雪裏の花
ちらつく雪が、頬につくと力なく溶けていく。まだ帰らない彼は寒い中大丈夫だろうか、と手元のスマホを連絡なんて来ないのは分かっているのに付けたり消したり。すると、炭焼小屋の扉が開いた。
「あ……敢助さん」
「あ?英か。お前……寒いだろ、中入れ」
「私……」
「どうした?」
「私が、教えたから……記憶を取り戻すのに、あの時と同じような体験をする方法があるって教えたから、あの雪崩のあった山に来たの……?」
「別に。お前に教えてもらわなくても来てた」
「でも、狙われたじゃん」
「……英、お前勘違いすんなよ」
「え?」
「狙われたのは、俺が、あの山に行けば何かわかるかもしれねぇって判断した結果だ。お前のせいじゃねぇ。上原も高明も言ってたろ」
「……」
いつもなら、優しい事言えるんだね、と軽口を叩けるはずなのに、今日は素直に受け入れて、空いた口が塞がらなかった。そうしてると、大きな手で頭をがしがしと撫でられる。
「わあ!ねぇ!髪ボサボサになるー!」
「ガキのくせに、変な責任感じてんじゃねぇよ」
「責任っていうかー……うーん、まあ、そっか……」
口は悪いけど、そういう優しさに、由衣さんは惹かれたのだろうな、と思う。それでも、私には責任を感じざるを得ない理由があった。
「これ以上、
「なら、お前も自覚しとけ。お前もそれに含まれてて、失った時、1番彼奴を悲しませる人間だってな」
「え……」
「……お前、日頃あれだけ
「だって!
「まあ、あと3年は我慢するこった」
「はー?なにそれ!」
なんで3年?と思っていると、また扉が開いて誰かがでてきた。
「敢ちゃん!黄月ちゃんも!冷えるわよ!?」
「由衣さん」
「諸伏警部の事が気がかりなのは分かるけど、黄月ちゃんが寒い中待ってたなんて知ったら、きっと凄く心配するから。ほら、入って」
「うん……」
ダウンに着いた雪を払い、炭焼小屋の中に戻る。子供たちと蘭ちゃん、博士はぐっすりと寝息を立てている。スマホを見ると、夜明けまではまだもう少し。
「眠れない?」
「え、コナンくん……起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫」
眠そうな瞼を擦る少年─コナンくんがブランケットを渡してくれた。
「大和警部達は?」
「外で話してる。コナンくん、眠いでしょ?私は大丈夫だから、寝なよ?」
「黄月ねーちゃんは、起きてるの?」
「うん。私、寝るタイミング逃すとダメなんだよね。中途半端に睡眠導入剤も飲みたくないし」
「そうなんだ……」
「だから、ガキは沢山寝てな〜?朝起きれなくなるぞ〜」
「はぁい……」
ふぁ……と大きなあくびをするコナンくんに、被っていたのであろうコートを掛ける。おやすみ、と言うとこくりと頷いた。
「黄月ねーちゃん……諸伏警部は必ず戻ってくるよ……」
「……うん、ありがとう」
まだ小学生の子供に気を遣われるなんてなあ〜と思いながら、バッグの中からワイヤレスイヤホンを取り出す。音楽アプリを開いて、ダウンロードしてあるプレイリストを再生する。
流れる曲を聞き流しながら、ただ夜が明けるのを待った。
- - -
「
「英さん」
夜通しの捜索を終えた方々が下山する中、私の待ち望んでいた彼に声を掛ける。冷たいコートに飛びつく前に、制止される。
「ずっと待ってた」
「寝ずに待つようには言っていませんよ」
「……眠れなかったの。薬も飲みたくなかったし……」
「なら、下山した後ちゃんと休んでくださいね。約束ですよ」
「え、でも……」
子供に言い聞かせるような、その言い方には心当たりがあった。
「……何か、危ないことしようとしてる……?」
「黄月さん」
「分かってる。私は、また、待ってたらいいんでしょ」
他にも言葉はあるのに、どうしてか嫌味ったらしくなってしまう。ただ、言葉の通り、今回は本当に危険であることも、私が居ても何も出来ないことも、全部分かっている。
「黄月さん、これを」
「?スマホ?無いと困るんじゃ……」
彼がコートの下のスーツから取り出したのは、私用のスマホ。ここからある程度まで下山しない限りは圏外だが、いくらPIIIを持っているとはいえ、後で困るだろう、と受け取らずにいると、ぶら下がっていた私の手を取って無理やり乗せられる。
「気休め程度ですが、お守り代わりです。少しは安心して過ごせますか?」
「
「僕は必ず、君のもとへ帰ってきます。次の休みには、一緒に出掛ける約束もありますから」
彼はそう言って、私の髪に優しく触れる。もう我慢なんて出来なくて、彼に抱き着く。少し湿った外の匂いに交じって、シトラスミントの爽やかな香りがする。
彼はやれやれ、とでも言いたげに息をついて、私の背中をポンポンとたたく。
「黄月さん、みんな見ていますよ」
「……いい子に待ってるから、今は許してよ……」
「君はいつもいい子でしょう?」
そう言って、空いた手が後頭部に回される。数回、髪が梳かれる。
「無用の用。黄月さん、分かりますか?」
「え……ごめん、わからない……」
「君の存在は、他者から見れば僕を煩わせる存在のように映っているかもしれませんが……僕にとっては大切な役割を持っています」
「……それって……」
「フッ……これ以上は、後でにしましょうか。敢助くんが痺れを切らしてこちらを睨んでいますから」
そう言って視線を向けた先には、彼の言うとおり早くしろとでも言いたげな敢助さんとそれを宥める由衣さんがいた。私は彼の腰に回していた腕を戻し、手に持ったままだったスマホを見る。
「スマホ……預かってるね。戻ったら、一番に会いに来て!」
「ええ。今度の休みに行きたいところを考えておいてくださいね」
「うん!」
見送ります、と県警へ向かう車の方へ進む。どうやらコナンくんは毛利探偵らと下山するらしい。
「
3人に手を振って、蘭ちゃんの隣に座る。博士と子供達は後ろの席で楽しそうにしていた。
「黄月ちゃん……!さっきの、大胆だったね!」
「わぁっ、蘭ちゃん見てたの!?思い返したら恥ずかしいけど……
「ホント!?良かったね!……あれ?そのスマホ……」
「あ、これ、
真っ暗な画面を撫でると、ずっと彼のスーツの内ポケットに入っていたからか、どこかまだ暖かい気がして落ち着く。すると、オールしたせいか段々と意識がぼんやりしてきて、心地よい車の揺れが私を微睡みへと誘うのであった。