「瑞樹? 具合悪いのか?」
「えっ!?」
 突然友人に声をかけられ、俺は思わずビクッと大きく肩を揺らして勢いよく顔を上げる。海の音と、煙の匂い。そして不思議そうにこちらを見下ろす友人の手には火が付いていない花火。
「あっ、い、いや……ちょっと眠いなーって……ははは……」
 大袈裟に驚いてしまったことを恥ずかしく思いながら、下手くそな嘘を吐いて誤魔化す。誤魔化し切れるとは思ってはいないが、ぼんやりとしていた理由を素直に言うつもりもない。俺は「もう子供は寝る時間だし」とか意味が分からない言い訳を並べて話を逸らそうとしたが、友人は俺に興味がないのか「ふうん。まあ、いいけど」と話を終わらせて非情に去っていた。あ、あれ。
「……」
 くそ。誤魔化そうとしたのは俺だけど、そんな簡単に引き下がられると複雑な気持ちになってしまう。……何しに来たんだよ、あいつ。ついそう思うが、俺にはもっと重要なイベントがこの後控えているのだ。あいつのことを気にしている場合ではない。そう思って、俺は再び自分の手元を見る。
 ――この線香花火が落ちたら告白をする。そう決めて、今俺はここにいる。

 夏休み。八月も始まったばかりの今日。俺はいつも一緒につるんでいる友人たちと、高校の近くにある海辺にやってきていた。現在、午後十時。バケツを囲んではしゃぎ回る友人達を横目に、俺は一人端っこで徐々に激しくなっていく線香花火を眺める。ぱちぱち、と弾ける小さな音。遠くでギャーギャー騒いでいる奴等の声なんて気にならなかった。それよりも激しくて大きな音が聞こえていたから。紛れもなく、自分の心臓の音だ。
「はは、お前ら本当馬鹿だなあ」
 静かで、でもはっきりとした声。大好きな声が聞こえて、俺は自然と彼の姿を追っていた。友人たちが馬鹿騒ぎしている場所から、少し離れたところ。楽しそうに笑いながら、目立たないところで座り込んで花火を楽しんでいる彼。
「理久もこっち来いよ! そんなところじゃ寂しいだろ!」
「えー、いいよ、俺は。お前ら見てるだけで疲れる」
 友人と会話している彼――市原理久は穏やかに笑い、誘いを断っている。一緒に馬鹿騒ぎはしないけど、空気は読む。派手ではないけど、暗くもない。人との距離をとるのが上手で誰からも好かれている彼は、こっそり俺が片思いしている相手だ。
 同じグループにいながらも、何だか照れくさくてあまり話したことはない。だからきっと俺がこんな目で市原を見ているなんて、市原は知らないのだろう。知らないから、こんなところに来ているのだ。それなのに突然大して仲良くもない男から告白なんてされたらきっと引いてしまうだろう。こんなふうに一緒にどこかへ出かけることも無くなる。ホモだって噂を流されてしまうかもしれない。なんて、市原がそんなことをするような人ではないことは、俺がよく知っているけど。……でも、それでもいいのだ。このまま邪な気持ちを抱いたまま一緒にいたら、そろそろ罪悪感で死んでしまう。何回市原で抜いたと思っているんだ。多分このままじゃ、高校三年間が全部黒歴史になってしまう。これからの自分のためにも、この恋を終わらせてしまおう。そう覚悟を決めて、わざわざこんな騒がしいところに来たのだ、俺は。
「……」
 告白をする。これが落ちたら、今度こそ彼に、告白をする。ごくりと唾を飲む。 息を吐いた。面白いくらいに震えていた。線香花火に視線を戻せば、先程よりも勢いは衰えてきている。もう終わりが近付いてきていた。線香花火も、俺の恋も。
 落ちるな。落ちろ。落ちるな。落ちろ。落ちるな。自分の気持ちが自分でもよく分からなくなっていた。ええと、これが落ちたら、告白して、それで――
「東雲って線香花火好きなの? 俺も好き」
「うわあ!」
 背後から声をかけられて、ぼとり。思わず手から線香花火を離した。声で分かる。ずっと近くて遠いところで聞いてきた声だから。――振り向けばそこには、好きで好きで仕方なくて、だからこそこのまま関係を終わらせてしまおうと思っていた相手がいた。落としてしまった線香花火は、最早ただのゴミになっている。光が無いせいで、市原の表情はよく見えなかった。
「……」
 お、落ちた。落ちたぞ、俺。落ちたというか、落としたというか、何だか思っていたのと違ったけど、でも落ちたものは落ちた。ええと、落ちたらどうするんだっけ? そうだよ、告白だよ。告白するって決めてただろ、俺!
「あー、ごめん。俺のせいで落としちゃった?」
「い、いや……それはいいんだよ、うん……別に……」
 もう告白のことしか考えられなかった。市原に適当に返事をしながら、俺は心の中で告白の言葉を何度も何度も繰り返す。早く言え。早く言えってば。好きだって、たった三文字だろ!
「あ、あの――」
「俺も線香花火やりたい。まだあるよな? 一緒にやろ」
 そう思ってやっと声を絞り出したのに、タイミングよく彼が話し始めてしまって、やめる。市原は何故か俺の隣に座って、花火の袋をがさごそと漁り始めた。目を瞬かせるしか出来ない。何で、今日に限って、こんな。
「どうしたの?」
「……いや」
 俺の顔を覗き込んで首を傾げる市原に、俺は諦めたように首を横に振る。近すぎて市原の吐息が顔にかかっていて、もう告白どころではなかった。むしろ一生このままでいいと思っていたくらいだ。
 うん……まあ、いいか……告白は今日じゃなくても。こうして告白を諦め続けて、早二年経っている。


夏の夜は終わらない


いつも何かをするたびに告白しようと決めるけど、何だかんだでだらだらと友人関係を続けているお話でした。理久は瑞樹の気持ちに気付いていませんが、理久も瑞樹のことが気になっているので時々勇気を出して話しかけます。それが図らずも瑞樹からの告白を遠ざけているあれです。


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