ミッドナイトの戯言


「あっ、ん、んぁ……っ」
 吐息と、控えめな喘ぎ声。いやらしい水音。ギッ、ギッと机が擦れる音が響く。――物足りない。身体を揺さぶられながら千咲はぼんやりと天井を眺めていた。
 放課後の空き教室。とっとと帰ろうと廊下を歩いていたら突然知らない男――ネクタイの色を見るにおそらく先輩だろう――に教室に連れ込まれ、抵抗する暇もなく性器を突っ込まれているところである。気付けば千咲の後孔からはじゅぷじゅぷと綺麗とは言えない音が鳴っていた。こうやって無理矢理犯されるのは今週で二回目だ。まあ、よくあることなので気にしないことにする。強いて言うなら机に押し倒されているせいで背中が痛い。あと下手くそ。
 千咲を強姦している張本人は必死に腰を振っており、つまらなさそうにしている千咲のことなど一切気にも留めない。学習能力の無い犬のように同じところを何度も繰り返し突いていて、気を抜けば寝てしまいそうだった。しかしそれは流石に可哀想なので、彼のモチベーションを上げるために少し大袈裟に喘いでみる。早く終わんないかなあ。時計を見ると十七時過ぎ。帰りたい。
「ねえ、中に出していい……っ?」
 そうしてようやく男が喘ぎ声以外で口を開いた。掠れた声。千咲の太腿を掴む手は熱く、腰の動きは止まらない。千咲は奥を突かれながらも、眉間に皺を寄せた。はあ? 中に出す?
「やだよ……俺孕みたくないもん」
「いいじゃん。一回だけ」
「一回もクソもない。嫌なもんは嫌」
 誰が初対面の男の精液を受け入れたいと思うのだろうか。好きでも何でもない男の子供を孕むなんて死んでもごめんだ。わざとらしく喘ぐのを止めて真剣なトーンでそう言い返せば、男はあからさまに顔をしかめて舌打ちをする。
「劣等種の癖に付け上がりやがって」
 うわ、出た。負け犬特有の典型的な台詞。千咲が一番嫌っている言葉を易々と言ってのける男に、千咲はつい声を出して笑ってしまった。
 馬鹿馬鹿しい。所詮ベータの癖に。この男はプライドが高いのか、派手に着飾って自分が上位種のアルファであるかのように振舞っているが、匂いで分かる。こいつはアルファの匂いがしない。血を吐くほどの努力をしても一生特別な人間にはなれない哀れな一般市民。――ベータだ。
「セックスもまともに出来ないクソ童貞が思い上がってんじゃねえよ」
 異様に腹が立った千咲は男の鳩尾を思い切り蹴り、入っていた性器を抜く。気持ちいいことは好きだが、このまま続けられるほど千咲は寛容ではなかった。男が野太い呻き声をあげて鳩尾を押さえている隙に、千咲は急いで下着とスラックスを上げて、シャツを羽織る。そして床に落ちていた鞄を拾い上げれば、男は焦ったように「てめえ、オメガの癖に調子乗ってんじゃねえよ!」と蹲ったまま千咲に向かって叫んだ。
 ああ、もう。面倒臭い。こんなことになるなら相手しなきゃ良かった。今更後悔しながらも千咲は教室の扉の前で歩き、溜め息を付いて振り返る。
「そんなオメガにみっともなく欲情してんのはどこの誰だよ」
 そして、ぱたん。男の返事を聞く間もなく扉が閉まった。

「はあ……とっとと部屋に戻って寝よ……」
 空き教室を出た千咲は再び溜め息を吐き、羽織っただけのシャツに袖を通しながら廊下を歩く。
 白い肌。細い腰。乱れたブルージュの髪。ただでさえ美しい風貌であるのに、乱れた制服がまた更に艶めかしさを助長させる。つい生徒全員がうっとり眺めてしまう容姿を持った彼は、彩坂千咲。性別は男。そして、オメガである。
 ――第二の性。この世界には男女という性の他に、とある三つの性が存在している。生まれつきエリートな気質を持ち、社会的地位を約束されているアルファ。一番人口が多く、何の特徴もない一般人のベータ。そして最も低いカーストにおり、冷遇されているオメガ。 オメガは繁殖のために生息し、三ヶ月に一度誰彼構わずフェロモンを撒き散らして周りを誘惑する劣等種だ。アルファやベータの侮蔑の対象で、家畜のように扱われているのがほとんどである。その証拠に今回のようなオメガを狙った強姦事件はこの学園では日常茶飯事で、しかもそれが見つかったからといって罰せられることもない。 しかし、アルファやベータもきっと好きでオメガを襲ってるわけではないのだろう。全てはオメガが放つフェロモンのせいで理性が飛んでしまうのが原因だ。だから、見方を変えればさっきのあの男も被害者と言える。そう思って、今まで千咲は突然襲われてもあまり抵抗はしなかった。自然の摂理だと理解していたから。――だが、それでも今日みたいなことを言われると萎えてしまう。なぜなら千咲から見たら、オメガを見て簡単に理性を飛ばすアルファやベータの方が劣等種だった。
(まあ、終わったことに対してごちゃごちゃ言っても仕方がないか……)
 千咲は無理矢理思考を断ち切り、ふあ、と大きく欠伸を零す。疲れたし、早く寮に帰って同室の男に甘い物でも作ってもらおう。普段は煩いけど、あいつが作るお菓子は結構美味しいんだよなあ……。そう思いながら中途半端に履いた上履きでぺたぺたと音を立てながら廊下を歩いていた、そんなときだった。
「何だよ、その格好は。誘ってんのか?」
「ひゃんっ……!」
 突然背後からはだけたYシャツの下から胸を揉まれ、思わず千咲の口から喘ぎ声が漏れる。廊下だということもあって口を抑えながら振り返ると、そこには見覚えがありすぎる長身の男が千咲を見下ろしていた。見飽きたその顔に千咲はついゲッと顔をしかめる。
 前髪を上げ、短く切り揃えられたカシスショコラの髪に、両耳に付けられたシンプルなイヤーカフ。そして切れ長の瞳。整えられたシャープな眉毛が余計近寄り難い印象を持たせる強面な男は、どこからどう見てもヤンキーである。昔からずっと一緒にいる相手なのでもうとっくにその怖い顔には慣れたが、会う度に行われるセクハラはそろそろ止めてほしい。そう思って文句を言おうとする千咲だったが、ごつごつとした男らしい指で挨拶代わりに胸の突起を撫でられたものだから、そのまま口を噤んだ。不完全燃焼のまま終わってしまったセックスの後だからか、身体はいつも以上にぴくんと反応する。
「と、智……っ」
 織原智紀。第二の性はアルファ。生まれた時から今まで、ずっと一緒にいる千咲の幼馴染みである。身長も186cmと高く、怖がられているせいで滅多に人に話しかけられない彼は、案外気さくで、そして我慢が出来ない変態だった。そんな子供みたいな性格の智紀は千咲の声を聞いて舌なめずりをし、突然左右の突起をきゅ、と摘む。千咲は咄嗟に「んんっ」と声を抑えた。容易にこれからの展開が予想できて冷や汗をかく。
「相変わらずそそられる匂いしてるな、千咲は」
「はぁ、ンっ……なに、ここでヤんの……ッ?」
「お前が煽るからだろ」
「ちがっ……あ、ぅンっ、か、勝手にお前が、あ……っ、ん、あ」
 智紀は千咲の耳の裏に鼻を擦りつけて、くん、と匂いを嗅ぐ。密着したことによって智紀から伝わるアルファ特有の匂いがふわり、一気に濃くなった。
 アルファとオメガは匂いによってお互いを判別が出来る。特にオメガは繁殖のために、匂い――フェロモンによってアルファを誘惑する。智紀はそれに当てられているのか、それともたまたまそういう気分だったのか、少し興奮したような面持ちだった。千咲は体質的にオメガの中でもフェロモンが強いのだ。誘惑されるアルファ――或いはベータまでも――は多い。アルファである智紀に捕まった今、きっと部屋でゆっくり過ごすのは無理だろう。そう悟った千咲は呆れたように横目で智紀を見て「せめて部屋にして」と言うが、智紀はそれを無視して千咲のスラックスを下着と一緒に下ろした。
「智! ここ、どこだと思って……っ」
「いいじゃん。ほら、千咲のここ、こんなにとろとろ」
 智紀はそう言いながら、曝け出された千咲の後孔へ中指を入れる。そこは智紀が言う通りオメガ特有の粘液でとろけていて、痛みなくすんなりと彼の指を受け入れた。ぷちゅ、と下品な音が廊下に響く。オメガが襲われても皆見ない振りをするせいで無法地帯となっているこの学園では、公共の場でセックスをする生徒を目撃するのも珍しくない。だが、それにしても一応千咲にも羞恥心があった。そのため千咲は智紀を止めようと抵抗するが、何せ体格差が大きくてびくともしない。
「ッ、もー……っ」
 もう諦めることにした千咲は、他の生徒の視線に気付かない振りをしたままぎゅっと強く目を閉じる。そして、
「ん、あっ、や、ぁああ――ッ!」
 いつの間にか臨戦態勢になっていた智紀の性器が、抜かれた指の代わりに挿入された。ビクビクッと千咲の背筋が痙攣するように反り、ほんのりと赤く染まった首筋が露となる。
「あうっ、お、おっきい……ッ、ぁ、あンっ」
「すんなり入ってくな……ヤったばっか?」
「んっ、さっき、おそわれ……っ、あ、ァあっ、だめ、おく」
 背後から千咲の腰をがっしりと掴んだ智紀は、ズン! と遠慮なく一気に奥まで性器を挿し込む。うねる襞をかき分けて結腸を突いたその瞬間、千咲の性器からぴゅっと少量の精液が飛び出し、廊下の床を白く汚した。
「はは、もうイッたのかよ」
「イッてな……っ、あぅんっ、んっ……!」
 強情を張る千咲を無視し、千咲が勢いで前に倒れそうになるのも気にせずに智紀は欲望のままに腰を振る。パンッ、パンッと肌同士がぶつかる乾いた音が響いていた。
(あー、やっべえ。智のちんこ、相変わらずでかくて気持ちいい……っ)
 何度も押し寄せる快楽に恍惚とした表情を浮かべながら、あっ、あっ、と律動に合わせて声を漏らしていると――ふと、疑念が浮かんだ。鮮明に分かる智紀の性器の形。それが千咲の腹の中でまたむくりと一つ大きくなるのを感じて、千咲は一気に血の気が引いた。待って。嘘? こいつ、ゴム付けてない……!
「智、お前ナマ……ッ、まっ、んっ、な、中に出すなよ……っ!?」
「んー、何で?」
「何でって、んあっ、あっ、あかちゃん、できちゃう、からあっ……あ、んっ」
「いいじゃん。俺の子供孕めよ。責任取ってやるからさ」
 ヒートではないから必ずしも孕むというわけではないが、それでも可能性はゼロではない。一応避妊薬は持ち歩いているものの、中出しは毎回断っていた。面倒臭いことになっても困るからだ。
 しかし智紀は千咲の気持ちを知ってか知らでか、「なあ、孕んで」と囁きながら亀頭で前立腺を強く擦りつけるように腰を動かす。すると文句よりも先に悲鳴じみた喘ぎ声が出て、千咲はびくんっと身体を仰け反らせた。
「あ、ぁっ……ッ、あ〜……っ!」
 背筋を通る甘い痺れ。上手く息が出来ず、はくはくと金魚のように何度も口を開閉させる。確かにさっきの見知らぬ男よりは断然気持ちはいいが、それでも中に出されたらどうしようという不安のせいで素直に快楽に溺れられない。千咲は助けを求めるようにひたすら手を伸ばす。しかしこんな廊下に助けてくれる人なんているわけがなく、その手は宙を舞うだけで終わった。
「待っ、待って……ッ、ともっ、ん、んぁ、まっ、ああっ」
「あー、一回出すから……っ、千咲、ちゃあんと孕めよ? ほらっ……!」
「むり、むりっ……あんっ、あ、出さないで……なか、やだぁ……あ、ァんっ!」
 そう千咲が懇願しても智紀は聞く耳を持たず、容赦無く奥を突く。粘液と腸液と智紀の先走りで濡れたそこからはぐちゅぐちゅと音が聞こえていた。腹の底からせり上がってくる快楽に、身体を任せてしまいそうになる。そうして千咲が意味のない母音を並べることしか出来なくなった、そんな時だ。
「――何やってんだよ、お前ら」
 呆れたような声。聞き覚えがありすぎる声に、千咲は涎を垂らしながら前を見る。無造作に跳ねさせた少し重めのアッシュブラウンの髪。無気力を如実に表した瞳。鞄を持っているところを見ると寮へ帰る途中だったのかもしれない。しかめっ面でこちらを見ている男を見て、千咲はほっと胸を撫で下ろした。知らない人じゃなくて良かった。
「まひろ、真尋、も、しんじゃう……っ、たすけてぇ……ッ」
 ガツガツ後ろから突かれながら、千咲は必死に目の前の男――伊瀬真尋に助けを求める。真尋は千咲の同級生であり、同室者だ。頼むからこいつに中に出される前に早く助けてくれ。孕む。そう目で訴えれば、真尋は面倒臭いと言いたげに険しい表情をするが、一度溜め息を付いたあと、仕方なく千咲たちの方へ向かった。そして智紀を見上げて、睨みをきかせる。
「先輩ってどこでも盛るんですね。猿かよ」
「お、伊瀬じゃん。今帰り? 気をつけて帰れよ」
 嫌味を言う真尋に対し、智紀は余裕な表情で真尋をあしらう。真尋の存在など全く気にも留めていない智紀と、その間ずっと聞かされる千咲の喘ぎ声に、元々気が長い方ではない真尋は我慢しきれずに大きく舌打ちをした。
「帰りますよ。帰りますけど、こいつも一緒に連れていきますから返してください」
「大丈夫大丈夫、俺が後でちゃんと送ってくからさ。気にしないで先に帰ってな。同室者だからって千咲の面倒まで見なくていいんだぜ?」
「はあ、でもこいつ放っておくと後で死ぬほど文句言うんで」
 真尋はそう言い放ち、強引に智紀の腕を掴んで千咲の腰を自身へ引き寄せる。じゅぷ、と抜かれる性器。「あんっ」とつい声を上げる千咲に真尋は眉間に皺を寄せるが、それを抑えて素早く千咲の下着とスラックスを上げた。千咲はぐちゅぐちゅに濡れた後孔に物足りなさを感じながら助けてくれた真尋を見上げるが、真尋は一切こちらを見ようとしない。そんな二人を見ていた智紀は、はあ、と大きく溜め息を吐く。
「おいおい、これどーすんだよ。もしかして伊瀬が代わりに相手してくれんの?」
 達する直前だったのだ。流石に真尋の行動に苛立ったのだろう智紀は、不機嫌そうに自分の性器を持ち上げて上下に振る。うわ。飛び散る先走りに思わず千咲と真尋は眉間に皺を寄せた。
「汚いもの見せないでください。一人でオナってろ」
「はあ、相変わらず可愛くねえな、お前。いつかぶち犯してやる」
 そう言いながらようやく智紀は自身の性器を下着の中へ仕舞い、スラックスのチャックを閉める。
「あー、萎えた萎えた。あと少しだったのにマジ最悪」
 そして智紀は早々と衣類を整えて、すたすたと廊下を歩いていってしまった。――まあ、不機嫌になるのは仕方がない。寸止めの辛さは同じ男としてよく分かる。千咲は小さくなっていく智紀の広い背中を見つめながら、とりあえず心の中で智紀に謝った。だが、智紀は自分の思い通りにならないとすぐに不機嫌になる男だけれど、しばらくすると忘れるような男でもあるので、どうせ数分後には何事もなかったかのように連絡が来るだろう。千咲は荒い息を整えながら、手の甲で首筋を伝う汗を拭う。途中で終わってしまったせいで性器はまだ萎えておらず結構苦しい。イきたい。乱暴に突いて何も考えられなくしてほしい。悶々としながら救世主である真尋を見れば、彼は心底うんざりした表情で千咲を見下ろしていた。おそらくこの顔は、これから説教タイムに入る顔だ。
「ったく、お前も嫌なら嫌って言えよ。俺を面倒臭いことに巻き込むな」
 ほら、出た。千咲は想像通り始まった真尋のそれに嫌気が差して、大きく溜め息を吐きながら自身のブルージュの髪を乱暴に掻き上げる。
「言って止める男じゃないのは真尋も知ってるじゃん」
「そう言って満更でもねえんだろ。淫乱」
「は? 何その言い草。そりゃあ気持ちいいだけで終わるなら全然いいけど、俺の身体はそれだけじゃ終わらないの分かってるでしょ」
「分かってんならもっと対策とかあるだろって話を今してんだよ」
「それは真尋がアルファだから言えることで――」
 売り言葉に買い言葉。確かにすぐに諦めた千咲にも問題はあるが、それにしても被害者でしかない。アルファとオメガでは体格差がありすぎるのだ。性別の不利を責められたところでどうしようもない、と千咲は真尋に対して声を荒げるが――智紀からやっと解放された安心感からか、それとも中途半端に終わってしまった快楽からか、足に力が入らなくなり、そのままがくんと膝を折った。
「っ、おい……!」
 真尋は無表情なりにも慌てて千咲の腕を掴み、千咲がそのまま倒れるのを防ぐ。しかし余計なお世話だと言いたげに千咲がキッと真尋を睨んだのを見て――睨むというよりは、単に上目遣いをしているように見えるくらい弱々しいものだったが――、呆れたようにわざとらしく大きくため息をついた。
「……もういい。早く帰るぞ」
「いいよ。俺一人で帰る」
「なに強がってんだよ。どうせ向かうところは同じなんだから意地張ったって仕方ねえだろ」
 掴んだままの腕をぐいっと引っ張り上げ、千咲を立たせた真尋は、そのまま指をするりと千咲の腕から指先へ滑らせる。まるで恋人のように手を握って千咲を引っ張る真尋に、千咲は「そういうところがさぁ……」と呟きながら視線を自分たちの手に移した。
 真尋は、素っ気ない態度や口の悪さに加えて、常に他人と一線を引いて距離を置くため、周りに誤解されやすい男だ。実際、真尋と千咲もよく口論になる。しかし、冷たい言葉の中にも確かに温もりはある。先程の言葉も千咲を心配して出たものだろうし、強引に腕を引っ張ればいいのにそれをしなかったのは、彼の本質が垣間見えた。千咲は熱い息を吐き出して、真尋の手をぎゅ、と握り返す。別に、それに深い意味はない。

 さっきまで智紀の性器が入っていた後孔が寂しそうにぱくぱくと口を開いている。中に出されることは阻止できたものの自分もイき損ねてしまったため熱が収まらず、後孔からは絶えずどろりと愛液が溢れていた。下着が濡れる感触が分かって気持ち悪い。早く帰りたいのに大股で歩くと漏れてしまいそうで、結局ちまちまと歩くことしかできなかった。そんな千咲を気遣ってか、普段だったらスタスタと歩いていってしまう真尋も今日はいつもよりゆっくりと歩を進めている。――そうして、二人の自室へ到着した頃。千咲はびっしょり汗をかいていて、息も絶え絶えだった。
 縋りつくようにドアノブに掴まり、そのまま扉を開けて部屋に入る。ようやく部屋についたことで安心した千咲は、片足を上げて靴を脱ごうとした。その瞬間――
「うわっ!」
「うおっ」
 急に力が入らなくなってバランスを崩してしまった。そんな千咲を見て、真尋は咄嗟に腕で受け止める。
「――っ」
 不可抗力とはいえ真尋の顔が思った以上に近くて心臓が跳ねる。チョコレート色の瞳はしっかりと千咲を捉えていた。
 ――いい匂いがする。アルファ特有の匂い。オメガとしての本能を擽られるような、身体の奥底まで暴かれたいと思うような。「とっとと風呂に入ってこい」と冷たくあしらうような声は耳に入ってこなかった。治まりかけていた熱がまたぶり返して、下半身が疼く。早く犯されたい。奥まで突かれて、めちゃくちゃにされたい。――孕まされたい。
「……千咲?」
 怪訝そうな表情をする真尋なんて気にも留めず、千咲は真尋の腕に寄りかかりながら欲望のままに真尋の胸ぐらを掴む。脈拍が上がり、息が上がる。視界がぼやけて、自分が今何をしようとしているのかも理解できなかった。そして、真尋が「は?」と千咲の真意を問い質そうと口を開いた瞬間――
「んんっ……!」
 強引に口を塞いだ。千咲が真尋に全体重を乗せてキスをしているせいで、靴すら脱がずにそのまま真尋と一緒に玄関へ倒れ込む。ダンッと真尋が床に背中を打ち付ける鈍い音を聞きながらも、それでも唇は離さずに、千咲は自身の舌を真尋の熱い舌にぬるりと絡ませる。それだけで自分の性器が反応していくのが分かった。しかし相手は、上に乗ってキスを続ける千咲を抱きとめながらも、千咲の舌から逃げるように自分の舌を引っ込めていく。その行動がさらに千咲を苛立たせ、千咲は真尋の頬を両手で固定し、自分の唾液を飲み込ませた。
「んぅ……っ、ン……ッ」
「んっ、ち、ちさ……っん、ふ……」
 真尋のそれを早くぶち込まれたかった。乱暴にされたい。めちゃくちゃに壊してほしい。ただ、それだけしか考えられない。今思えば、ヒートでもないのにこんなに男を求めるのは珍しいことだったが、ただでさえ中途半端に快楽を燻られていた状態で、更に近くにアルファがいたらこうもなってしまうだろう。別に初めてヤるわけじゃないのだ。千咲は真尋とのセックスが好きだった。それなのに真尋は自分に手を出したくないようで、普段も同じ部屋にいても顔を合わすことすら少ない。
「ねえ、もうそのまま突っ込んでいいから早くしよ……」
 真尋に伸し掛ったまま、唇を離し、真尋の首筋にちゅ、ちゅ、とキスを落としておねだりをする。オメガを最大限に利用した仕草に、真尋は思わず渋い表情をした。
「っ、バカか。しねえよ。俺はお前の彼氏でも何でもねえんだから……っ」
「とか言って勃ってんじゃん」
 なんてカマをかければ、真尋は慌てて自分の下半身を確認する。図星か? そう思って真尋から身体を離して真尋の下腹部に視線を向けると、確かにそれはゆるりと勃ち上がっていた。へえ。千咲は満足そうに笑みを浮かべる。
「素直になっちゃいなよぉ。一緒に気持ちよくなろ?」
「……」
「だいじょーぶ。もう十分慣れてるから一気に突っ込んでもいいよ」
 甘い声で誘惑するように囁いた千咲は緩慢な動作で膝立ちになり、まるでストリップショーのように自分のスラックスと下着を下ろした。下着と後孔の間に愛液がどろりと糸を作る。真尋の視線が徐々に熱を帯びていくのが分かって、ぞくぞくした。
「はぁ……っ」
 早く入れてほしい。逸る気持ちを抑えきれず、真尋のベルトに手をかける。しかし興奮しているからか、手が震えて上手く外せない。あとちょっとで気持ちよくなれるのに。ベルトってこんなに外しにくいものだっけ? 頬を伝う汗を手の甲で拭い、自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出す。落ち着け。落ち着け。あとちょっとで望んでいるものが来るんだから。そう自分に言い聞かせていたときだった。
「――チッ」
 突然下から舌打ちが聞こえたと思いきや、一気に視界が反転した。
「煽るなら最後までやれよ」
「う、わっ……!」
 さっきまで真尋を見下ろしていたはずの千咲は、気付けば真尋に見下ろされていた。床の冷たさが背中に伝わる。勢いよく押し倒されたせいで、ゴツンと床に頭をぶつけたが、興奮が優って痛みなんて感じなかった。真尋は欲情を如実に表した両の目で千咲を見つめ、そのままガチャガチャと要領よくベルトを外す。そしてそのまま先程の千咲と同様にスラックスと下着を下ろしてみせた。そこから姿を表したそれは完全に勃ち上がっており、グロテスクそのものだ。ごくり、唾を呑む。
「マジでお前……その、誰にでも簡単に股を開くところ直せよ」
「別に、誰にでもじゃないよ。……ねえ、はやく」
 早く、その大きくて太いちんこを、俺のナカにぶち込んで。オメガのフェロモンを意図的に放ち、持てるものすべてを使って真尋を誘惑する。後孔からは誘うようにとろりと粘液が溢れていた。そうして、
「ッ、てめえ……覚えてろよ……!」
「ぁ、あ……っ、んっ、あぁッ、ああ――ッ!」
 ごちゅんっ! 真尋は千咲の細い腰をがっしり掴み、奥に向かって勢いよく自身を叩きつけた。悲鳴じみた声をあげながら千咲は背中を反らせ、ぴゅっ、と精液を吐き出す。そんな千咲に目もくれず、真尋は獣のように何度も何度も奥を突く。ぐっぽ、ぐっぽ、といやらしい音が響いた。
 千咲は真尋の乱暴なセックスが好きだ。自分の快楽のみを追い求めて、千咲のことなんて気にもかけない。自分さえ気持ちよくなれればそれでいい傲慢なセックスが好きだった。まるで自分が人間ではなくただのオナホになったような、そんな気分になる。真尋も真尋で、自覚しているからこそ千咲とのセックスを拒むのだろう。優しくできない自覚があるから、距離を置くのだ。
 別に、優しくされなくてもいいんだけどな。揺さぶられながら、千咲はぼんやりとそう思う。
「ンっ、ぁ……っ、はぁ……ッ、あ、ァ……!」
 真尋が動く度に身体が上にずれて壁に頭をぶつける。しかし前立腺をごりごりと刺激してそのまま奥まで突かれると、快楽に飲み込まれて頭の痛みも感じなくなっていた。千咲は生理的に出た涙でぼやけた視界のまま、真尋を見上げる。
「あう、んっ……! んっ、ン、ぁ……ッ、あ……」
「はっ……ッ、く……っ」
 普段澄ました顔をしている真尋は、今は堪えるように息を詰まらせ、汗を一筋垂らしていた。アッシュブラウンの髪が頬に張り付いている。
(色気がすごいな……)
 普段はあまり感じないけれど、こういう時は真尋の男らしさを改めて実感する。同じ男に征服されていると思うと興奮して、千咲は無意識にきゅう、と中を締め付けた。そんな千咲の様子に気付いたのか、真尋は微かに視線をずらして千咲の顔を捉える。
「……ま、ひろ……?」
「んだよ……」
「いや……」
 何と聞かれても、素直に見とれていたなんて言えるわけがない。千咲は誤魔化すように真尋の頬に手を伸ばし、張り付いていた髪を直す。そしてそのまま真尋の首に腕を回して引き寄せた。
「ン、ん……っ」
 触れるだけのキスを何度も繰り返す。ちゅ、ちゅ、と遊ぶようにくっつけては離し、そうして真尋の口が開いたのを見計らって舌を入れれば、今度は真尋も舌を絡めてきた。千咲の口からはどちらのものかも分からない唾液が垂れる。さっきまで止まっていた律動も、いつの間にか再開していた。
「んっ、んぅ〜……ッ! んぁ、ン……ッ」
 キスをしているせいで、先程までとは違いゆっくりと浅いところを責められる。息苦しい。酸欠になっているのか頭がぼーっとする。それがまた気持ちよくて、千咲はもっとと強請るように真尋の背に足を回して抱きついた。そんな煽るような行動に真尋は目を見開いて、千咲から唇を離す。
「ッ、お前……っ!」
「ぷはっ、はぁっ……あッ! 真尋、もっと……っ」
 そして、真尋は膝立ちになりながら千咲の腰を高く上げて、下から押し潰すようにズンッと奥まで押し込んだ。
「あぁあっ! うっ、あ゛ッ、あ! ア、ぅ……んぁ、あ!」
 ――ぐぷ、ん。入ってはいけないところまで入ってしまっている。息が詰まり、ぱくぱくと口を動かして一生懸命空気を取り込むが、うまくできない。千咲の足は律動とともに空中で揺れ、暴力的な快楽を逃がすように爪先をピンと逸らした。



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