バスタードミュンヘンVSマンシャインシティの試合は、激戦の末、バスタードミュンヘンの勝利となった。この試合は、凄かった。相手方もうちのチームも、驚異的な数値を叩き出している。データ処理をしながら、頭の隅では、ただ彼のことが気掛かりだった。
「……大丈夫かな、ミヒャくん」
最後の局面で、彼はイサギくんに利用された。その瞬間は、彼よりイサギくんの方が1枚上手だったのだ。
こんな事で、落ち込んだりする様な人ではないと分かっていながらも、やっぱりちょっと心配だった。
「……」
彼のことを考えれば考える程、作業に集中出来ない。……やっぱり、会いに行こうかな。
何か出来る訳ではないけれど、私の作業効率の為にも、会いに行くのが今の最適解だろう。
データを移したタブレットと、愛用のノートをもって、自室を出た。

「カイザーなら、シャワールームに行きましたよ。……プリンセス、今日は気を付けてくださいね」
「あ、ありがとう……ネスくん」
バスタードミュンヘンの控え室に行くと、彼以外は皆揃っていた。彼を探していると察したのであろうネスくんが彼の居場所と共に、忠告をしてくれた。メンバーの様子からしても、彼の機嫌はイマイチそうだ。
「あ、ネスくん大丈夫?また頭掴まれてた……」
「あぁ、もう大丈夫です。それより、カイザーのこと頼みましたよ」
「う、うん」
控え室から出て、シャワールームへ向かう。
流石にシャワー中に入る訳にはいかないので、外で待っていた。
数分後、扉が開き、彼が出てきた。
「ミヒャくん」
「!ガビィ」
「あ、まだちょっと濡れてる……風邪引いちゃうよ」
綺麗な青い毛先がまだ少し濡れていたので、彼の肩にかかっていたタオルを取って拭いた。
すると、彼の左腕に彫られた茨の蔦が私の身体に絡み付く。まだ湿っている彼の身体が、私の服の色を変える。
「ミヒャくん、」
声をかけても、何も返ってこない。
ただ、まだこのままでいさせて欲しいという意思だけは、私を抱き締める腕から伝わる。
私はタブレットとノートを左手に持ち替えて、空いた右手を彼の背中に回した。
よしよし、と宥める様に筋肉の付いた背を撫でる。
「今日はお疲れ様」
あまり気の利く言葉が思い付かなくて、私は彼の大きな身体を受け止めることしか出来ない。
「……データは?」
「とりあえず、ミヒャくんの分とイサギくんの分は入ってるよ。まだ私も目を通してないんだけど……」
ちゃんと、彼が目を通したいであろうデータは最速で処理してタブレットに移してきた。ただ、私もまだ確認が出来ていないので不備がある可能性がある。
「ガビィの部屋で見る」
「……えっ」
「ガビィは作業出来るし、俺の見たいデータの精緻化も部屋ならすぐ出来るだろ」
「う、うん」
未だ抱き締められたまま会話は続く。そろそろ離して、と言いたいところだが、今日は彼の気が済むまでこのままでいいと思った。
「ガビィ……」
「どうしたの?」
「今日は、やけに素直なんだな」
「え、そうかな?」
「いつもなら、もう離してって言う頃だ」
「……今日は、ミヒャくんが満足するまでこのままでいいの」
それが今、私が貴方に出来る事だと思うから。
「クソ優しいな、子猫ちゃんは」
彼の左手が私の顎を、猫を構うかのように撫でる。
やっと見えた顔は、満足そうだった。ただ、私は擽ったくて、目を瞑る。
「ふふ、みひゃくん、くすぐったい……」
「俺が満足するまでお前のことを好きにしていいんだろう?」
「えっ!そこまでは……」
言ってないよ!と言う前に、さっきまで顎を弄んでいたはずの左手は顎を固定し、私の唇を捉えて重なった。
ただ、いつもは息が切れる程長いキスが今日は案外短く済んだ。物足りない……とまでは言わないけれど、いつもと違うと少し不安になる。ほっとしている自分がいるのも事実だが。
「えっと……ミヒャくん……?」
唇が離れてから、私をじっと見る彼に声をかける。顎にあったはずの左手は、ゆるりと私の頬を撫でている。
「俺のクソ可愛いガビィ?俺の事を心配して来てくれたんだろ?」
「う、うん……そうだよ」
「でも、ガビィが心配することは何も無い。俺は、必ず世一をクソ潰す……」
不敵に笑う彼は、どうしてか私の心を惹きつける。
「……ミヒャくんは、もっと強くなれるね」
やっぱり彼は、予測不可能だ。
フットボールでも、日頃の言動も、何もかも。
彼の背中に回していた手を戻して、彼の青薔薇を撫でる。
「私は、不可能を可能にする貴方が好きだよ」
その青薔薇みたいに咲き誇る貴方が。

 

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