刻む鼓動は不協和音


「今までで1番いい演奏だった」
音楽祭が終わって、少し時間はあるか、と呼び出されたカフェに来て挨拶よりも先に言われたのはその言葉だった。
「あ……ありがとう、ございます」
きっと、あの時─何某かの陰謀により大聖堂での演奏会が狂乱に包まれ、彼の伴奏と見知らぬ少女の歌声によって楽団の中でも先に目を覚ました私が、それに合わせてチェロを奏でた時─の事を言っているのだろう。
そりゃあそうだ。私は先生が指揮していると、まともにタクトの動きを見れなかったから、リハーサルでも幾度となく注意されていたのに、先生が伴奏をした途端、いつも通りの演奏が出来たのだから。
「ちゃんと、弾けるじゃないか」
「……はい……でも、あれは、先生の伴奏のお陰でも、ありますから……」
先生はちゃんと私を見るのに、私は先生の顔を見れない。チェロを弾いている時は、楽譜を見ればどうにでもなるのに、こうやって向かい合って話すなんて。
先生は、ずっと私の憧れのままでいて欲しい。それを、私の恋慕が邪魔をするのだ。
「それでも、君の演奏は素晴らしかったよ」
微笑む先生をちらりとみて、私はこの動悸を外に逃がそうとスカートをぎゅっと握る。
「ヴェネル、君の休暇はいつまで?」
「えっ、えっと、来週までです。でも……もう少ししたらカルファに戻ろうかと」
「なら、帰るまで、俺にヴァレンティンを案内してくれない?」
「……はい?」
「君はヴァレンティンの出身だって言ってたから」
そんなの私の身が持たない、と思いながら、返事の言葉を探す。
「か、構いませんが……」
「良かった。君となら、オーケストラの公演もゆっくり聞けそうだ」
紫がかった灰の瞳が私を映す。真っ直ぐ先生を見ない自分を、先生はどう思っているのだろう。
「ヴェネル」
「はい」
「デュオの経験は?」
「デュオは、何度か。まあ、両親のどちらかとなんですが……」
「十分だよ。今度俺とどう?」
「えっ!先生と……」
「音楽を通してなら、もっと君のことが知れるから。君の音色は、いつも楽しそうに踊っている。この前の演奏もね」
「わ……私も、先生のこと、もっと、知れるでしょうか……?」
「君が望むなら、何時でも教えるさ」
優しく微笑む先生は、私を真っ赤にさせる。
慌てて飲んだカフェラテは、私の熱をさらに熱くするだけだった。