まだぼーっとする頭をシャワーで強制的に目覚めさせる。いつもならまだ寝ている時間だが、今日は早起きする必要があった。昨夜、ネスにこの時間に起こすよう言い付け、何とか起きたものの、あくびが止まらない。シャワーと毎朝のルーティンをこなし、ジャージに着替えて、持ち物を確認してから彼女の部屋へ赴いた。毎朝早く起きて身嗜みに時間をかける頑張り屋の彼女は、ちょうどメイクをしている時間だろう。
部屋の前まで来ると、一応ノックをする。中から返事が聞こえてすんなりと開いた。
「ミヒャくん……?あ、Guten Morgen!」
「Guten Morgen,ガビィ。まだメイクの途中だったか?」
「メイクは終わって、髪の毛いじろうかなって思ってたの。今日は、早いね……?」
「あぁ、ガビィに用事があったから。待ってるから、先に髪の毛を綺麗にしてきてくれ」
「うん。今日は、ちょっと毛先を巻こうかなって思ってたんだ。すぐしてくるね!」
パタパタとウォッシュルームへ入った彼女を見送る。俺はそのまま彼女のデスクチェアに腰掛けた。モニターは既に起動されていて、様々なデータが映し出されている。長時間見ていると頭が痛くなりそうだが、彼女はそれを嬉々として受け入れる。ふと、デスクの上を見ると、走り書きのメモが1枚目に留まる。よく見ると、俺の名前が書かれていた。連絡事項か何かだろうかと見ていると、ウォッシュルームの方から扉の開く音がする。
「ミヒャくん、お待たせ」
「!ガビィ、もういいのか?」
「うん。綺麗に出来たんだ!」
デスクの方へ来た彼女はニコニコと上機嫌に、似合ってるかな?なんて当たり前の事を聞く。俺はデスクチェアに座ったまま、彼女を引き寄せた。
「わあっ」
「似合ってる、クソ可愛い」
「えへへ、ありがとう。そういえば、私に用事があるんだよね……?どうしたの……?」
「そうだった、今日は、3月14日だろう?」
「?うん」
「日本では、ホワイトデーと言って、バレンタインデーのお返しをする日らしい。だから、今はほんの少ししか渡せないが……これをガビィに」
持ってきた紙袋を渡すと、彼女は遠慮がちに受け取った。いいの?という顔は、恐らく紙袋がブランドのロゴを携えてるからだろう。
「安心しろ、コスメだから」
「わ、ありがとう。でも、どこで……?」
「ここのマネージャーに頼んだら、喜んで用意してくれた」
「そうなんだ……開けてみていい?」
「もちろん」
俺は立ち上がり、代わりに彼女を座らせる。いそいそと彼女は紙袋からラッピングされた箱と手紙を取り出した。
「手紙まで?ふふ、すごく嬉しい」
「たまにはな。……出来れば、後で読んでくれ」
「うん、後でゆっくり読むね!」
彼女は手紙を大事そうに撫でてからデスクの上に置いて、ラッピングされた箱に手をかけた。箱を開けると、ティントリップとリップグロスが丁寧に待ち構えている。
「わあっ!これ、欲しかったの!ありがとう、ミヒャくん!」
「あぁ、なら良かった。色は、似合いそうなのを選んだんだが……問題ないか?」
「ミヒャくんが選んでくれたの?」
「まあ、クロバラ達にも色々聞いてみたが……ガビィがいつもつけてる色に近いと思ってそれにしたんだ」
「ありがとう!ミヒャくんが私のことを思って選んでくれてすごく嬉しいよ!大切にするね!」
「あ、そうだ、そのティントリップ、貸してくれるか?」
愛おしい満面の笑みを浮かべる彼女にそう言うと、今度は疑問符を浮かべたような表情で俺にリップを差し出した。彼女はいつもリップは一番最後につける為、今日もまだ唇は素のまま。ティントリップのチップに着いたリキッドの量を調節し、彼女の綺麗な唇に塗る。
その行動に驚いたのか、彼女は顔を紅くし、じっと受け入れる。
「うーん、これくらいか……?」
ただ、俺はメイクなど微塵も分からないので、適切な塗り方など分からず、とりあえず色付く程度でティントを引っ込めた。彼女は唇を擦り合わせ、ティッシュペーパーを挟んでから手鏡を覗いた。
「わっ、綺麗!すごく可愛い色だよ、ミヒャくん!」
「良かった。こっちのグロスも塗ってみよう」
グロスのキャップを開け、また彼女の唇に重ねる。次第につやつやと光沢を放つ唇は、飴玉のようで甘い匂いさえしてきそうだった。
塗り終わると、彼女は手鏡を覗いたあと、口角を上げてみせる。思わず身体が動いて、グロスが塗りたてだなんて構わずに彼女の唇を食んだ。
粘度のあるテクスチャーが俺の唇にも移るのがわかる。そんな事も気にせず、ただキスを繰り返した。
「ん……み、ひゃくん……」
「すっかりグロスが取れてしまったな……塗り直すか」
「う、だ、大丈夫……もうすぐ朝食だから……」
照れているのか彼女の頬は先程よりも紅い。指の背でその頬を撫でると、びくっと反応して、目を伏せる。
「向こうに帰ったら、ショッピングに行こう。まだまだお返しし足りないからな」
「えっ!?お手紙とコスメで充分だよ?私、大したものを渡したわけじゃないし……」
「ホワイトデーのお返しは、3倍で返すのが基本らしい。それに、ガビィからのプレゼントは、俺にとって価値のある宝物だから」
ほんのり熱を持った彼女の顔を両手で包んで、また、ゆっくりと唇を重ねた。そっと離すと、彼女は自身の手を俺の手に添える。
「ありがとう、ミヒャくん。でも……あまり沢山は……」
「遠慮するな、俺がガビィにプレゼントしたくてやってるだけだから。あ、日本でショッピングでもいいんだぞ?ほら、ハラジュクとか行きたいって言ってただろ?」
「うぅ……キリがないよ……。でも、ミヒャくんと日本でデートはしたいなぁ!日本でロリィタ着たいの!」
楽しそうに話す彼女のきらきらと輝くペールブルーの瞳は、どの青空よりも澄んでいる。
その笑顔は、俺だけに見せていて。
お前を砂糖漬けにしてしまわないように。
 

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