クラブチームに出入りを始めてはや数週間。出来る限り練習を見に行って、選手のデータ集めに勤しみ、フットボールの戦術について選手の1人であるアレクシス・ネスくんに教えて貰う日々を送っている。
あの日以降、私は彼とまともに目を合わせられなくなったので、少々避け気味である。とはいえ、ちゃんと必要最低限の会話もフィードバックもしているので、まあ問題ないだろう。
……という私の読みは甘かったようだ。
「ガビィ」
練習終わりに、爽やかな笑顔で彼は私の名前を呼んだ。
「えっと……どうしたの?」
「ちょっといいか?」
「う、うん」
その逆に不気味とさえ思える爽やかな笑顔が、私にNeinを言わせない。隣にいたネスくんに助けて、とアイコンタクトしてみても、彼もまたにっこり笑うだけだった。
「少しおいたが過ぎましたね、プリンセス」
「プリンセスじゃないし、私別に何も……」
「ほらほら、早く行かないと、カイザーに怒られますよ?」
「うっ……」
先に歩いて行った彼を見ながら、ネスくんと言葉を交わすと、歩いていた彼は足を止め、こちらを振り返り、また笑顔で私を呼ぶ。
「ガビィ?早くおいで?」
「い、いくから!」
その笑顔が私を怖がらせてるんだよ!?逆効果だよ!?と思いながら、彼の所まで走った。
誰もいないロッカールームまで来ると、彼は私の方を向いた。反射で私は目を逸らす。
「……ガビィ、俺の目を見ろ」
「う……」
近付いた彼の顔は、やっぱり見れない。
持っていたノートで顔を隠す。
「俺の言うことが聞けないのか?」
「いやっ、その……」
「お前がこの俺に嫉妬して欲しいと思って最近素っ気ないのはよぉく分かってる」
「……えっ」
「ただ、俺は面白くない。おいたが過ぎるぞ?子猫ちゃん?」
壁際まで追い詰められた私にもう逃げ場はない。
何としても逃げたい気持ちはあるが、勘違いされたままでは私にとっても消化不良となりそうなので、正直に話しておくのが最善だろう。
渋々ノートを下げ、彼の顔を見た。
「あ、っあのね、たぶん、勘違い……してる……」
「言い訳か?」
「ちっちがう!事実!私は、その……ミヒャくんと顔を合わせるのが恥ずかしくて……」
「何故だ?」
「……いや、この前、頬にキスされたから……どんな顔で会えばいいのかわかんなくて……」
「……ガビィ」
「ちょっと避けてたのは本当にごめんなさい。傷付けちゃってたとは……。でも、ミヒャくんの顔を見てると、その事思い出しちゃって……」
「お前はほんとに、クソ可愛いな」
あの時と同じ様に、彼の指が顎に添えられ、今度は唇にキスされた。
「!?」
何度か繰り返され、私はいつの間にか彼のユニフォームを握っていた。
「み、ミヒャくん、やめ……」
「彼氏に寂しい思いさせといて、これだけで終わりなんて酷いんじゃないか?ガビィ」
「か、かれし……」
薄々そういう事なのかな、とは思っていたが、本当にそうだったとは。
あぁ、またドクドク、脈打つ音がうるさい。
「ガビィ、いい事教えてやろうか」
「え?」
「俺の事を愛称で呼ぶのはお前だけだし、俺が愛称呼びする奴もお前しかいない。この意味、分かるな?」
「えと……う、うん」
恐らく、私は特別な存在であるということだろう。
彼の至極真剣なブルームーンの瞳は、じっと私を見据えている。
「ガビィは?」
「えっ」
「俺の気持ちだけが一方通行じゃあ意味が無いだろう?」
「うっ」
期待した眼が、私を映す。
私は精一杯背伸びをして彼の首に腕を回した。
丁度、口元に彼の耳が来た。

Ich denke immer an dichいつも貴方のことを想っています……」
そっと呟いた言葉は、彼の熱いキスに溶かされた。

 

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