Swings so beautiful yet terrific.

 青空に映える入道雲。煩わしく鳴いている蝉の声。それはとある夏の真っ昼間のことだ。燦々と差し込む太陽の光によって熱くなっているコンクリートが、静かに、そして確実に俺の背中をじわじわと侵食する。落ちる影。劣情を持った二つの瞳。自分たち以外誰もいない屋上で、それは起きた。
「お前が悪いんだからな。俺を誘ったりするから」
 俺に跨り、厭らしい目を持って見下ろす男は、俺に責任を押し付けながら自身のネクタイを緩める。屋上でただ昼食をとっていただけなのに、何でこんなことに。さっきまで一人で黙々と食べていた弁当の箱は、横で寂しくひっくり返っていた。
「別にてめえなんか誘ってねえよ! 早く退け!」
 今日こそ何も起こらずに平和に過ごせると思っていたのに、やはり事はそう簡単には進まない。俺は慣れてしまったこの状況に心底うんざりしながらそう吐き捨てた。しかし男は聞く耳を持たず、俺のYシャツのボタンを乱暴に引きちぎる。吹き飛ぶボタン。露出する肌。いつの間にか俺の両手首に巻きついていたネクタイ。男の汗がぽたり、俺の頬に落ちた。
「止めろってば! 気持ち悪い!」
 そう訴えても、熱を持った男の手のひらはそのまま俺の腹部をなぞる。生暖かい。べたべたする。気持ち悪い。ぞぞぞ、と鳥肌が立つのを感じながら、俺は必死に叫んで男の急所を狙って蹴りを入れようとする。しかしそれを察した男は、その前に俺の側頭部を殴った。
「いッ……!」
 ぐわん、と世界が回る。空の色が白く見えた。その隙に男は俺のベルトに手を伸ばす。
 嫌だ、嫌だ。このまま知らない男に犯されるなんて嫌だ。今まで必死に貞操を守ってきたのに、こんなところであっけなく終わるなんて、そんなの。痛みに耐えながら「いやだ」「たすけて」と声を枯らしながら叫ぶ。しかしそんな願いを聞き入れてくれるはずもなく、着々とベルトが外されていき、そのまま下着ごとスラックスを脱がされた。嫌な解放感。もちろん性器は怯えたように力無く下を向いている。
「怯えんなよ。気持ちよくしてやるからさ」
 自信ありげにそう言った男は俺の太股を掴み、開かせる。足をばたつかせるが、男の力が強すぎて全く抵抗になっていなかった。本来滅多に見せることのない場所に感じるのは、熱を持った視線。やだ、やだ。この行為は好きな人とだけしたかったのに。死にたい、死にたい。こんな異能、捨ててしまいたい。思わずほろり、涙が出た。そんな時だ。パッと離れる男の手。そして、とある影。
「てめえ、何唯人に手出してんだ。ぶっ殺すぞ」
 左側を掻きあげたアッシュグレーの髪。釣り目で切れ長の薄紫色の瞳。日焼けに縁がなさそうな白い肌は、青い空によく映える。怠そうに背を丸めて、でも確かにその声には怒りが混じっている彼は、男の背後に立って襟首を掴んでいた。
「い、一織……」
 一織が男を投げ飛ばしているところを見ながら、俺はただただぽろぽろと涙を流していた。

Swings


「だから俺に何も言わずにどっか行くなっつってんだろ!」
 気を失った男をポイッと屋上の扉の前に放置してきた一織は、もそもそと一人で下着とスラックスを履いている俺を見てそう怒鳴る。走ってきたらしい一織は若干息を切らしていて、全身は汗でまみれていた。そんなこと、言われても。俺は拗ねたように下唇を噛み、無言で一織を睨む。するとそんな俺を見た一織は腕で額の汗を拭い、俺の元へゆっくりと近付いてきた。怖い顔。あからさまに怒っている。
「おい、聞いてんの」
 そして一織は俺の腕を掴もうとして――俺はそれを払い除けた。見開かれる薄紫の瞳。
「っ、てめえ、折角俺が助けてやったのに……!」
「うるさい! 別にてめえに守ってもらわなくても自分で何とか出来たんだよ!」
 Yシャツは破かれた。髪の毛もぐちゃぐちゃ。泣きじゃくっていたせいで顔も酷い有様だ。そんなボロボロの状態のまま、俺は座り込みながら一織へそう叫ぶ。一織はそんな俺の返事にチッと大きく舌打ちを零した。
 分かっているのだ。一織が来てくれなかったら今頃犯されていただろうし、実際一織が来るまで何の抵抗も出来なかった。一織が助けてくれた。いつもそう。分かっている。でも、一織がいないと何も出来ない自分が情けなくて恥ずかしくて死にたくなってしまうから、俺はいつもちっぽけなプライドのために一織に刃向かっている。
 ――俺の異能。それは、自身に近付いた人々を無差別に魅了する能力だった。

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