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※セドリックと幼馴染

いつからだろう、私が名前で呼ばれなくなったのは。

「あなた、セドリックの幼馴染よね?」

そんな名前で呼ばれる事が多くなった。いいえ、違う。私には両親がつけてくれた立派なメグ・ペンバートンという名前があるのに。誰も呼んでくれなくなった。それは仕方ないとわかっていても、自分に言い聞かせていても、とても悲しいことだった。私は私として認識されなくなった。

5年生になって、セドリックは益々人気者になった。ハンサムで、頭が良くて、そしてそれを鼻にかけない。謙虚で、誠実で、なにより優しい。困っている人を見たら放っておけないタイプだ。セドリック自身でもこんなに完璧なのに、おまけに監督生とクィディッチのキャプテンという肩書がついた。元々友人の多かった彼のことを、新入生から上級生まで知らない人はいないだろう。むしろ彼のことを知らない人の方が珍しい。

同じ5年生になって、私にはもちろん何の特別な肩書もつかなかった。しいて言うのであれば、"セドリックの幼馴染"という切り離すことの出来ない肩書の効力が増して、以前より頻繁に知らない女の子に声をかけられることが多くなったことぐらいだろうか。

「あなた、セドリックの幼馴染よね?」
「ええ、そうよ」
「セドリックはあなたと付き合ってるの?」
「いいえ。付き合ってないわ」

一体何回このやりとりを繰り返せばいいのだろうか。大体この答えを返すと、そう、と短く返事をし、尋ねた相手はやっぱりね、というような表情で去っていく。そんな顔をされなくたって、私だって最初からわかっている。こんな何もない唯の"幼馴染"の私がセドリックと付き合えるはずがないと。確かに入学した当初は初めての場所で、お互い幼馴染ということもあってよく一緒にいた。けれど、しばらく経ってセドリックはどんどん私から遠い存在になった。

セドリックは優しい、それも優しすぎるほどに。きっと彼は周りの目なんて気にしなくていいと今まで通り一緒にいようと言ってくれるだろう。でも私は逃げてしまった。劣等感や、嫉妬、酷い感情から解放されたかった。そしてなにより、彼を好きだという気持ちが、彼の隣にいるたびに重く大きくなり、ついに抱えきれなくなった。彼と距離を置き始めたのは私だった。



「メグ」

1人、談話室のソファーで母親からの手紙を読んでいると、不意に懐かしい声が聞こえた。久々に呼ばれた自分の名前に少し反応が遅れてしまったが、声の主が誰なのか、すぐにわかった。出来れば振り向きたくなかったが、流石に無視するわけにはいかない。

「セドリック、どうしたの?」

出来るだけ自然に振る舞いたかった。しかし、自分が勝手に作り上げた彼との溝は思うように埋まらない。声が少し震えているのがわかる。私が振り向くと、彼は少しほっとした様子で隣いい?と尋ねてソファーに腰をかけた。

「これ、父さんがメグにって。この間旅行に行っていたんだ。多分その時のお土産」

そう言うとセドリックは小さな包み紙を差し出した。開けていい?と聞くと笑顔でどうぞと頷いたので、そっと包み紙の中の物を取り出してみる。中にはレースと小さな石の装飾が施されたバレッタが入っていた。

「きらきらしてて綺麗」
「マグルの店で見つけて買ってきたんだって手紙に書いてあった。父さん覚えてくれてたんじゃないかな、メグが昔からこういう綺麗な物が好きだったこと」

しばらくじっとそのバレッタを眺めていたが、つけてあげる、という彼の言葉にぎょっとして一気に現実に引き戻された。目の前にセドリックがいる。自分で出来るからと慌てて拒否しようとしたが、いいからと言うと、そっと髪を耳にかけてくれた。微かに頬に長い指が触れる。緊張でどうになってしまいそうだ。ぱちん、とバレッタが閉じた音で、私はまたはっとした。

「うん、よく似合ってる。父さんも喜ぶだろうな」

そう満足そうに私を見つめる彼の笑顔は、きらきらしていて、温かくて、とても優しかった。そうだ、私は昔から綺麗なものが好きだ。私が最初に好きになった"綺麗なもの"は彼のこの瞳だった。今は彼自身が眩しすぎて、直視出来なくなってしまった透き通った瞳には、私が映っている。

ーー気がつくと私の目からは涙が溢れていた。




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