キーボードの脇に置かれたブルーの箱を視界に入る度、ちらちらとみる。このブルーロックの中にも、一応日本文化というものは染み付いているのか、2月はセツブンのマメマキが行われていたり、エホウマキという料理が出されたりしていた。そして、アンリさん曰く2月の一大イベントらしいバレンタインデーも然り。朝からアンリさんに誘われ、チョコレート作りをしていた。てっきり、このブルーロックに居る皆さんに配る為に沢山作るものだと思っていたが、どうやら、私が彼に渡すチョコを作るための分も前々から準備していてくれたらしく、頭が上がらなかった。料理に比べればお菓子作りはまだ幾分かはマシな方だが、アンリさんたちの助けがあって、過去一番の出来となった。そして、箱に入り切らなかった分のチョコレート達はお茶菓子として、先程のティータイムですっかり平らげたのだ。
部屋に戻り、残っている作業を片付けようと座ったのはいいものの、作ったチョコレートを彼に渡すという重大な問題が気がかりでなかなか集中出来ないでいる。
「はぁ……」
「どうした?溜息なんかついて」
「ひゃあ!??」
突然頭上から聞こえるはずのない声がして、思わず驚く。そんな私を見て彼は眉間に皺を寄せた。
「そんなに驚くことないだろ」
「ご、めん……ちょっと、ぼーっとしてたから……」
「……何かあったか?」
「う、ううん。大丈夫だよ、本当に……」
「その割には、作業も進んでないみたいだが」
目ざといな……と思いつつ、大したことでは無いと言うと、案外あっさり退いてくれた。
「ええっと、何か用事があるの?」
「?別に無い」
「えっ、じゃあどうして……?」
「ガビィに会いたかっただけだが?」
駄目なのか、とまた不機嫌そうな顔をするので、先程から冷や汗が止まらない。駄目じゃない、と首を振るけれど、訝しげに私を見ている。
「……何を隠してる」
「か、隠し事は、してない……」
真っ直ぐに私を見つめる彼の瞳には、焦った顔をする私が映っている。それを見るのが嫌で反射的に逸らしてしまうから、何かあるのだとすぐバレてしまうのだ。
「観念して言った方が身のためだぞ?子猫ちゃん」
「う、うぅ……」
確かに、みんながいる所で渡すより、2人の時に渡した方が恥ずかしさは軽減されるだろう。それに、渡すこと自体は良いのだ。問題は、その中身を今ここで開けられる可能性があることなのだ。箱の中には、青と水色で着色したチョコレートと、手紙が入っている。その手紙がまずい。何故なら、普段言葉でなかなか伝えられない気持ちを認めているからである。私が居る前で読まれると、絶対とは言いきれないが、90%以上の確率で甘い夜を過ごすことになってしまうだろう。
彼はなかなか言い出さない私を未だじっとみている。彼の言うとおり、観念して言うしかない……と覚悟を決めた。
「あのね、これ、ミヒャくんに作ったんだけど……」
「なんだ?見てもいいか?」
リボンを掛けて包装した箱を彼に渡すと、早速リボンを解こうとするので慌てて止める。
「ま、まってっ!お部屋で、見て欲しい……。その、中身はチョコレートなの。日本では、バレンタインデーには女の子が好きな男の子にチョコをあげるんだって教えて貰って。だから、ミヒャくんに……」
「あぁ、そうか、今日はバレンタインデーか。……悪い、俺からは今は何も渡せそうにない」
無事に中身は開けられずに済んだ。しかし、毎年のようにバレンタインデーに私へ薔薇の花束をプレゼント出来ないことが気掛かりなのか、彼は眉を下げてしまう。
「だ、大丈夫!その、いつもプレゼントしてくれているから……。今日は私から……」
「あ、そうだ。ガビィ」
「な、なに?」
下がっていた眉は一瞬でいつものように弧を描き、彼は座っていた私の手を取って立ち上がらせた。
そのまま、抱きすくめられる。彼は子供をあやすかのように優しく私の頭を撫でながら、器用に顎を捉えてキスをした。
ちゅっ、ちゅっ、と何度も何度も唇から頬、耳まで顔周りのありとあらゆる箇所にキスをされる。
「ひ、いっ……」
首元に来たと思えば、ガリッと噛み付かれたような痛みが走る。じんじんとした余韻に少し涙目になっている私を彼は満足そうにみている。
「今は、これくらいしかしてやれないが……ここでの生活が終わってから改めてプレゼントを渡すよ」
「うぅ、ありがとう……。でも、噛み付かなくても……」
「ごめんごめん。ガビィのその白い肌を見ると、つい傷つけたくなってしまうんだ。それに……俺の背中もガビィの引っかき傷でいっぱいなんだから、お互い様だろ?」
「なっ……!!?」
かぁっと顔が一気に熱くなる。
そんな私を見て、彼は可愛いなぁ、とまた私を抱きしめて撫でる。
「あ、あと、明日はオフショルダーの服か襟のない服を着てくれ」
「い、やだよ!」
普段、オフショルダーを着ているとあまり良い顔はしないのに、こんな時だけ都合の良いことを言う彼の提案を嫌だと言えば、私の不安を潰すかのように畳み掛ける。
「別に明日も部屋から出る予定は無いだろ?」
「で、でも……フィードバックとか、ミーティングとかあるかもしれないし……」
「なら、見せつければいい。誰のものか、ひと目でわかるじゃないか」
彼は至って自然な笑顔をしていると思っているのだろうが、その笑顔が怖い。そして、私に有無を言わせないのだ。
「うぅ……じゃあ、今一緒に選んでくれる……?」
上目遣いで彼を見る。これは、私に出来るせめてもの仕返しだ。私が自主的に着ているのではなく、彼に''着せられている''と理由づけるため、服を選んで欲しいとお願いする。私の上目遣いには、めっぽう弱いらしい彼は、快諾し、早速選ぼうと備え付けのクローゼットを開ける。
上機嫌に、これは一緒に薔薇園にデートした時着ていたな、とか、あぁ、これもよく似合っている服だ、とか何とか言いながら楽しそうに選んでいる彼を見詰める。
自分の服にはあまり頓着が無いのに、私のモノにはいっそう敏感である。でも、今みたいに一緒に私の大好きなファッションについて話したり、一緒に選んだりする時間が私は大好きなのだ。
私は、洋服をピックアップする彼に近づく。
「ミヒャくん」
「ん?どうした、ガビィ?」
Vielen Dank wie immer. Ich liebe dichいつもありがとう。大好きだよ
少し背伸びをして、彼の頬にキスを贈る。
今日くらい、甘くても良いか。
だって、日本のバレンタインはチョコレートのように甘い日なんだから。
 

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