3月14日。''青い監獄''で彼女からチョコレートを貰ってから丁度ひと月。今年は日本の文化に則って、このホワイトデーと言われる日に彼女にバレンタインデーのお返しをする事にした。お返しと言っても、贈るものによって意味があるらしい。何とも面倒臭い、と思っていると、その事を教えてくれたネスもそう感じたのか、プリンセスなら何を贈っても喜びそうですね、と言っていた。
確かに、彼女は何を贈ったって喜ぶだろう。だからこそ、お返しの品に頭を悩ませた。やるからには、彼女をとびきり喜ばせたいから。

そして今、俺は彼女ととあるカフェにいる。
「ここのアプフェルシュトゥルーデル食べてみたかったの!着いてきてくれてありがとう、ミヒャくん!」
眼前の彼女は、先月の事など忘れているかのように先程オーダーしたスイーツを楽しみに待っている。
「今日はガビィの願いを聞く日だからな」
「?どうして?……いつも、大抵は聞き入れてくれてると思うけど……」
「……おいおい、もしかして、先月の事忘れたのか?3月14日、今日は日本じゃホワイトデーと言われる日だぞ?」
「……あぁ!バレンタインデーのお返しをする日の……。すっかり忘れてたよ……」
「ガビィの事だから、πの日だとか考えてたんだろう?……まて、だから、アプフェルシュトゥルーデルなのか?」
「えっ!よくわかったね!」
凄い、と感心する彼女の数学好きには敵わない。
数学に対する好きと、俺に対する感情は別物だと思ってはいるが、そろそろ数学にさえ嫉妬してしまうヤバい男にでもなってしまいそうだ。
「休みの日くらい、数学から離れてもいいんじゃないか?」
「あはは……ごもっともだよ。でも、ミヒャくんだってフットボールの事休みの日でも考えちゃうでしょ?」
「……確かに」
「ふふ、私達一緒だね?きっと、好きなものから、離れられないんだよ」
くすくすと笑って言う彼女。笑う度に、ブロンドの髪の隙間から見えるピアスがゆらゆらと揺れる。
「じゃあ、俺はガビィからも一生離れられないな」
「えっ」
「ガビィは?」
「えっと……」
先程の笑顔から一転、眉を下げて焦る彼女に、俺は口角を上げる。ころころと表情を変える彼女は見ていて楽しいし、分かりやすくていい。
そして、頬を赤く染めて言った。
「わ、私もミヒャ君から離れられない……」
「ふふん、ちゃんと言えたいい子には、プレゼントをやらないとなぁ?」
持ってきた紙袋を彼女に渡す。本日お待ちかねのホワイトデーのお返し。ちゃんと贈り物の意味も調べた。
彼女は目を丸くして、紙袋を受け取った。
「えっ、え?い、いいの?」
「あぁ、バレンタインデーのお返しだ。開けてみろ」
「う、うん」
紙袋からラッピングバッグを出し、リボンが解かれた。中から出てきたのは、ブロンドの毛に青い瞳のテディベア。
「かっ……かわいいっ……」
彼女はテディベアと俺を交互に見る。
「そいつが居れば、1人の時だって寂しくないだろ?」
「そうだね!凄く可愛くて……瞳の色、ミヒャ君みたいだし……」
可愛いもの好きの彼女は、耐えきれなくなったのかテディベアをぎゅっと抱き締めた。
その姿が愛らしくて、思わずスマホで撮影した。
「と、撮ったの!?」
「後で送ってやろうか?」
「いや要らないけど!恥ずかしいから、人に見せないでね!?」
「SNSに載せようかと思ったが……確かに、可愛すぎて他の奴らには見せたくないな……」
投稿してやろうと開いたアプリを閉じて、テディベアの頭を撫でる彼女を見詰める。
ぬいぐるみは少し幼稚過ぎるか、と迷ったが、やはり間違っていなかった。
そうこうしているうちに、アプフェルシュトゥルーデルとドリンクが来た。
彼女は隣の席にテディベアを座らせる。
そして、とびきりの笑顔で、俺の手を取って言うのだ。
「ミヒャ君、とっておきのお返しありがとう!」
Ich möchte für immer an deiner Seite sein.いつまでも貴方の隣に居させてね

テディベアを贈る意味;僕だと思って大切にしてね
 

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