「ごめんね網代さん、明日朝シフト入ってくれるかな……」

そんな困った顔をした店長を見て朝は寝たいので無理です、なんて言えず「良いですよー」と返事をしてしまった。
いつもは夜シフトのバイトなのだがごく稀にこういうことがある。


***


「おはようございます」
「あれ、網代さん朝なんだ」
「代打ですよー、昼までです」
「そうなんだ!……朝イチにね、来るスーツの人でめっちゃかっこいい人居るんだよ!」
「ほんとそういう話題好きですねえ」
「活力にしないとね!」

大学生になってずっと続けているバイト、もう3年だから今年には辞めるのだがこういう雰囲気がとても好きだ。
コーヒーなどの種類が沢山あるものの、慣れてしまえばどうということはない。

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」

カウンターで客に対応をする同僚を横目でオーダー表を見る。くい、と裾を引っ張られるのでそちらを見やれば例のかっこいい人なのだろうか、スーツが視界に入った。

「あの人だよ」
「顔なんて見てらんないよ、忙しいから」
「渡す時見てみてよ!網代さんの好みじゃないかもだけど」
「濃い顔好きだからなー」

なんて雑談をお客さんの耳に入らぬようこそこそ話しながら手を動かす。コーヒー、砂糖少なめとカフェモカ、クリーム増。極端な注文だな、と。

「お待たせ致しま、」
「網代か?」
「はい?」

接客業としてどうなのか、とはあると思うが顔を見ずに手元を見て出来たカップを差し出すと、上から名前を呼びかけられる。
思わず返事をし、顔を見て驚いた。

「……鯉登くんじゃん」
「わいこげん所でないをしちょる?!」
「バイトだよ、っていうか鯉登くんスーツ……えっ?年上?バグ?」
「2年目だ、お前……学生なのか」
「今大学3年だよ、えっ年上か……バグるな〜!鯉登さんじゃん」

鯉登くん、明治の時に少し顔見知りだったものの私が抜けたのであまり関わりはなかった、ものの争奪戦で仲良くなった、ような、気もする。
後ろからの同僚の圧を感じカップに走り書きをする。鯉登くんにどっちが鯉登くんの?と聞けばブラックだ、と言うのでブラックにペンを走らす。

「今仕事中だからさ、後で」
「ああ。……いつからここで働いてる?」
「1年からだから3年目だね」
「ないごて……終わりは何時だ」
「何、昼で終わりだよ。ほら後つっかえてるよ、ありがとうございました!」

む、と納得の言っていない顔をしてる鯉登くんを見て笑いが漏れる。年上かぁ……。

「ちょっと!知り合いだったの!?」
「小さい時の知り合いでね、全然知らなかったよ〜。というかああいう顔好きなんだね」
「え?良くない?」
「うーん……」
「網代さん贅沢!」


***


「お疲れ様でした〜」

昼スタッフが出勤してきたのを見て入れ替わりで退勤する、昼を食べて帰ろうかな、と思った矢先に携帯が鳴る。知らない番号だ。

「はい」
『網代か、鯉登だ』
「見てる?タイミング良いね」
『今から月島と昼飯を食べるんだが来るか』
「なんで急に私を混ぜる、行きます」
『隣のビルの入り口で待っていろ』

プツ、と切れた電話。年下だったときはなんだこいつ生意気だな、と思っていたけれど年上の鯉登くんだと、まぁ、いいか……と納得した。

「待たせたな」
「女子大生をこんなオフィスビルの下に待機させるな」
「本当に、網代なんだな」
「月島さん」

ドヤ、といった顔で出てきた鯉登くんに苦虫噛む表情をしていると後ろから月島さんが目をぱち、とさせながらやってきた。

「嫌な予感するんですけど、同じ会社なんですか」
「ああ、部署は違えど杉元とかもいるぞ」
「エッいいなー……っていうか私年下じゃないですか、はーあ」
「新鮮だがな」
「うるさいな……」
「キエーイ!」

昼ごはんはいつも行くという和食屋さん、行けばサラリーマンが多くてアウェイになる。
鯉登くんと月島さんはさも当然のように大盛り、良く食べるな。

「そうだ月島、週末に網代を誘うのはどうだ」
「ああ。いいんじゃないですか、というか網代お前だけなのだ、一切関わりがなかったのは」
「学校とかに行けば会えると思ってた時期もありました、でもそもそも年齢違えばね、無理だよね」
「週末金曜日に飲み会があるんだが、網代も来い。顔見知りばかりだぞ」
「金曜日〜?待ってシフト見ます」

スマホのスケジュールを見て確認する、丁度金曜日は夕方でバイトが終わりだった。

「バイト終わりで良ければ。何時から?」
「こちらも仕事終わってからだからな、何時で予約してあるんだったか月島」
「18時ですね」
「だそうだ」
「ていうか月島さんまた鯉登くんのお守りしてるんですか」
「手がかかって仕方ない」
「月島ァ!」
「店の場所を送っておく、……の前に連絡先、いいか」
「あっ是非是非。LINEやってます?どこ住み?」
「下手なナンパのふりをやめろ……」
「おい、私にもLINEを教えろ」
「番号教えたじゃないですか」
「LINEはまた別だろう!」
「うるさいなぁ……」
「キエッ」