自分の失態に嫌気がさす。この状況から見て、彼もずっと付き添ってくれていたに違いない。結局迷惑をかけてしまった。バーティは優しい。そんな彼の優しさが好きなのに、申し訳ない気持ちと自分の不甲斐なさにまた泣きそうになってしまう。
「....メグ?」
小さい声で名前を呼ばれたかと思うと、ゆっくりと瞬きをしたバーティが身体を起こした。「あれ...?僕、椅子に座ってたはず...」と彼はまだぼーっとした様子でぶつぶつとつぶやいている。そんな彼の様子がなんだかおかしくて可愛くて、メグはほっとして話しかけた。私の知っているバーティだ。
「おはよう」
「おはよう...起きてたんだね」
うん、と返事をしたが、続きをどう返していいのかわからない。話しかけてみたものの、上手く言葉が出てこない。そういえば、彼とは喧嘩別れのようになってしまっていたのだ。それに...まだ寝ぼけているのか気づいていないのか、この手はどうしよう。そんなメグの向けられた視線の先に気がついたのか、バーティは慌てて手を離した。
「あ...ごめん!勝手に握ったりして...」
「ううん、いいの。大丈夫」
「そうだ...怪我は?転んだ時凄い音がしたけど...」
「本当に大丈夫よ。たいしたことないわ。ちょっと大げさに手当てされちゃったみたい」
明るく話してみたものの、依然バーティは心配そうに眉を下げたままだった。
「僕のせいだよね...君に迷惑をかけた」
「そんな!私こそ沢山迷惑かけちゃって...本当にごめんなさー」
「....待って、メグ」
言いかけた途端、バーティの声が静かな医務室に響いた。真剣な瞳は、まっすぐメグをとらえている。何を話すんだろう。彼の唇が次の言葉を紡ぐまで、大分時間がかかったような気がする。彼と私の間だけゆっくり時が過ぎていた。また、彼に拒絶されてしまうのだろうか。続きを聞くのが怖い。それでも私は彼と向き合うと決めたのだ。メグも彼をまっすぐと見つめ返した。
「...ごめん、その...メグが謝ることなんて一つもないから。僕が全部悪かった。ずっと早く謝らなきゃって思ってたんだけど...中々言い出せなくて、本当に、ごめん」
まっすぐ見つめていたはずの視線をベッドに移しながら話す彼の姿は、あの時と同じ様に悲しそうに見えた。小さくなる彼がこのまま消えてしまいそうで、メグは震えている彼の手を取った。ひんやりとした手を両手で包み込むと、バーティは驚いた顔でメグを見つめた。
「...バーティ、また私と"友達"になってくれる?」
予期せぬメグの言葉に更に驚いたのか、バーティは二、三回ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「...メグ、僕にはもう君といる資格なんてー」
「本当の友達に一緒にいる資格なんて必要ないわ」
今度はメグが彼の目をまっすぐと見つめた。視線が合わない。彼の目を見て話がしたいのに。でないと彼には届かない。もう一度名前を呼ぼうかと思った時、おもむろに彼が話し始めた。
「...僕は自分勝手で臆病な人間なんだ。自分から本当の友達になりたいと言っておきながら、まだ君に何も話していないし、酷いこともした。今も、手が震えてる...本当の自分を誰かに知られるのはすごく怖い。それに....僕はこんな僕自身が嫌いでたまらないから」
また今にも泣き出してしまいそうな彼を、そっと覗き込んだ。
「...バーティ、私が何も聞かなかったのはね、私が優しかったからじゃないの。私も怖かったの。あなたが抱えているものがあまりにも多過ぎるんじゃないかって、受け止められるのかどうかわからなかったから。知らないふりをすれば、このまま、二人で楽しく過ごせるんじゃないかって。...私も弱虫で臆病で、ずるい人間よ」
話し終えても、彼はしばらく黙ったままだった。こんな拙い言葉で、彼を救うことなんか出来ないことは十分わかっている。それでも私の気持ちを、私の言葉で伝えたい。それだけだった。私のわがままで、勝手な自己満足で今日彼に会いに来たのかもしれないけれど。
「...自分自身でこんなに嫌になるほど駄目な人間なんだよ、僕は」
「そんなこと関係ないわ。例えあなたが自分のことを嫌いでも、周りがなんて言おうとも、私はバーティのことが好き。...私のわがままかもしれないけど、一緒にいたいの。それじゃだめ?」
「...僕のせいで君に辛い思いをさせるかもしれない」
「そんなの、あなたとこのまま会えなくなる方が辛いわ」
ふと顔を上げた彼と視線が合った。また驚いた顔をしていた彼は、しばらくすると少し安心したかのようにくすくすと笑った。
「...私何かおかしいこと言った?」
「いや...メグにしてはちょっと強引だけど、でもメグらしいなって」
「ありがとう」と、目を細めて笑う彼の姿はとても懐かしく感じられた。いつものバーティだ。私の知っているバーティだけど私の知らない表情でもあった。
「あなたのこと、少しずつ少しずつ、知れたらいいなって」
「うん」
「あなたのペースでいいから」
「うん、そうだね。時間はかかるかもしれないけど...ゆっくりでいいかな」
「大丈夫、ここからまた始めるんだもの」
そう言うと、メグは握っていた手を離し、改めて、自分の右手を差し出した。懐かしいような、でもあの時、初めて"友達"になった日とは少し違う。今度は私から。
「メグ・ペンバートンよ。よろしくね」
「僕はバーティ・クラウチ。バーティって呼んで」
ゆっくりと差し出された彼の右手を握った。さっきまで、私の手に包まれていたからかもしれない。いつもはひんやりしている彼の手も、今は少しだけ温かかった。