▽ ▲ ▽


※長編 蛇嫌いの蛇寮生 続編もどき



「うん、美味い」
「そう?なら良かった」

隣りに座る彼がチョコレートを口元に運ぶ様子をちらりと見る。小さな箱の包装紙に包まれたチョコレートはあっという間に彼の口の中に消えていった。箱の中が空になったのを見ると、ようやくほっと胸をなでおろす。

「あーあ...美味かったのに、すぐ無くなった」
「そんなぽいぽい口に運んでたらそりゃあね」

安心して笑いながらやっと彼の方を見ると、口の端を上げて、にやにやと笑う彼の姿があった。この顔、見覚えがある。面白いものを見つけた時の彼だ。...物凄く嫌な予感。もしかしてー

「バレないとでも思ったか?」

得意げにそう言うと、彼は指の先についた溶けたチョコレートを舐めた。



「メグ!今日は2月7日よ!あと一週間ね!」
「ちょっと、いきなりどうしたの?もう少し静かにしないと流石に見つかっちゃうわ」

今朝結んであげた、彼女の綺麗なブロンドの髪が目の前でふわふわと揺れている。パタパタと彼女が本の表紙を叩いたため埃が舞った。いつもの昼下がり、図書館の特等席に二人で座りながらおしゃべりするのが毎日の日課になりつつある。

「やだ、メグったら忘れちゃったの?」
「忘れたって...何が?」
「もう!この間話したばかりでしょ?バレンタインよ!バ・レ・ン・タ・イ・ン!」

前のめりになった彼女の口をまた慌てて塞いだ。全く、何回言ったらわかるのかしら。彼女が出会ったときよりもお喋りになってくれたことは楽しくて嬉しいけど...マダム・ピンスに見つかったらしばらく出入り禁止にされちゃうかも。落ち着かせるように彼女を席に着かせる。

「ごめんなさい、すっかり忘れてたわ。そういえばそんな話をしてたわね」

メグは思い出したように謝った。

「もちろんあげるのよね!」
「あげるって...チョコレートを?」
「そう!チョコレートとかお花とか...まあ気持ちが込もっていれば何でも良いと思うんだけど」

トーンは落としたものの、彼女は依然として大きな目をきらきらと輝かせている。そんな彼女を見て、「そうね...」なんて歯切れの悪く答えたメグの頭の中には、正直何も思い浮かんでいなかった。そもそもバレンタインだという行事自体すっかり忘れていたのだ。

「まさか貴方が忘れてるなんて思いもしなかったわ...せっかく恋人同士が主役のイベントなのに」
「....恋人って」
「恋人でしょ?貴方は彼の事が好きだし、彼も貴方の事が好き。なんにも間違ってなんかないじゃない」
「それは...そうなんだけど」

ニヤニヤとこちらを見つめてくる彼女は明らかに、絶対にこの状況を楽しんでいる。まるでいたずらを考えてる時の彼だ。恋人というなんとなく慣れない言葉に、年下の女の子の前で赤くなっている自分が少し恥ずかしかった。

「例えばの話だけど、何を貰ったら嬉しい?」
「う〜ん...私は彼じゃないし、本当は彼の好みとかを探るのが早いんだろうけど...正直、メグから貰えるならなんでも嬉しいんじゃないかしら」
「じゃあやっぱり無難にチョコレートとか?」

自分で提案しながら、そういえば昔彼にクッキーも渡した事があったなあと懐かしい気持ちになった。あの時は散々でとても美味しいものが作れた気はしなかったけど。

「そうね...チョコレート...うん...」
「じゃあさっそく今度買いにー」
「そう!やっぱり手作りね!」

腕を組んで考えていた彼女の顔がぱあっと明るくなったと思うと、持っていた羊皮紙に何かを書き出した。

「手作りって...本気で言ってるの?昔作ったクッキーでも苦戦したのに...」
「大丈夫よ!また私が教えるから!それに、クッキーよりも簡単なものが沢山あるわ。今何個か思いついたチョコレートのお菓子を書き出してるんだけど...そうね、やっぱり定番はー」

すらすらと文字を書き出していく彼女を目にしたメグの気持ちはどこか複雑だった。彼女が私のために一生懸命になってくれているのはとてもありがたいけれど...正直昔のクッキー作りでお菓子作りは懲り懲りだった。どうも私には向いていないらしい。彼女の教え方が決して悪かった訳ではないのに、不思議と別のものが出来上がってしまう。

「今度丁度休暇があるし、材料を揃えに行きましょ!」
「本当に大丈夫かしら...」
「大丈夫よ。この間のクッキーだってなんだかんだいって食べてもらえたんだから!」

「メグはどれが好み?」なんて、こんな楽しそうな彼女を見ていたらやめようなんて後ろ向きな言葉がもう口をついて出てくる事はなかった。羊皮紙をうきうきしながら私に見せてくれる彼女は凄く可愛らしくて、ちょっとだけ私自身と比べてしまう。けど、それも考えてもどうしようもない事だ。彼女を見ていたらこちらまで楽しくなってきて、くだらない事を考えるのはやめた。

「じゃあこれで決まりね!必要な材料は私が書き出しておくから安心して」
「ありがとう。じゃあ当日の集合時間はー」

マダム・ピンスに見つかったらどうしよう。
そんな考えももう頭の中にないくらい、彼女との楽しいおしゃべりの時間は過ぎていった。



ALICE+