12

おまけ

ちなみに私が書くとこうなります。暗い。萌えない。甘くない。


 彼方先輩の目には宝石が埋め込まれている。
 陳腐な表現だと笑われてしまうかもしれないけど、彼方先輩の目はそれほど美しい色をしていた。ルビーのような、ガーネットのような、透明感のある深い赤。俺の何も面白味もない黒い瞳とは違って、先輩の目は何時間見ても飽きなかった。
 何が言いたいかと言うと、俺は彼方先輩の目が好きだ。今みたいに暇な時、気付いたらぼーっと眺めてしまうくらいには。
「へえ? そんなに俺の目が好きなんだ」
「……えっ?」
 二つの赤い宝石がちらりと俺を捕らえる。さっきまで本を読んでいたはずの彼方先輩は気付けば俺を見つめていて、俺は思わず口元に持っていこうとしていたマグカップを落としそうになった。それを見ていた彼方先輩は「おっと」と慌ててマグカップの底に手を当てて落とすのを防いでくれたが、俺はそれよりも自分の心の声が漏れていたことに思考を持っていかれて、お礼すら言えない。
 彼方先輩が他人の心の声を読み取る異能を持ってるのは知っている。知っているがこの人は普段それを口にしないから、俺はいつもそれを忘れて好き勝手考えてしまっていた。最も思考の内容なんて自分でコントロール出来るものではないけれど、読み取られていることを知ってて思考するのと知らないで思考するのとではこちら側の気持ちが変わってくる。つまり、今の俺は出来るのであれば今すぐにでもここから逃げ出したかった。そんな俺を見て、彼方先輩は愉快そうに目を細める。
「学習しねえなあ、ほんと」
「……どこから聞いてたんですか」
「んー、『暇だな』って思ったあとに、『それにしても本当に綺麗な目だな』って思い始めたところから」
 それを「全部聞いていた」と言うのだ。クソ。恨めしいような恥ずかしいような、どうしようもない気持ちになって、俺はマグカップをテーブルに置いてソファーから立ち上がる。トイレにでも行って精神統一しようと思ったのだ。しかしそれはすっと伸びてきた手に阻止される。
「うわ……っ」
 そしてそのまま彼方先輩の手は俺の腕を引っ張り、俺を自分の膝の上に乗せた。
「拗ねんなよ。まあ、そういうところも可愛いけど」
「もう、からかわないでください……」
「あ、目逸らすなって」
 そう言う先輩にぐいっと頬を両手で挟むように持ち上げられ、んむ、と間抜けな声が漏れる。強制的に合わせられる視線。二つの赤い瞳。薄い膜で覆われたその瞳は照明の光が反射してきらりと輝いていた。――やっぱり、宝石みたい。俺はまた先輩の異能のことを忘れて、ぼんやりと考える。
 この宝石は今は俺だけを見てくれているけど、部屋を出てしまえばそれは俺だけのものではなくなる。それが俺は前から嫌で嫌でたまらなかった。他人なんて見ないでほしい。俺だけを見て。自分にこんな重たい感情があるとは知らなかったが、そう思い始めると止まらない。やはり独り占めするには、くり抜くしかないのだろうか。そしたらこの気持ちも落ち着くのかな。なんてぐるぐると考えていると、それを聞いていたらしい先輩は苦笑して俺の頬から手を離す。ああ、また聞かれていることを忘れていた。
「慧ちゃん、相変わらず怖いこと考えんね」
「……だって」
「まあ、俺も慧ちゃんの目好きだけどさ。くり抜きたいとは思わねえな」
 だってそしたら慧ちゃんがこんな風に可愛い顔で俺を見ることも無くなるんだぜ。先輩はそう言って、反射的に閉じた俺の瞼に小さくキスを落とした。びっくりして目を瞬かせた俺はそのまま彼方先輩を見上げる。彼方先輩の赤い宝石は俺のことが愛しくて堪らないって表情をしていた。
「俺は慧ちゃんが俺のこと好きで好きで堪らないって目で見るの好きなんだけどな」
 慧ちゃんは違うの? そう問いかけられて、俺は緩く首を横に振る。――ああ、そうだ。俺は確かに彼方先輩の目が好きだけど、それは俺への愛情を孕んでいるからだ。愛を訴えているその深い赤が好きだった。くり抜けば確かにそれは俺だけのものになるけれど、愛しい輝きは失われてしまうだろう。そしたら俺は多分その目を好きだとは言えなくなる。多分先輩はそういうことを言ってる。
 そう思うと何だかぶわっと心の底からこみ上げるものがあって、俺は思わず先輩に抱きついて先輩の胸に頭を擦り付けた。やはり宝石は持ち主の元で一番輝く。そういうことなのだろう。
「俺も、俺のことを見てる先輩の目が一番好き」
 そう言えば、先輩の赤い瞳は一層美しく輝いた。愛を叫んでいる色だった。

 赤が愛の色だなんて誰が言ったんだろう。そんなこと言ったら自惚れてしまう。――先輩の目の色は、俺への愛情を表してる色だと。



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