『梨沙も来るだろ、稲実』
『……うーん、行かない』
『は?!』
『え?青道来る?』
『そこも行かない、内緒』
驚いた鳴の顔、え?マジ?みたいな顔をした御幸にべー、と舌を出してその場を去った。
その日のメールがしつこかった、鳴からのメールが。
***
「薬師高等学校、新入生入場」
少し肌寒い季節、真新しい制服に身を包んで歩く。
稲実も行かず、青道も行かず、私が選んだのは薬師高校。まぁそれもあの噂を聞いたからである。
(雷蔵さん、いるんだろうか)
轟雷蔵さん、少しの間だったが雷蔵さんから野球を教わったことがある。雷蔵さんから教わったおかげで今の私が居る。
「あ」
胸元からカシャン、と造花の花が落ちる。幸先悪いなぁもう、と屈むが先に拾われた。
「ツイてねーな」
「……ありがとうございます」
「…………ん?お前、野球やってたか?」
「え?」
「ああいや、手の平。相当バット振り込まねーとできねえだろこの豆」
ぽん、と掌に載せられた造花のバッチ。拾ってくれた人の顔を見てなかったので顔を上げて……身長がでかいな、と感じた。
「俺は真田俊平、あんたは?」
「網代梨沙」
「よろしくな」
にっ、と笑った真田くんはモテそうだな……とぼんやり考えた。
なんだかんだクラスも同じなようで、頬杖をついてグラウンドを見ていた。
真田くんから少し離れた席の窓際、私も同じようにグラウンドを見て笑いが漏れた。雷蔵さんが居る。
「じゃ、これでHR終わりなー」
「さようならー」
荷物を鞄に詰め込み、一目散に出ようとすれば掛かる声。
「網代!俺も行く、グラウンドだろ?」
「……私の先生が居るんだ、真田くんも早く」
入学早々からこんな友人?知人ができると思ってなかった、小走りで階段を降りてローファーに履き替える。
「……あのおっさん?」
「おっさんって言わないで」
「っで!」
容赦無くバチン、と腕を叩く。
するとこちらに気づいたらしく遠くから声をかけて来た雷蔵さん。
「入部希望者なら着替えてからグラウンドに来いー!」
「はい!!……多分真田のことだよ、ほら早く」
「ええ、俺そんなガチで野球しに……」
「ほら早く」
「お前今日初対面だよな?ったく……」
ぶつぶつ言いながら更衣室に向かった真田を見てからグラウンドに居る雷蔵さんと先輩方に深くお辞儀をしてから声を、張り上げた。
「轟雷蔵さん!数年前お世話になりました、網代梨沙です!」
「…………ハァーーーー?!?!!?」
大声を出したかと思えば小走りでやって来た雷蔵さんに駆け寄るように私もグラウンドへ。ローファーで入るのはちょっと憚れるな。
「おま、お前、なんでこんなところ来てんだよ!」
「雷蔵さんが監督になると聞いて」
「常連校行けよ!」
「……実は肩の調子壊して。高校からプレーヤーから離れようと思って」
「……そうだったのか」
「ところで野球部ってマネ募集してないです?マネ未経験ですけど」
「お前ならトレーナー、いやコーチング出来るだろ」
「そこまで買ってくれてます?」
「たりめーだろ!……シニアでは名の知れた投手だったろーが、まぁあいつが居たけどな」
「……鳴ですか」
「あいつがチームメイトだった不運だな」
「いやほんと、鳴からスカウトもされてて蹴ったんですよ」
「……俺の価値ってそんな高い?照れるぜ全く」
私も練習着に着替えようとして首を捻った、女子更衣室が外にない。わざわざ校舎まで戻るか……と考えていたら練習着に着替えた真田が出て来た。
「中誰かいる?」
「ん?いねえけど」
「じゃあちょっと着替えてくる」
「……あー、俺見張っててやるよ。やさしーだろ?」
「そうですね、んじゃ」
「……塩だなぁ」
素早く着替え終われば「早えな……」と真田がこぼしていた、つい数ヶ月前まで現役だったんだぞ。着替えに時間とられてたまるか。
「よーし、集まったな。今度から俺がこの野球部の監督になった轟雷蔵だ、っとその前にこいつだ」
「うおっ」
ぐいっ、と肩を組まれて目をパチクリさせる。先輩方も「え?何?」みたいな目で見てるじゃないか。
「こいつ、強豪シニアで投手張ってた網代だ。マネージャーだがトレーナー、コーチングがメインになるからよろしくな」
「えっ?!そうなんですか!」
「間に受けろよ!」
「……やれるところまでやります」
「よし、んじゃお前ら!名前と希望ポジション言ってけ」
ノート持って来てよかったー!と心からほっとした、自己紹介もとい、各のポジション希望をメモっていく。
「よし、梨沙。バット持って立て」
「ええ?!」
「守備練習だ、言う方に飛ばせよ?」
「……相変わらず無茶を言いますね」
1年は外周20キロを命じた後に私はバッティングですか、マネージャーの仕事をとことんさせねえなこの人。
「よしよーし、お前らァ!強打くるからなー!」
「先輩方すみません!この人こうなったら止まりませんので!」
「よくわかってんじゃねえか」
「おー!先輩をなめるなよー!」
「容赦無くぶちかませよ。いいか、上げるな、左右に振れよ」
持っててよかったバッティンググローブ、しっかりと止めてバットを握る。すみませんけど……左右に振らせていただきます。
「ほい」
「ッ!」
ガキィン!と雷蔵さん、もとい監督があげた球を打つ。取られたか、と思ったがボールがグローブから弾かれた。
「ちゃんと球ァ見ろ!!!!!」
「はい!……やっべえ、強い打球だぞ、弾かれる」
「次ィ!」
***
疲れた、忘れないうちに各選手の特徴を書いておこうと持ったペンが震えた。肩の調子が崩れてからこんなにしっかりバッティングをしてなかったツケだろうか。
「初日から先輩を扱くやつがいるかよ」
「……私だって思ってなかったよ」
ふう、と一息、隣で座り込んだ真田にタオルをやる。マネージャーの仕事もしておかないと。
「シニアに居たんだな」
「うん、肩壊したけど」
「……ハァ?!」
「大丈夫、1試合丸々はきついけど投げれるくらい回復はしてる」
「……そっか」
少し聞きたいことが出来たので監督の元へ走る、元々甲子園出場したことがない高校だ、課題は山盛りだろう。
「来年雷市が来る、それまでに鍛えるぞ」
「!あー!そうか……雷市くんそんな大きくなって……」
「1個下だからな?」
小さい頃の記憶、クソ重いバットを振り回す雷市、早くも来年が楽しみだ。