01
入学式が終わり本格的に新学期が始まったある日のこと。女子禁制のアイドル科に一人の転校生がやってきた。後に学園を揺るがすこととなる革命の中心にいる彼女であるが、今はある事件に巻き込まれ目を回していた。
「あんたのせいでしょ!?
ていうか乗っからないでよ!重いじゃん!」
「うるせ〜!さっさと運びやがれはなくそ女!」
「だ〜れがはなくそだ!このままリングアウトにしてやるから!」
この騒動の原因である大神晃牙は夢ノ咲学院で行われていた非公式ドリフェス龍王戦に出場していた。対戦相手は学院最強とも名高い空手部主将鬼龍紅郎その人である。軽快にパフォーマンスを続けていた晃牙だったが、妨害可のドリフェスの形式に意表を突かれ、ステージから弾き飛ばされてしまった。不運なことに飛ばされた先に転校生をはじめとする2-Aの生徒と今やアイドル科でも有名となった不法侵入者みょうじなまえがいたのだ。見覚えのある赤毛を見つけた晃牙はこれ幸いとスバルを踏み台にして勢いを殺し、周りを弾いてなまえを踏み台にした。この一瞬の出来事に巻き込まれ、転校生は目を回して倒れてしまったのだ。これを許すなまえではなく取っ組み合いの喧嘩が始まった。
スバルたちは遠巻きでそれを見ながら転校生の介抱をしているし、舞台では音声が消えたトラブルで揉めていた。そんな中、知らず知らずな間に周りを囲まれていることに、誰一人気付かなかった。
「逃げても無駄だよ!豚ちゃんたち〜」
晃牙と必死の形相で喧嘩をしていたなまえはその声の主を見て「ゲッ」と声を漏らす。そしてきょろきょろと周囲を見渡しやばい、と顔を青くした。生徒会副会長の蓮巳敬人と、役員の姫宮桃李が何やら観客や舞台上の空手部の二人を捕らえようとしていた。人混みに揉まれて離れてしまったスバルたちはTrickstarのメンバーである衣更真緒が逃がそうとしていた。逃げなきゃ、と立ち上がろうとするなまえに、晃牙はぐっと彼女の頭を抑える。
「なにすんの」
「黙ってろ、このまま頭下げていけ」
あそこから抜けれるだろ、と包囲が薄くなった場所を指差す晃牙。なまえは不満を顔に表すが、わずかな脱出のチャンス。「決着は次の時だからね!」「おうおう勝手に吠えてろ」悪態を着いたなまえは晃牙に背中を押されるような形で包囲から抜け出した。
数人追ってくる生徒会役員はいたが、なんとか撒けたようだった。ふう、となまえは一息つくと隣を走っていた大神を盗み見た。なんだかんだで彼はなまえを助けてくれていた。悪態をついても、取っ組み合いの喧嘩をしても。本気の喧嘩をすることはあれど彼のことを嫌いになりきれないのだ。
晃牙となまえの出会いは、第一印象から最悪だった。
その話をするためにはなぜみょうじなまえがアイドル科に侵入するようになったかそこから遡る必要がある。
まだ夢ノ咲に冷たい風が吹いていた3月のある日。生徒会役員の蓮巳敬人は同じく役員の生徒を連れて廊下を歩いていた。生徒会の権力が強まった今その姿は歩くだけで周囲に威圧感を与えていた。敬人は周りの視線には目もくれず、廊下を見渡すように歩き回る。その道すがら、渡り廊下を進み知り合いがいるであろう道場の扉を開けた。
「鬼龍!」
「…おう、えらく騒がしいな」
「他の科から侵入してきた奴がいるらしくてな、目下捜索中だ。」
アイドル科はその特性上他の科と隔離されている。アイドルとして活躍する生徒が混乱を及ぼさないよう、またパパラッチやスキャンダル避けなど様々な意味を持って隔離されているわけだが。今回はそのセキュリティを超えて他の科からの侵入者があったという。その侵入者の目的はわからないが、アイドルに危険を及ぼすものであろうことは間違いない。そう敬人は考えていた。
「本来守衛のいる門を潜らねば入れぬものを、どこから侵入したのか」
「またやんちゃする奴がいたもんだな」
「そうだな、見かけてはいないか?」
そうだな、と紅郎は思案するように目を伏せたがすぐ見かけてねぇなと敬人に返した。敬人はそうか、と返すとそそくさと道場を出て行った。一刻も早く侵入者を見つけて処罰せねば、という想いで急いているようだった。
「焦ると周りが見えなくなるのも、あいつの悪い癖だな。」
もういいぜ、と紅郎は無造作に置いていた布をめくりその中の人物に声をかけた。すみません、と彼女は謝るとかけられていた布を外し深々と礼をした。先の会話に出てきた侵入者、なまえは渋い顔をして礼を言った。
「助けて頂いてありがとうございます」
「なんていうか、ただならぬ雰囲気だったからな」
ただの追っかけでアイドル科に侵入したのではない、そのような雰囲気を紅郎は感じ取っていた。だからこそ成り行きで道場に入ってきたなまえを、仲間である敬人から隠すような真似をした。これは見つかればお叱りどころでは済まないような気もしたが、泣きそうな顔のなまえを放っておくことができなかったのだ。
「そんでどうしたよ、そんな顔してアイドル科に侵入なんてよ」
「…これ以上ご迷惑かけられません」
「乗りかかった船だ、話してみな」
どうにかできる、とは思わないが袖振り合うも他生の縁。話くらいは聞いてやろうと紅郎は道場の床に腰を下ろした。なまえも渋々と言った様子で床に正座するようにちょこんと座った。
「わたし、音楽科から来たんです」
なまえは今の音楽科の惨状について語った。音楽科は演奏専攻と作曲専攻に分かれている。中でも作曲専攻は荒んでいた。作曲しようがしまいが進級、成績はつく。作った音楽が評価されない世界だった。そんな混沌とした時勢の中、生徒会による改革が成る。その影響は作曲専攻にまで及んだ。荒んだ音楽科だったが評価を得るために皆がこぞって曲を作り始める。いかに生徒会の、fineが歌える曲がどうかを競い出したのだ。新たな、間違った基準が生まれてしまった。
「音楽の正しい形が一つだなんて間違ってる」
もっとたくさんの可能性があっていい。アイドルたちを輝かせる、そんな音楽をなまえは目指していた。いつか自分が憧れたユニットを輝かせる曲を作りたいと。今の音楽科はあまりに荒み、夢ノ咲の全てが違っていると感じた。そしてそれがになまえとって悲しく、悔しかった。
「だからわたし、直談判しようと思って来たんです」
なまえは一人音楽科で足掻いていた。例え科の中で一人になろうと、目指したものは曲げない。そんななまえの頑なさが音楽科で孤立を招いていた。仲間もいない状態で疲弊していた中で、最後のあがきをすると決めた。
アイドル科が変わらないと、音楽科もダメになる。一連托生のような関係性に危機感を持ち忍び込んで来た、というわけだった。理由はわかった、だが。紅郎は腕を組み深くため息をついた。
あまりに、弱い力。彼女一人の力でアイドル科を変えることはできない。まして生徒会に乗り込んだとしても、彼女を校則違反者として締め上げることは容易いだろう。
「一人で行くのは無謀だな」
「分かってます、でも…やらなきゃ」
「わたし、ここで音楽が作りたいんです」
作曲なら夢ノ咲でなくともできる。それでもここを選んだのは、誰よりもアイドルの曲を作りたいから。紅郎はまっすぐ逸らさないなまえの目を見ていた。紅郎の眼光に怯まない、しかも女というのは珍しかった。それだけ譲れないものがある、ということなのだろう。紅郎は頭をかいてなまえに背を向けた。
「まずは仲間集めることだな」
「!」
「それにその制服は目立ちすぎるだろ」
紅郎は以前外部生に仕立ててやった制服を引っ張り出し、それをなまえに押し付けた。押し付けられたなまえは混乱したようにジャケットと紅郎の顔を交互に見た。スカートは仕立ててやるからしばらく待てと言う紅郎にそう言うことではなく、と反論する。
「アイドル科の制服じゃねぇと目立つぞ」
「いや、あの、そこまでお世話になるわけには」
「好きで世話してんだ、されとけ」
「お前さんの度胸と信念に負けたってことだよ」
表立ってなまえの助けになることはできないだろう。ここに匿うことや少しの手伝いくらいならば、と紅郎はなまえに助力を約束した。「少しくらいなら手伝ってやるさ」という紅郎に気を張っていたなまえはへなへなと疼くまる。
「大丈夫か…?」
「なんだか、気が抜けてしまって…」
力なく笑ったなまえに、紅郎もぎこちないながら笑いかえす。紅郎という助力を得て、ようやくなまえは音楽科改革の一歩を踏み出したのだった。