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「メグ!はやくしないと乗り遅れちゃうわよ!」
「あと少しだから...!ケイトってばそんなに引っ張らないで!」
制服の袖をぐいぐいと引っ張るケイトは、急かしているけどどこか楽しそうだ。それもそのはず、皆が楽しみにしている長い長い休暇がもう目の前まで迫っているのだ。メグは二つ折りにした羊皮紙を封筒に入れると、慌ててケイトの後に続いた。
「もう!ケイトが引っ張るから字が歪んじゃった」
「それくらい大丈夫よ!さっさとマットに渡して、ちゃっちゃと家に帰りましょ!」
「はいはい、いってらっしゃいお嬢さんたち」
急ぎ足で寮を出るとそこには丁度マットの姿があった。「ありがとう!」と振り返ると、ひらひらと手を振るマットは仕方ないなというような表情で笑っていた。
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「やっぱり家には帰るのは嫌?」
「...うん、出来れば他の休暇みたいにここに残っていたいんだけど」
「やっぱりね」と歯切れの悪い彼の表情の意味は、今のメグにはまだわからない。それでも、彼は少しずつではあるけれど自分の話をしてくれるようになった。私は本当に彼のことを何も知らなかったんだな、とメグは思い返した。今までどんな本を読んだとか、どんな景色が好きだとか。...それに、少し意外だったのは、何気なく始めたクィディッチの話に熱がこもる彼の姿だった。
もうすぐ長い休暇に入ってしまう。あまり時間はないけれど、これまでの空白の時を埋めるように、二人は会える時間を見つけては中庭にで待ち合わせて話をした。
「ゆっくりでいいかな」
彼の言葉通り、この先、二人の間にもゆっくりと時間が流れていく気がする。本当の自分を知られることが怖いと言った彼が何を隠しているのかわからない。彼が抱えているものが何なのか今はまだわからない。私が、本当の彼を知った時に、何て言葉をかけるだろう。そんなこと、考えてもしょうがない。どれだけ時間がかかるのかもわからないけれど、ゆっくりでいいのだ。私と彼、弱虫で臆病な二人のペースで、一歩ずつ進めばいい。
*
「家に着いてから書くのじゃダメだったの?」
ガサガサと銀色の包みを紙を破りながらケイトが訪ねた。包みの中から現れたチョコレートを齧りながら話すケイトに「お行儀が悪い」と窘めたメグも、大きめのキャンディを口に放り込む。空いているコンパートメントにトランクを押し込んだメグとケイトは、それぞれ持ち込んだお菓子を座席に広げた。途端にキャンディやチョコレート、クッキーなど沢山の缶や箱から甘ったるい香りが広がった。列車でのお菓子パーティーはいつものことで、もう鼻が麻痺してしまっているのか匂いは気にならない。
「今手紙を渡したって、書くことがないじゃない。あなたたち、ずっと会って話してたんだし」
「少しずつだから、話すことは沢山あるわ」
「少しずつ?」
「そう、少しずつ。それに、家に帰って彼から手紙の返事が来てたら最高にハッピーじゃない?」
「そんなに早く届かないし、"バーティ"だってそんな暇じゃないわよ」
パキっと耳障りのよい音を立てて、ケイトはまたチョコレートを齧った。
本当は直接会って渡したかった。けれど私のとっさの思いつきで、さっき慌てて書き上げたのだ。その様子を見ていたマットは、「俺も用があるから」と手紙を受け取ってくれた。何やらバーティと二人で話がしたいらしい。変に彼をからかったりしないかが不安だったけど、私にこの沢山の人の中、彼を見つけ出せる自信がなかったから、素直にマットの言葉に甘えることにした。
「まあメグが、彼が大好きだってことはよくわかったわ」
「ええ、好きよ」
「...ごめん、言葉の意味わかってる?」
あまりにもさらりと答えるメグに、ケイトは持っていたクッキーを齧り損ねた。そんなにおかしいことを言ったっけ?ぱちぱちとただ瞬きをするメグにケイトは続けた。
「...一応確認しておくけど、好きって、友達としての好きじゃないわよね」
「な....急にどうしたの?そうに決まってるでしょ?バーティは友達よ」
今度はメグがキャンディを落としそうになった。そりゃあ彼のことは大好きだけど、それはとこれとは別なわけで。...実のところ、私も良くわかっていないけどそれは秘密だ。
「...ふうん」
「何よ、その顔」
何かとてつもなく面白いものを見つけたような、そんな顔をしてにやにやと笑っているケイトは、また新しいお菓子の箱を開けながらつぶやいた。
「今はそういうことにしといてあげる」
きゃあきゃあと二人の騒ぐ声が狭いコンパートメントに響く。長い長い列車の旅は始まったばかりだった。