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「いいかいメグ、君は校則を破ったんだ」
「はい、すみませんルーピン先生」

いけないいけない、メグは思わず緩みかけている口元を隠すように顔を伏せた。メグの立てた計画は成功だ。高まる気持ちを抑えながら、ついてきなさい、という言葉に従い大人しく先生の後ろを歩く。少し頼りないけれど広い背中が目に入ってきて、またにやけてしまった。

メグの計画は実に単純だった。その日の最後の授業は天文学の授業だったので、観測に夢中になっていたら寮に戻るのが遅くなってしまった、という口実で夜中に寮を抜け出せる。運良くそこでルーピン先生に会うことが出来れば計画成功。勿論その先は何も考えていないが、とにかく先生に会いたくなったのだ。

「私は教師だ、だから校則を破った生徒には罰を与えなければいけない。たとえそれがどんな理由であろうともだ」
「はい....」

出来るだけ残念そうな、落ち込んだ声を出すのは難しい。口元はさっきから緩みっぱなしで、振り向かずに問いかける先生に、今のこの顔を見られなくてよかったとメグはほっとした。



メグは最初から先生に興味があったわけではなかった。闇の魔術に対抗する防衛術の授業はほとんど毎年新しい先生が赴任することがお決まりになっていたが、ろくな人が来たことがない。今年はせめて、あの暑苦しいロックハートよりもまともな先生を、ということくらいしか考えていなかった。

しかし、先生の授業を受けてからメグは先生に夢中になった。とにかく授業は面白くわかりやすい。特にボガートを使った授業はメグの興味をそそるものだった。そして、何より呪文を唱える先生がメグの目には魅力的に映った。普段の優しい声色も、呪文を唱える時は少し力強くなる。その姿を見ているだけで自分の鼓動が速くなっていることに気づいた。一度気になってしまえば何もかも素敵に映ってしまうわけで、白髪混じりの髪も、ボロボロの服も先生らしさがあって素敵だと思ったし、先生のちょっとした仕草や表情も目で追い、観察してしまう。時に子供っぽく皆と授業を楽しんでいるかと思えば、教師らしいし厳しさも見せる姿が益々メグを夢中にさせた。

「食べるといい、元気が出る」

差し出されたチョコレートがメグの"好き"を確信させた。病み上がりに、どうしても観たかったクディッチの試合を観戦していたメグは、案の定人混みに紛れたせいか気分が悪くなった。1人ふらふらと競技場を出たところでしゃがみこんでいると、聞き覚えのある優しい声が上から降ってきたのだ。先生が通りかかるなんて、最高についてる日!もう気分の悪さは何処か遠くへ行ってしまったようでメグは舞い上がった。



「君に与える罰則の内容だがー」

先生の一言で、先生の後ろ姿に夢中になっていたメグは急に手から汗が滲んでくるような感じがした。しまった、罰則については何も考えていない。そもそもこの計画自体その場の思いつきなのだ、何かとてつもない罰だったらどうしよう。手だけでなく額からも汗が噴き出してきそうだ。

「私の手伝いをしてもらう」
「.....え?」

恐らく今日1番、いや、今まで誰かと話していた中で1番間抜けな声が出た。予想外の言葉に開いた口が塞がらない。鏡はないが多分酷い顔をしているだろうと一瞬メグは自分の顔を想像した。寮の近くまで送ってくれた先生は、そんなメグの表情を伺うかのように振り返り、こう続けた。

「実は恥ずかしいことに私は体調を崩しやすくてね、それに伴って仕事が溜まってしまうんだ。簡単な書類の整理と授業の準備を手伝って欲しい」

口をぱくぱくと動かすことしか出来ないメグは頭の中で必死で状況を判断しようとする。つまり?また先生と会える?しかも2人きりで。

「明日から1ヶ月、1日の授業が終わったら私の部屋に来なさい。それが罰則だ。わかるね?次は見逃してあげられないよ」

1ヶ月も。つまりテストまで先生のそばに居られる。なんてことだろう。驚きと喜びでどう答えて良いのかわからなくなったメグは、はい、と小さく返事をした。

「それに君は、何故だか私の授業の成績が著しく悪い。他の教科は問題ないと先生方から伺っているが...そんなに苦手なら、手伝いのついでに授業の復習を手伝ってもいいと思っている」

君が美味しいお茶を淹れてくれるならね、と最後に付け加えると、先生は小さくウインクした。その姿にあ然としているメグに、明日からよろしくと言うと先生はもと来た道へ引き返していく。メグは心の中で大きくガッツポーズをした。もう一つ、以前から密かに行っていた"劣等生作戦"がこんなところで効いてくるとは。露骨過ぎたかな、と後悔していたがやってみるものだ。

「よろしくお願いします!」

今日1番の大きな声と笑みで先生の背中に声をかけた。ひらひらと振り返してくれたその手を見て、また自然と口元が緩むのを今度は隠すことが出来なかった。



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