橘真琴という名前の美しさに惹かれたからか。
柳色のあの髪が柔らかそうで、触れてみたいと思ったからか。
はたまたタレ目がちなあの瞳に宿る優しさに安心感を覚えたからか。
彼に興味を持ったきっかけなんて忘れてしまった。それくらい昔から、わたしたちはいっしょにいた。

隣を見れば柔らかく微笑む彼がいて、穏やかな声で名前を呼ばれる。いっしょにいることが当たり前で、これから先もずっとそうだと思っていた。この心地良さはわたしだけのものだと思っていた。

やさしい彼の世界に引き込まれ、深い深い海に落ちていき、ついには戻れなくなった。ずっとずっと、暗闇でひとり、わたしは待っていた。力強いのにのびやかなあの泳ぎで、早く見つけにきてほしかった。だからわたしは声を出して、彼を呼んだのだ。



  
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物心ついたときには、すでに彼女は隣にいた。
まあるくてくりくりした瞳が細くなったり、つり上がったり。いつも喜怒哀楽が激しくて、同い年なのにやることなすこと幼い君を、手のかかる妹のように思っていたよ。

そんな君も、いつしかお洒落に目覚め、年相応の愛らしい女の子になっていったね。
どんどん美しくなる君は俺の知らない人のようで、どきどきすることもあったけど、実は戸惑うことも多かったよ。
大人になった今なら、何故あのとき戸惑ったのか、わかる気がするんだ。



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「ねえ、真琴。好きだよ。」

ずっとずっと、貴方のことしか考えていなかった。
可愛くなりたいと思ったのも、全ては貴方のためだったのに。
どうして貴方の隣にわたしは居ないの?

骨張った指に淡く輝く光を消すように、そっと手を重ねた。
真琴は何も言わず、ただ悲しそうに笑っていた。



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ねえ、なまえ。隣にいたと思っていたのに、本当は俺達、背中合わせでいたんだね。
だから、君が居なくなってしまったことに気づけなかった。それどころか、君を探すこともせず、俺は先へと進んでしまった。あんなに近くにいたはずなのに、何より大切だったはずの君を手放してしまったなんて。
今ではもう、深い闇の底で待つあなたの手を取ることができない。
もう少し、あともう少しだけ。君の声に早く気付いていたら、後ろを振り返って、君を見つけにいけたのかな。

左手で輝く誓いは、君とのものではない。
その事実を受け入れたくないんだね。そっと隠した君の手が物語っている。
変わらないまあるい瞳にこぼれ落ちそうなほど溜まった悲しみを、掬い取ることができなくて、ごめんね。
君への初恋に今さら気づいたなんて、俺はなんて愚かなのだろう。

将来を誓いあった彼女を裏切ることもできず、かといって宝物のように大事だった彼女を冷たく突き放すこともできない。
自分の不甲斐なさに、ただただ自嘲するしかなかった。



剞深わずか200メートル
橘真琴(free)
180906 / title by さよならの惑星


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幼なじみ×両片思い×報われない