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「でも、結局失敗しちゃって...代わりのを買ってきて包んだの」
みっちりと彼女は作り方を教え込んでくれた。しかし、肝心のバレンタイン前日は、自分も用意があるからと最終的にメグ一人で作ることになったのである。あれこれと苦戦した結果出来上がったものは到底見本の物には及ばなかった。慌てたメグは、せっかくなら友達にも、とこの間多めに買ってきたチョコレートを渡すしかなく...今に至る。
「なんだ、じゃあ本当に違ったのか」
「本当にって、どういうこと?」
自分から言い当てたのに、彼はなんだかきょとんとしたような顔だ。そんな彼を怪しむようにじっと見つめると、またニヤニヤと笑い出す。「何よ」と思わず答えを催促してしまった。彼は空になった箱を見つめながら答えた。
「メグの様子が変だったから、ちょっとカマをかけてみた」
「な...じゃあ気づいてなかったの!?」
「まあね。そしたら大当たり!なんとなくそうかもしれないと思ったんだけど」
やられた。まんまと引っかかってしまった。彼の舌が特別に肥えていない限りは、白状しなければバレなかったかもしれないのに...がっくりと項垂れるメグに対して、彼はとても楽しそうだった。でもまあ、クッキーの件を考えると、バレる可能性も大いにあったに違いない。浅はかな考えだった、とメグは反省した。
「ところで、例のチョコレートは?」
「チョコレートって、もう食べたじゃない」
「違う違う、メグの手作りチョコレートの方!食べないなんて勿体ないだろ?」
まるで図書館での彼女の様にきらきらと輝いている彼の目が...視線が痛い....。一応持ってきてはいるものの、到底人に渡せるものではー
「それ?」
「一応ある、けどやっぱりダメ!絶対ダメ!」
正確にチョコレートを指差す彼から、その箱を背中の後ろに素早く隠した。つもりだったのに、一瞬にして彼の長い腕が伸びてきて、気がつけば彼の手の中に小さな箱がある。
「ちょっと、ダメだって言ってるじゃない!」
「ダメって言われるほど燃えるタイプだって知ってるくせに」
ひょいと持ち上げられてしまった箱には、到底手が届きそうにない。開けないで、そう思っても無理のようだ。箱を開けた時の彼の反応が怖くて、とてもじゃないが見ていられない。メグはぎゅっと目を瞑った。クッキーの時は、彼女の手助けもあって見栄えはまだ良かったのだ。けれど今回は違う。
「.....」
ほれみたことか、そう思い覚悟をして彼の方を見ると、口元を押さえた彼の姿が映った。何だか予想していた感じと違う。中身を見て、どうせなら笑い飛ばして欲しかったのに。想像以上の出来の悪さに彼も反応に困っているのだろうか。しばらく見ていたが、彼は中々そのチョコレートを口に運ぼうとしない。やっぱり食べられたものじゃないんだと、メグはまた項垂れた。
「その、本当に無理して食べなくてもいいのよ?渡せないと思ってたものなんだしー」
言いかけた途端、何故か目の前が真っ暗になった。何が起こったのか、突然すぎて訳がわからない。私の視界を黒くしているものが彼のローブだと気がつくのに時間がかかった。黒いローブからは彼の香りがする。お菓子のような、ふわりと甘い、落ち着く香り。抱き締められているんだと理解した途端、メグは慌てて彼の方を見上げた。すぐ近くに、少し伸びた赤い髪が揺れている。実際には数秒だったかもしれないが、メグにはその時間が随分と長く感じられた。恥ずかしくて逃げようとしても、彼の腕ががっちりと腰や背中に当てられて逃げ出せない。
「ジョージ!聞いてる?」
「....」
「もう!聞こえてるんでしょ!離してってば」
「...嫌だ」
嫌だと言いつつも、彼はもぞもぞと動き始めた。誰かに見られたらどうしよう。少し腕を緩めてくれたけど彼は離してはくれない。私の心臓があくせくと働いていて騒がしい。けれどもういいや。段々とそんな気持ちになってきた。唯彼の温もりが心地良かった。
「やっぱり私が作ったチョコレートにおかしなものでも入ってたのかも」
「まだ食べてないだろ。こんなの、勿体無くてすぐに食べられない」
「食べたくて無理矢理取り上げたのはどこの誰よ」
「...それもそうだな」
そう言って笑いながらやっと解放してくれた彼は、今度は私に向き直した。なんだか髪だけでなく顔まで赤い気がする。さっきまでのいつもの彼はどこに行ってしまったのだろうか。そんな顔をされると、こちらまでつられて恥ずかしくなってきてしまう。
「....ジョージ?」
「これ、本当にメグが作ったんだよな」
「そうよ...私以外、こんなに出来が悪いチョコレート、作れると思えないもの」
歪な形のチョコレートを一つ、手に取った彼はゆっくりと口に運んだ、と思う。また怖くて、最後まで見届けられなかった。しばらく視線は泳いでしまって、最終的には彼の手元にある箱に向けられた。味は、かろうじてチョコレートだと思うけど...。何て言うだろう。彼の感想を待っている間にも、自分の鼓動が早くなっているのがわかる。さっきから私の心臓は忙しなくて自分で心配になるくらいだ。
「...どう?美味しい...まではいかなくても食べられたなら良かっー」
意を決して感想を聞こうと、顔を上げると何故かまた目の前には彼がいて。彼の瞳に縁取られたまつ毛が長いななんて、呑気なことを考えてしまうくらい、私は目の前の状況をしばらく飲み込もうとしなかった。唇から離れていく温かい感触と反対に、微かに甘いチョコレートの香りが鼻をくすぐった。
「......っ馬鹿!馬鹿バカばか!いきなり何するのよ!」
「痛っ...!ごめ、ゴメン!悪かった!謝るよ!だから叩くなって!ほら、チョコレートが落ちるだろ!」
慌てて彼を押し退けた。心臓に悪いなんてレベルじゃない。この男は全くなんだっていうんだ。なんでもかんでも、サプライズで仕掛ければ良いという訳じゃないんだから。心臓は破裂寸前だ。
「私は今日チョコレートを渡しに来たの!なんでいきなりキ......こんなことされなきゃならないのよ!いつものいたずらだとかなんとか言いだしたら本当の本当にただじゃおかないわよ!そりゃあ私とあなたはこ、」
「こ?」
「こ...い人同士かもしれないけど、」
「そうだな、恋人同士だ。じゃあ別になんの問題もないだろ?」
「そうだけど、物事には順序ってものがあるでしょ!まずは手を繋ぐとか...」
「これでいいかい?お嬢さん」
さっきまで赤い顔をしていたくせに。この変わり身の速さはなんなのだろう。またいつもの得意げな顔になったと思ったら、彼の大きな手が私の手を包み込んでいた。やることなす事、全部見透かされているようで悔しい。
「だから順序がおかしいってー」
「ならもう一回、そしたら順番通りだろ?」
悔しい、悔しいけど、嫌じゃない。口元が緩んでいる気がする。やっぱり如何にもこうにも、私は彼の事が好きなのだと思い知らされる。拒む理由なんて何一つない。彼は今、どんな顔をしているだろう。また赤くなってる?真剣な顔をしているのかもしれない。はたまた、いつものように得意げな顔で笑っているのかもしれない。どんな彼でも私は好きだ。今度は目を瞑ってしまったから、私にはわからなかった。
Happy Valentines Day!
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