''青い監獄''ブルーロックに来てから、日付や曜日の感覚が無くなりかけている。とは言うものの、そもそもドイツから日本へやってきた時から時差でボケかけて居たので、逆に日付や時間の概念が無くなった方が過ごしやすい気もする。
ほぼ一日中トレーニングをしている選手達の様子をモニターで確認しながら数値化されたデータを入力して、前日比を割り出してその数字の変動の要因を纏めて……という私にとっては天職の様な作業を繰り返し、十日毎に行われる他国チームとの試合に備える。そして、今日はその第一戦が行われた。日々のトレーニングから得られるデータも充分有用性の高いものだが、やはり試合のデータの方が実際の動きと能力の比率や出力等また違ったデータが獲られる。そして、どんどんデータの精度も高くなる。今日は楽しくなって眠れなくなりそうだ、と思っていると、部屋の扉がノックされた。
「?Ja,kommen Sie hereinはい、どうぞ入ってください
この自由時間に来るなんて、ミヒャくんやネスくんだろうか、と思って応答すると、黒髪の、''青い監獄''ブルーロックのトレードマークと言うべきだろうか、フットボール界でも話題のYoichi Isagiであった。
まさか、彼が来るとは思っていなかったので、慌てて同時通訳機能付きのイヤホンを付ける。
「ガブリエラ、確か、試合のフィードバックしてくれるって言ってたよな?」
「う、うん。私で役に立つなら……」
「早速頼んでもいいか?」
「もちろん!あ、場所……ミーティングルームに行こうか。用意するからちょっと待ってね」
バスタード・ミュンヘンのメンバーくらいしかフィードバックは来ないかな、と思っていたから、正直とても嬉しい。バスタード・ミュンヘンを外から見た感じがどうとか、そこでどうしたいかとか、私が勉強出来ることも多そうだ。データを入れたノートパソコンと、リングノートを持って、イサギくんとミーティングルームへ向かった。
---
先ずは、今日の試合でイサギくんが出ていた場面にデータ表示した映像を見せた。
マスター同士の対決の場面で割って入ったことは割と気にしている様だ。
「イサギくんは、今日の試合どうだった?」
「どう……自分がゴールを決めるビジョンが浮かばなくて、結局國神に最後パスしちゃったし……外から見てて学ぶ事は多かったけど、今の自分に出来ることが限られてるって思った……かな」
「うんうん。じゃあ、外から見てて気づいたことって教えて貰える?」
「カイザーが、俺の理想ってこと。今の俺の延長線上にいるって言うか……一番の目標は、ノアなんだけど、その前にはあいつがいるっていうか……」
「なるほど、イサギくんが、ノアさんを目指すにあたって、今目指せる目標、次のステップはミヒャ……カイザーくんってことかな?」
「そう!」
危うくイサギくんの前で愛称が飛び出してしまうところだった。いや飛び出してたけど。
「うん、じゃあ、試合のこと、サラッといくね。イサギくんはちゃんと自分の反省点も分かってるみたいだし、今のイサギくんなら充分実力発揮できてたなって思う数値だったよ。特にね、最後のアシストまでの所は、予測してたよりも高い数値が出てて、本当に凄かった。この数値を試合に入った時から維持するのが課題の一つだと思う」
「それで、これからどうして行くか、だよね。今イサギくんはカイザーくんを目標にしたステップを踏むのに、さらに細かくやる事を分ける事が必要だと思うから……イサギくんは自分には何が足りないと思う?」
「やっぱり、基礎的なフィジカルとか、技術……」
「そうだね……じゃあその2つは毎日のトレーニングに入れようか。あ、あと、イサギくんはダイレクトシュートが得意だよね」
「うん」
「それも伸ばしていこう。自分の強みは、伸ばすに超したことなはないよ。今、ゴールのビジョンが見えなくても、きっと、いつかは認められるから」
ノートに書き出しながら整理していく。
試合後に少し揉めてたみたいだけど、イサギくんは基本的には真面目で、フットボールに関するIQも高いし、優しいので、私も安心して話せている。
「あ、あのさ、カイザーのデータも見れたりする?」
「あぁ、うん大丈夫だよ」
ノートパソコンを弄って、ミヒャくんのデータを表示する。
「……やっぱり、俺の理想のプレーだ」
そう声を漏らすイサギくんは、食い入るように画面を見ていた。
「ガブリエラ、ありがとう。色々教えてくれて!」
「ううん。これも私の仕事だから……最後に、1ついいかな」
「何?」
「イサギくんは、数字、好き?」
「えっ……と、俺、理系苦手で……」
「ふふ、そっか。じゃあ、ノアさんが数字で評価するのはあんまり?」
「いや……それはバスタード・ミュンヘンの重視する合理性に基づくものだから、試合に出る為に俺はもっと数字を伸ばすしかないと思ってる」
「真面目だね、イサギくん。……数字はね、自分勝手には変わらないけれど、扱う人間によって変えられる。だから、試合前の勝率データはほぼ意味は無い。その日のコンディションや試合中に覚醒なんて例も、貴方達ならよく分かってるはず」
「じゃあ、何故うちは数字にこだわるのかって思ったよね」
「数字は嘘をつかないからだよ」
「数字は真実を目に見える形にしてくれている。現に、基礎体力のデータや年俸がそれを示している。その数字を、どう扱うか、だよ。年俸はある意味モチベーションを左右する要素だと私は思ってる。自分はあれくらいの額じゃ満足しない、もっとやれるってね。それから、基礎体力や試合後のフィードバックのデータは、」
自分の現在地、と言いかけたところだった。
「おいおいガビィ?こんな所で浮気か?」
「うわぁっ、カ、ミヒャくん!?」
「カイザー!!」
いつの間にか私の後ろにいた彼に、耳元で囁かれたせいで、盛大にビビってしまった。
そして、彼が現れたことで、イサギくんも邪魔するなと言わんばかりに立ち上がった。
「世一ぃ、まずは人のガールフレンドを手篭めにする算段か?趣味が悪いなぁ?」
「は!?」
「あぁ……もう、ミヒャくんやめて……。イサギくんは私のフィードバックを聞いてくれてただけだから……。ごめんね、イサギくん、今日はここまでにしようか」
イサギくんも、流石に彼には敵対心が強いので、ここで喧嘩にでもなれば私はどうにも出来ない。諌めつつ、イサギくんに謝る。
「ううん、ガブリエラが謝る事無いだろ?」
「そうだぞガビィ、世一に謝る必要はない」
「お前……!」
「ミヒャくん!」
火に油を注ぐようなこと言わないでよ!と彼を見ると、そんな事何処吹く風とでも言いたげな顔。
とりあえず、イサギくんには、また聞きたいことがあったら何時でも聞いて、と伝え、戻ってもらった。
「ガビィ」
「フィードバックは、私の部屋でいい?まだデータが全部……」
移せてないから、なんて言わせてくれるはずもなく、強引に唇が塞がれた。
「んん……」
息が苦しいくらい長いキスは、数回続いた。
「みひゃくん、」
「……」
彼は黙ったまま、私を抱き締める。
「……あれは、お前の仕事だって俺も分かってる」
「うん……」
「お前は、誰にでも優しいから、心配なんだよ」
「ミヒャくん……」
「あと、世一には無条件に煽りたくなる」
「それは……直してね……」
ふわりと香るローズは、私の鼻腔を擽る。
「ミヒャくん、今日は私が貴方にいい事教えてあげる」
「……なんだ?」
「私を救ってくれたのも、私に存在価値をくれたのも、私を夢中にさせるのも、貴方だけだよ」
忘れないでね。

君は私の救世主なんだから。
 

top index