08
「私も、もう行かなきゃ」
みんなが吠舞羅や青服と戦っている時、私はいつもお留守番で。紫が言う通りこれがスクナの夢だとしたら、私はきっと戦いに出るイメージは持たれていなかったんだと思う。後方支援、帰る場所。聞こえはいいがちょっとさみしかった。でもそんな日も今日でおしまいなのだろう。「天花も出てらっしゃい」そう紫が言ったことから、いつものルーティンは途絶えた。スクナや紫たちが飛び立った後、流とイワさんが残った屋上に姿を見せる。何人かがこの世界を現実ではないと気づきだした今、きっとどこかにほころびが出ている。いつ帰れるようになるかわからないから、出てこいと紫は言ったんだろう。流から出された"最期のミッション"のことは知っていたし、此処にいるわけにはいかないと自覚してしまった以上ついていかなくてはならない。
「ほんとだったら体験できないこと、たくさんさせてもらった」
「イワさんのご飯も美味しかったし、流とプログラミング談義できたのは楽しかったなあ」
「それから、」
それから、と続けようとするけど声が出ない。これ以上話したら泣いてしまいそうだった。今まで我慢してきたのに。何度も繰り返した夢の中で、ずっと涙をこらえて笑ってきたのに。二人に背中を向けてビルの縁に立つ。もっと言いたいことがあったはずなのに。夢の中の二人にもなにも言えない。
「天花」
その声を聞くと、なにも言えなくなってしまうのだ。
いかなきゃ。側にいたい。離れなきゃ。触れたい。目覚めなきゃ。夢なら続いてほしい。相反する気持ちが、胸いっぱいに広がって張り裂けてしまいそうだった。笑顔で終わらせなきゃいけない。そう思って振り返る。大丈夫、きっとうまく笑える。最後くらい、ちゃんと。
「…!」
次の瞬間目の前が真っ暗になる。柔らかな布の感触と、包まれるような暖かさに、何が何だかわからなかった。それでも感じるイワさんお気に入りの柔軟剤の匂いと、彼の流自身の匂いが私の意識を引き戻した。
「なが、…だめ…やめて…だめだってば!」
包まれるように抱きしめられていた私は、思ったよりしっかりとした両腕から逃れようともがく。ずっと拒絶していた、彼から。私にはきっと許されてない。彼に触れる権利などないはずだ。夢の中であっても、高望みしちゃいけない。彼になにもしてあげられなかった。ただ見ていただけの私が、幸せな夢など見てはいけない。
「はなして、」
か細く出た声が流に届いたかはわからない。力のない抵抗もなくなった頃にようやく、流が口を開く。「天花はおおばかものです」その声は優しく、なだめるようだった。ずっと一緒にいたのに、私が気付かない間に流は大きくなって、あの時間を"生きていた"。
「天花はずっといました、俺のそばに」
生きていたとは言えないかもしれない。意識だけそこにあって、身体はずっと眠ったままだった。それでも彼らは私のことを生きていると言ってくれる。
「触れちゃいけないというのは、天花の変な意地です。わがままです。」
「だから俺はキミに触れます。それが俺の選択です。」
「…、なにそれ」
流のほうがわがままじゃん。そう言ったつもりが、出てくるのは涙と嗚咽だけで。せっかく人が我慢しようとしていたものを、こいつはいとも簡単に解いていく。
じわじわと、流の服が濡れていく。縋り付くように流のゆったりとした服をシワがつくほど握りしめて、私は泣いた。いつか流した涙は拭ってもらうことはできなかったけど。今この夢の中ではそばにいる。触れることができる。それを他ならぬ彼に許してもらえたことが嬉しかった。
「おうおうご両人見せつけてくれるねえ」
イワさんは私たちの様子を見ていつも通り茶化すように声をかける。その表情はいつにも増して嬉しそうで、柔らかな目をしていた。
「「イワさん」」
二人声を揃えてイワさんに手を差し出す。呆気にとられたような顔をしていたイワさんだったけれど頭を軽く掻くと「仕方ねえなあ」とこちらに向かって歩いてきてくれる。二人でイワさんの腕を掴むとそのまま思いっきり抱きしめた。
「熱い抱擁だなぁ」
「イワさん、今まで…見守ってくれてありがと」
イワさんはびっくりしたような表情を見せるとすぐくしゃりと表情を崩して私の髪をわしわしと撫でた。これずっとして欲しかった。触れる体温が暖かくてまた涙が出てくる。私ずっといままでたくさん泣いたなあ。
「全く、うちの姫さんはおっきくなっても泣き虫なんだからなあ」
強く、強く抱きしめてもらって。夢の中で、一つの願いが叶った気がした。
ねえ紫。私にこの世界がスクナの夢だって教えてくれた時、すごく悲しそうな顔してたよね。私が流やイワさんに触れないように我慢してたのも、紫はわかってた。
「あなたにとっては、残酷な夢かしら」
紫は私に言ったけど、そんなことないよ。私にとってここは、何よりも暖かくて、幸せな、醒めて欲しくない夢だった。
「私ね、もうちょっと生きてみる」
二人から少し離れて、涙で歪んだ視界で二人の顔を見る。あの頃と変わらない、14年間一緒に過ごした二人がそこにはいた。
二人がいなくなった世界で、目が覚めて。どうして何もできなかったんだろうって考えてた。あれだけ泣き虫だった私が二人がいない事実がよくわからなくて、涙も出なくて。いつの間にか幸せな夢に迷い込んでいたけれど、それももうおしまい。
「二人が繋いでくれた命だから」
流が私を見つけてくれた。イワさんが育ててくれた。二人のおかげである命を、私は大切にしたい。
流の夢は叶わなかった。私の夢も、叶わなかった。それでも、私生きてるから。ずっとここにいられない。二人とずっと一緒にいられない。
やっと流せた涙でぐしゃぐしゃになった顔を、流が撫でる。もう泣くのも、振り返るのも、立ち止まるのもやめる。だって、二人が拭ってくれたから。
だから行くね。
流の優しい手から離れて、振り返る。
「ありがとう、ずっとずっとだいすき」
みんなが吠舞羅や青服と戦っている時、私はいつもお留守番で。紫が言う通りこれがスクナの夢だとしたら、私はきっと戦いに出るイメージは持たれていなかったんだと思う。後方支援、帰る場所。聞こえはいいがちょっとさみしかった。でもそんな日も今日でおしまいなのだろう。「天花も出てらっしゃい」そう紫が言ったことから、いつものルーティンは途絶えた。スクナや紫たちが飛び立った後、流とイワさんが残った屋上に姿を見せる。何人かがこの世界を現実ではないと気づきだした今、きっとどこかにほころびが出ている。いつ帰れるようになるかわからないから、出てこいと紫は言ったんだろう。流から出された"最期のミッション"のことは知っていたし、此処にいるわけにはいかないと自覚してしまった以上ついていかなくてはならない。
「ほんとだったら体験できないこと、たくさんさせてもらった」
「イワさんのご飯も美味しかったし、流とプログラミング談義できたのは楽しかったなあ」
「それから、」
それから、と続けようとするけど声が出ない。これ以上話したら泣いてしまいそうだった。今まで我慢してきたのに。何度も繰り返した夢の中で、ずっと涙をこらえて笑ってきたのに。二人に背中を向けてビルの縁に立つ。もっと言いたいことがあったはずなのに。夢の中の二人にもなにも言えない。
「天花」
その声を聞くと、なにも言えなくなってしまうのだ。
いかなきゃ。側にいたい。離れなきゃ。触れたい。目覚めなきゃ。夢なら続いてほしい。相反する気持ちが、胸いっぱいに広がって張り裂けてしまいそうだった。笑顔で終わらせなきゃいけない。そう思って振り返る。大丈夫、きっとうまく笑える。最後くらい、ちゃんと。
「…!」
次の瞬間目の前が真っ暗になる。柔らかな布の感触と、包まれるような暖かさに、何が何だかわからなかった。それでも感じるイワさんお気に入りの柔軟剤の匂いと、彼の流自身の匂いが私の意識を引き戻した。
「なが、…だめ…やめて…だめだってば!」
包まれるように抱きしめられていた私は、思ったよりしっかりとした両腕から逃れようともがく。ずっと拒絶していた、彼から。私にはきっと許されてない。彼に触れる権利などないはずだ。夢の中であっても、高望みしちゃいけない。彼になにもしてあげられなかった。ただ見ていただけの私が、幸せな夢など見てはいけない。
「はなして、」
か細く出た声が流に届いたかはわからない。力のない抵抗もなくなった頃にようやく、流が口を開く。「天花はおおばかものです」その声は優しく、なだめるようだった。ずっと一緒にいたのに、私が気付かない間に流は大きくなって、あの時間を"生きていた"。
「天花はずっといました、俺のそばに」
生きていたとは言えないかもしれない。意識だけそこにあって、身体はずっと眠ったままだった。それでも彼らは私のことを生きていると言ってくれる。
「触れちゃいけないというのは、天花の変な意地です。わがままです。」
「だから俺はキミに触れます。それが俺の選択です。」
「…、なにそれ」
流のほうがわがままじゃん。そう言ったつもりが、出てくるのは涙と嗚咽だけで。せっかく人が我慢しようとしていたものを、こいつはいとも簡単に解いていく。
じわじわと、流の服が濡れていく。縋り付くように流のゆったりとした服をシワがつくほど握りしめて、私は泣いた。いつか流した涙は拭ってもらうことはできなかったけど。今この夢の中ではそばにいる。触れることができる。それを他ならぬ彼に許してもらえたことが嬉しかった。
「おうおうご両人見せつけてくれるねえ」
イワさんは私たちの様子を見ていつも通り茶化すように声をかける。その表情はいつにも増して嬉しそうで、柔らかな目をしていた。
「「イワさん」」
二人声を揃えてイワさんに手を差し出す。呆気にとられたような顔をしていたイワさんだったけれど頭を軽く掻くと「仕方ねえなあ」とこちらに向かって歩いてきてくれる。二人でイワさんの腕を掴むとそのまま思いっきり抱きしめた。
「熱い抱擁だなぁ」
「イワさん、今まで…見守ってくれてありがと」
イワさんはびっくりしたような表情を見せるとすぐくしゃりと表情を崩して私の髪をわしわしと撫でた。これずっとして欲しかった。触れる体温が暖かくてまた涙が出てくる。私ずっといままでたくさん泣いたなあ。
「全く、うちの姫さんはおっきくなっても泣き虫なんだからなあ」
強く、強く抱きしめてもらって。夢の中で、一つの願いが叶った気がした。
ねえ紫。私にこの世界がスクナの夢だって教えてくれた時、すごく悲しそうな顔してたよね。私が流やイワさんに触れないように我慢してたのも、紫はわかってた。
「あなたにとっては、残酷な夢かしら」
紫は私に言ったけど、そんなことないよ。私にとってここは、何よりも暖かくて、幸せな、醒めて欲しくない夢だった。
「私ね、もうちょっと生きてみる」
二人から少し離れて、涙で歪んだ視界で二人の顔を見る。あの頃と変わらない、14年間一緒に過ごした二人がそこにはいた。
二人がいなくなった世界で、目が覚めて。どうして何もできなかったんだろうって考えてた。あれだけ泣き虫だった私が二人がいない事実がよくわからなくて、涙も出なくて。いつの間にか幸せな夢に迷い込んでいたけれど、それももうおしまい。
「二人が繋いでくれた命だから」
流が私を見つけてくれた。イワさんが育ててくれた。二人のおかげである命を、私は大切にしたい。
流の夢は叶わなかった。私の夢も、叶わなかった。それでも、私生きてるから。ずっとここにいられない。二人とずっと一緒にいられない。
やっと流せた涙でぐしゃぐしゃになった顔を、流が撫でる。もう泣くのも、振り返るのも、立ち止まるのもやめる。だって、二人が拭ってくれたから。
だから行くね。
流の優しい手から離れて、振り返る。
「ありがとう、ずっとずっとだいすき」