夏の後ろ影

夏休暇の課題も程々に、少し休憩しようと部屋を出た。誰か居るかな、と寮の談話室の扉を開ける。
思っていたより賑やかな談話室。全寮制のこの学園では休暇は貴重なものだから、実家に帰る生徒は多いと思っていた。かく言うおれも、実家に帰って居ない人間の一人だけど。
テレビゲームに興じる先輩を横目に、おれは共有キッチンに立って湯を沸かす。
栖葉すよう! 湯沸かしたら次いでに俺のカップ麺作って! 」
笑い声に紛れて、二年の流魏先輩の声が聞こえた。
「どれですか?」
「じゃあ、カレーうどん! 頼んだ! 」
戸棚から、先輩の名前が書かれたカップ麺を取り出す。自分の紅茶とカップ麺を用意した所で、電気ケトルから湯気が出た。まず先輩のカップ麺に湯を注ぎ、次に紅茶に注いだ。一分経ったところで、紅茶のティーバッグを捨て、近くのテーブルにマグカップを置いた。スマホで時間を確認して、先輩のカップ麺をかき混ぜた。普通なら、このまま完成したカップ麺を先輩に出す所だが、調理科に通う人間としてこれに手を加えない訳にはいかない。冷蔵庫から卵とチーズ、刻みネギを出す。あとはそのまま全部乗っけるだけ。もちろん、見た目も美しく。
「流魏先輩、出来ましたよ」
「おー! サンキュー! 」
テレビに近いテーブルにアレンジカップ麺を置いた。部屋には既にカレーの匂いが漂っていた。
「生卵とチーズは定番アレンジだよなぁ! 美味そ〜!いただきまーす」
「ちょ、流魏、一口くれ! 」
「あ、俺も」
他の先輩もカレーの匂いに耐えられなくなったのか、テーブルに集まってきたところでおれは少し離れたテーブルの席に着いた。
先程入れた紅茶はいい塩梅の温かさになっている。
「栖葉、帰らなかったんだね」
「そういう三成も、残ってたんや」
前の席に座って本を読んでいた同じクラスの玉城三成が顔を上げる。
「帰ってもどうせ手伝いさせられるから」
苦笑いする三成。彼の実家は有名な料亭だ。家から帰ってこい、なんて言われているのかと思ったけどそうでも無いようだ。
「で、地元大好き栖葉くんはなんで帰らなかったの?」
「おれも手伝いせなあかんやろし、何より、遠いから気力いるねん……」
「確かに、ここから都心まで出るのにまず結構かかるもんね……」
おれ達の通う学園は、山奥の広大な土地にある為、交通便が悪すぎるのだ。本当はこの夏帰るつもりだったが、先の通り、帰る気力は休暇前の実習授業で無くなってしまい断念したのだ。
「あ、そういえば、課題終わりそう?」
「まあ、ぼちぼちだけど……栖葉って化学出来るっけ」
「ああ、化学なら大丈夫やで。その代わりといっちゃなんやけど、数学ちょい教えて欲しい」
「うん。じゃあ明日俺の部屋でやろう」
「夏休みやのに、課題だけで終わりそうやなあ」
調理科だから、と油断したのが間違いで。教科の課題が休暇の長さに比例しない程大量に出された。
……まあ、計画的に出来れば、完全に休める日も出てくるのだが。
「さっき、先輩達が言ってたけど、休みの最終日に中庭で花火しようってさ。一緒に行こうよ」
「お〜、やりたいやりたい。今年最初で最後の夏らしいイベントや」
「もう休みも終わるね……やり残した事沢山あるのに! 」
「……ゲームか?」
「そう! この夏の為に結構買い込んでたんだけど、一つも始められてない……」
無類のゲーム好きである彼は、深く息をついた。
「この夏やり残した事か〜……」
「栖葉は実家に帰ることでしょ?」
「それはそうやけど、それ以外は特に思いつかへん……」
花火は寮でやる予定らしいし、海とか、夏祭りとか、特段行きたい訳でもない。これといった趣味も無いから、やり残した事はあまり思いつかない。
「休み前はやりたい事いっぱいあったのに、今考えてみるとあんまり思いつかないよね。俺もゲームくらいだな〜」
「次の休暇はやりたい事先書き出しとこかな。実行するかは別として」
「それいいかも! ……課題次第だけど」
次の休暇に出る課題の量を想像して、おれ達はげんなりする。マグカップに残った紅茶を飲み干して、伸びをした。
「んー、もうちょっと頑張ろかな」
「俺もそろそろ再開しようっと。栖葉に教えられるように数学やらなきゃ」
「あー、じゃあおれも化学進めなあかんな」
二人笑って、席を立った。
まだテレビゲームをしている先輩達に、おやすみなさいと挨拶をしてから廊下に出る。廊下に出ても、暑さは感じない。過ごしやすい気候になったな、なんて呟いてみる。
その呟きに反応したのか、夏の終わりを報せるように、窓から涼しい風が吹き込んだ。

- 1 -