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涙がぽつりぽつりと私の頬をつたって落ちる。セドリックの優しさに触れた途端、醜い感情は溶けてなくなってしまった。涙は、今まで閉じ込めておいた感情が一気に溢れ出してくるようで止められなかった。

もう馬鹿馬鹿しくなったのだ。セドリックはすごく遠くに行ってしまったと、私から名前がなくなってしまったのと同じように、彼の中に私はもう居ないんだと、変な意地を張って勝手に思い込んでいた自分に。彼は今でも、昔と変わらずにこんなにも優しく笑いかけてくれるのに。突然泣き出した私を見て最初は困惑していたセドリックだったが、まるで自分のことの様に本当に辛そうな顔をして私の涙を拭ってくれた。やっぱり優しすぎる。彼は何も悪くない。

「メグはずっと僕のことを避けてる」

唐突に、それでいて核心をついた彼の言葉に私は動揺した。彼を見ると、あの綺麗な瞳は悲しそうに伏せられていた。どうすればいいのだろう。彼に、この抱え込んだ私の気持ちを伝えるべきなのかどうかわからない。今更気持ちを伝えたとして、今以上に彼に迷惑がかかるかもしれない。何か声をかけて弁解しなくては。そう思うほどに焦りで上手く言葉が出てこない。重く気まずい沈黙が2人を包み込んだ。情けない事に私はまた逃げ出したくなっていた。

「僕、メグに何かした?」

沈黙を破ったのはセドリックだった。私はただ違う、と首を横に振ることしかできない。

「メグは僕といるのが面倒になった?」

違う。

「メグは僕のことが邪魔になった?」

違う。

「メグは、僕のことが嫌いになった?」
「違う!そんなことあるわけないじゃない!」

自分でも驚くほどに大きな声だった。それはセドリックも同じで、お互い目をぱちくりさせて向き合った。じゃあなんで、と続きを促すような彼の表情に、もう腹をくくるしかないと白状することに決めた。

「...怖かったの」
「怖い?」
「そう、ずっと怖かった」

その先をどう伝えればいいのかとまた黙り込んでしまった私に、ゆっくりでいいよと彼は私の両手を優しく握った。包まれた両手から伝わってくる温かな体温は私を落ち着かせてくれる。一呼吸おいて、今度は彼の瞳をしっかりと見て、私は続けた。

「あなたが...セドリックが、もう私の知ってたセドリックじゃなくなって、どんどん遠くに行ってしまって、いつか私のことを邪魔に思う日が来るって。昔みたいに一緒に居たかったけど、私のわがままであなたを縛ることは出来ないし、唯の"幼馴染"の私なんかじゃずっとあなたの隣にはいられないって思ったの。あなたにそう思われていたらって考えたら怖くなって、私から逃げ出したの。だから、セドリックのこと嫌いになったなんて、そんなことあるわけないー」

言い終わらないうちに、私はまた泣いてしまっていた。黙って聞いていたセドリックは、話してくれてありがとう、と言うと私を抱き寄せてハグをしてくれた。彼の大きな手が私を落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でてくれる。彼はちっとも遠くになんて行っていなかった。昔よく泣いていた私に、セドリックがこうしてくれていたのを思い出す。やっぱりセドリックは今も昔も変わっていない、優しい私の自慢の幼馴染だった。

「もう大丈夫だから、ありがとう」

どのくらい時間がたったのだろうか。大分落ち着きを取り戻した私はそう言ってセドリックと向き合おうとしたが、どうにも彼が離してくれない。セドリック?と声をかけるが、反応がない。目の前に広がるのは彼の黒いローブだけで、どんな表情をしているのかわからない。もう一度名前を呼び掛けると、今度は返事が返ってきた。

「一つ確認していい?」

確認?私はオウムの様に繰り返した。

「メグにとっても僕は唯の"幼馴染"なの?」

上手く言葉の意味を汲み取れない私を、セドリックはやっとハグから解放してくれた。
それってどういう意味?そう聞き返そうと彼の方を向くと、すぐ近くにあの綺麗な灰色の瞳があった。相変わらず綺麗な顔立ちに、思わずどきんと鼓動が早まる。彼の大きな温かい両手が、また私の手をぎゅっと包み込んだ。ああ、彼の質問の意図がわかってしまった。どうしよう。

違う。

そう答えようとした瞬間、唇に温かいものが触れた。




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