※成人後
「雅さん!お久しぶりです!」
「網代か、元気にしてたか」
「はい!社会人チームメインでトレーナーしてます」
「そうなのか?個人契約は」
「お話は頂いてたりしますけど……ちょっと、いいかなって」
稲実野球部の同窓会は錚々たる面々が揃う、プロ入りをしている人が少なくない、雅さんもプロ入りをしている1人だ。
「雅さん!こいつほら、一也いるから」
「御幸か?」
「あー、一也から個人契約勧められてるんですけどなんか気が進まなくて」
「いい待遇なんじゃないか?あいつも1軍捕手だろ?」
「うーん……」
「彼氏を仕事でも見るの嫌なんでしょー」
「そうは言ってないでしょ鳴!っていうかもう飲んでる!」
「おせーからじゃん!」
鳴の対面に座ると隣に座っていた人に軽くぶつかってしまった、謝ろうと顔を向けて声を漏らした。
「樹くん!久しぶり!」
「網代さんもお久しぶりです」
「そういえば鳴と同じ球団だよね、お疲れ……」
「俺まだ2軍なんであんまり会わないんですよね」
「そう?それならよかった」
「ちょっとどういうことー!樹も!」
「その通りでしょ、すいませーん、梅酒ロックで」
「……お酒強いんですね」
「飲める口みたい」
唇を尖らせて文句を言ってくる鳴を横目に注文すると苦笑している樹くんが目に入った。高校卒業して、みんなプロになったり違う道に進んだりしているが関係は変わっていない、なんだかほっとした。
「そういえば御幸さんとお付き合いしてるんですね」
「……樹くんから言われると思ってなかった」
「そりゃまぁ、さっきあんだけ大声で言ってたので……」
「鳴のせいじゃん!……うーん、まぁ、高校卒業してからね。お互い忙しいからあんま会わないけど」
そんな話をしていたら皆に飲み物が届いたらしく、雅さん筆頭に乾杯!と声を上げた。
「話戻りますけど、個人契約嫌なんですか?」
「……なんていうか、仕事とプライベートは別でありたいんだよね。仕事として一也と接してても知ってる人からしたら「ああ、恋人だからね」って目で見られるのが嫌で」
「……なんかわかる気がします」
「縁があって球団からも声かかってるからまずは球団所属トレーナーになろうかと考え中」
「そうなんですか?もし球団所属になったら顔合わせることあるかもしれませんね」
「そうだったらいいねー!」
「俺もいるしねー!」
「鳴は呼んでない」
「梨沙さぁ!俺にあたり強いよね?!球団のプリンス様だよ!?」
「しってるしってるツイッターとかでトレンドにいることあるもんね」
「ふふん!」
「この顔がうざい」
「この顔が人気なんだけど?!」
今の仕事はどうだ、とか今詰まってること、あとは思い出話をしながら飲んでいくとあっという間に時間が過ぎていく。
樹くんはお酒が得意ではないらしくずっとソフトドリンクを飲んでいた。
「ねえ、一也の話聞かせてよ」
頬がお酒で赤くなりいつもよりも更に調子に乗っている鳴が急にぶっ込んできた。思わず食べていた梅きゅうりを思いっきり咽せてしまった、樹くんがおしぼりを咄嗟に出してきた、助かる本当。
「ごほっ、一也に、聞けばいいでしょ」
「だって一也自分のこと言わないじゃん、つまんない」
助けを求めようと周りを見るも白河は御幸が嫌いだしそもそもちょっと寝落ちかけてる。カルロスも上機嫌でわいわいしてるしダメだ。ごめん樹くん巻き込むわ。
「私だってそんな知らないよ、てか堂々と敵情調査しないでよ」
「野球してる一也じゃなくて、梨沙といる時の一也!」
「ええ……」
「網代さん、こうなったら止められませんよ……」
「だから嫌なの……席移動すればよかった……」
「俺を置いていくんですか」
「樹くんを犠牲に戦闘から離脱したいなー」
「死者蘇生させますからね」
「ちょっと!聞いてんの!」
「はいはいー鳴様だねー」
こそこそと樹くんと話していると対面から移動してきたらしい鳴が隣にどさっ、と座る。こいつまじで本格的に深掘りしようとしてるな。
「一也居ないんだし、愚痴とかも言えば?」
「……はぁ、愚痴ねえ……メガネの度数が合わないことを言わないとか」
「なにそれ」
「テレビ見てて目細めてるなぁ、って思ってたらメガネの度数あってなかったんだよね。つまりコンタクトの度数も合わない訳で、捕手が視力低下させてどうすんの!って怒った」
「なにそれ、捕手が見えなくてどうすんの!」
「気づいたらちゃんと治しなよーって、ね。樹くんは目悪くないよね?」
「そうですね、とくに下がってもないですね」
「……でもさぁ俺らプロなわけじゃん、梨沙はこっち側とは言ってもトレーナーじゃん、時間帯とか会えない期間寂しくない訳?」
お酒を口元に持っていって、止まる。
鳴を見れば割と真剣な顔でビールを飲んでいた。……鳴とビールって、なんか合わないね。
「……寂しい、時もあるけどそういうもんだと思ってるからなぁ」
「合宿とかもありますしね」
「浮気とか考えないわけ?」
「鳴さん!」
「考えないね、だって一也以外かっこいい人知らないね」
「うわっ、聞いた?樹……ゲロ吐きそうなほど惚気てきた」
「なんか漫画でありそうなセリフでしたね」
お酒の力もある、絶対。いつもだったらこんなこと言わない。
自分で言って恥ずかしくなって酒を思い切り飲んだ。
「てか!俺よりも一也がかっこいいわけ?!」
「うわめんどくさいスイッチ入った」
「まぁまぁ」
「こちとら球界のイケ補だぞー」
「俺だってイケ投なんだぞ!」
「はいはい」
「網代さんは最後に御幸さんと会ったのいつですか?」
「え?うーん……2ヶ月前とか?」
「はぁ?!お互いに放置しすぎでしょ」
「そんなもんでしょ」
明日は休み、携帯の画面をつけて時間を確認する。と、気づいた。一也からラインが入っている。
「まぁだと思ってさー、梨沙」
「何…………何!??!?!?!?!?」
鳴が伏せていたスマホを私の前に見せつけてきた。
画面が、通話中である。相手は、一也。
「鳴!!!!!!!」
「うわうるさっ」
「おま、お、いつから!!!」
「この話し始めたあたりから」
「私帰る、の前に樹くん連絡先教えて」
「あっはい、……すみません網代さん、俺も組んでます」
「……樹くんも!?もーやだ!後でスタンプ送る!お金いくら?!」
「キレてんじゃん、あとさー、今帰っても遅いよ?」
「は?」
鞄を手繰り寄せて財布を取り出すと鳴がニマニマと笑ってお酒を飲むものだから嫌な予感が、しまくった。
「あれ?御幸じゃん」
入り口付近で聞こえる声に心臓が、飛び出るかと思った。
ギギギギと錆び付いた人形のように入り口付近を見ればマスクをずらした彼と目があった。
「梨沙、居るよな」
「なんだ本当に来たのか来なくてよかったのに」
「白河もっと言え!」
ずかずかと近寄ってくる御幸に言葉が詰まる、少し息が上がっている。急いで来たみたいだ。
「鳴から急に電話掛かってきたと思えばすげえ面白い話が聞けた」
「……私は、死にたくなった」
「死ぬなよ、俺が困るから」
「結婚式には呼んでよねー」
「ぜひこっちの球団トレーナーになってくださいね、網代さん」
「うるせえ、梨沙は俺と個人契約すんだよ」
一也が万札を机に無造作に置くものだから止めようと声を出す前に手を絡め取られた。皮の硬くなった手の平が触れて開きかけた口を閉じた。
「休み取った、明日休みだろ?」
「えっ、うん」
「お互いに素直になろうぜ」
マスクをもう一度付け直す一也の耳が赤い、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった私を連れて店を出た。
後ろからは「いい報告待ってるよー」と呑気な鳴の声が聞こえた。
「……で?俺の家と梨沙の家、どっちがいい?」
「……部屋汚いんだけど」
「知ってる」
「知ってるなら聞かないでよ!」
「言い方帰るわ、エッチするならどっちがいい?」
「バカ!」
「いで!」
「……一也の家」
「りょーかい、言いたいこといろいろあるけどさぁ……俺だって、会いたいんだからな」
とん、と私の頭に軽くかかる重さ。久々に感じる一也の熱に握っていた手をきゅ、ともう一度握り締めた。