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「僕が運ぶから」

見た目の雰囲気からは想像も出来ないような、凛とした声が廊下に響いた。そんな怖い顔して睨まなくたっていいだろうに。何か嫌われるようなことをしたっけ、と思い返してみたが。そんなわけあるはずがない。今、この瞬間彼と初めて話しをしたんだから。

「...一人で大丈夫か?」
「大丈夫」

短く返すと、彼はまた見た目とは裏腹に軽々しく彼女を抱き上げた。その細い腕には何か特別な仕掛けでもあるのだろうか。まじまじと見つめているのが気に障ったのか、彼は視線を避けるように足早に去っていった。

「愛想のない奴」

悪い奴ではない気がしたが、第一印象はそれに尽きた。そのせいで、何処かの誰かが流している胡散臭い噂の真相なんか、どうでも良くなってしまった。例の噂が本当なら、倒れた女の子を抱き上げて医務室に連れて行く優しさなんぞ持ち合わせていないだろうから。



色んな友達から聞きつけて覗いたコンパートメントには、案の定、彼一人しか座っていなかった。

「一人で使うなんて贅沢だな」

窓の外を見つめながら頬杖をついていた彼は驚いた顔をしたと思ったら、すぐに表情を変えた。

「僕に何か用?」

明らかに作られた笑顔に、こっちの顔がひきつってしまいそうになる。この間の彼と見間違えるほどの笑顔に気持ち悪さすら感じた。

「手紙、書いたから返事が欲しいんだってさ...にしても、お前も苦労するね」

彼女から受け取った手紙を差し出して言うと、彼は「ありがとう」と短くお礼を言いながらも苦い顔をした。

「...君に何か言われる筋合いはないんだけど」
「そんな怖い顔すんなって。余計な口出しも手出しもしない。唯、メグは時々変なとこで疎いから」

「その手紙がラブレターって訳でもなさそうだし」と言って渡した手紙に目をやると、彼は手紙を隠すようにそっとポケットにしまった。

「...君は彼女とどういう関係?」

予想していなかった、ストレートで唐突な質問にとっさに言葉が出てこなかった。口籠っている様子が余計怪しく見えたのか、彼の睨みがより一層キツくなったような。

「別に、ただの友達だよ」
「ただの友達?」
「そう、友達」

「お前と同じ」なんて付け加えようとしたが、これ以上彼に嫌われる理由もないからやめておくことにした。にしても、本当に手のかかる二人だ。誰が見たってこの状況だとちょっかいをかけたくなるだろう。これは近いうちにケイトと作戦会議をする必要がある。

自分から聞いてきた割に、はやく一人になりたいのか、彼は「そうなんだ」と返事をして黙り込んだ。納得がいってないようだが、話したことに嘘はないのでこれ以上弁明しようがない。

「聞きたいことはそれだけか?」

彼をはやく解放してあげよう。そう思って放った一言に、また思いがけない言葉が返ってきた。

「....あと、君の名前」
「俺の名前?」
「僕だけ一方的に知られているのは不公平だ」

不服そうな彼は視線を合わせずにそう言った。確かにそうだ。名前を名乗らずにいたなんて不躾にも程がある。この先彼との仲を深めるには、呼び名は必要不可欠だ。

「マット・パーカー。よろしく、バーティ」

いきなり名前を呼ばれた事に驚いたのか、彼の眉がぴくりと動いた。学校一、怪しい噂を囁かれている彼と仲を深めるのも悪くない。マットはやっと視線の合った彼の前に手を差し出したのだった。



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