「みょうじ」


心地よいバリトンボイスが耳に届いた。くるりと後ろを振り向けばそこにいたのは私のだいすきな彼。「あ、豪炎寺くん!」とたとた走って彼の前へとたどり着けばやさしくてあったかい笑みを向けてくれた。あ、この表情すきだな。


「どうしたの?」
「いや、掃除をしていたらみょうじの姿が見えたからなんとなく声を掛けてみたんだ」


そういう豪炎寺くんの手には確かに長いほうきがあった。いつもと違うその姿に私は思わずまじまじと見つめてしまう。そして思った。なんだか可愛い。かっこいい豪炎寺くんも好きだけどこんな豪炎寺くんもいいなあなんて。そんなことを思ってふふっと笑えば何がおかしいと言わんばかりに手の内にあるもので頭をこつんと小突かれた。それでも全然痛みを感じないのはきっと彼なりの優しさなんだろう。


「豪炎寺くん、これから部活?」
「いや、今日は休みなんだ」
「え?」


思っていたものと真逆の答えに思わず素頓狂な声を上げてしまった。そのまま彼の言葉に耳を傾けていると、どうやらテスト前ということで今日からしばらく部活が休みに入るらしい。…どうしよう、私いま変なこと考えてる。「みょうじは?」「え?」「これから何か予定はあるのか?」ブンブン、首が取れるかと思うほど大きく横に振った。もしかして、これは期待してもいいのかな。


「そうか」
「……へ、」
「どうした?」
「え、あ、いや…」


素っ気ないほどの相槌に私は戸惑いの色を隠せない。でもそうだよね。いくら部活がないとはいえあくまでテスト前なんだもん。頭のいい豪炎寺くんはきっと細かく勉強の計画を立てているんだから私なんかが邪魔しちゃだめ、邪魔しちゃだめ。…だけど私、こんなんでも一応豪炎寺くんの彼女なんだもん。たまにはその…放課後デート、みたいなことしたいなあ。ちょっとどこかに立ち寄るくらいでいいからなんて思うのは私のわがままなのかな。
ちらっと視線を上げれば切れ長な瞳と目が合った。そのまま期待の目でじーっと見つめてみるんだけど、彼ったらいかにもわかりませんと言いたげに目をぱちぱちと瞬かせるだけなんだもん。もう、皆まで言わせないでよ豪炎寺くん…!


「えっとね、豪炎寺くん」
「ああ」
「………」
「………」
「………なんでもないです」


もう駄目、イケメンと見つめ合うなんて私にはハードルが高すぎた。というか改めて思う、私の彼氏って相当なイケメンだ。今更ながら実感。…って、違う。そんなことを思ってるから言うタイミングを逃してしまうんだ。ああほら。今だって豪炎寺くん自分の教室に戻ってっちゃうし…!


「みょうじ、今日何か問題集は持ってるか?」
「え?うん」
「今、鞄取ってくる」
「…?」
「夕香がな、久々にお前に会いたいと言っているんだ」
「え?」
「だけど夕香のやつ今日友達の家に行っててな。帰りが少し遅くなるみたいなんだ」
「……えっと…それはつまり…」
「帰りはちゃんと送ってくから安心しろ」


振り返りながらフッと笑った豪炎寺くんは言わずもがなかっこよくて。そしてその顔を見て確信。どうやら彼には私の言いたいことが全部お見通しだったようだ。ああもう、ずるい。只でさえ好きなのに今のでさらにきゅんとしちゃったじゃないか。

久々のデートがまさかお家デートになるなんて夢にも思わなかった。だけどすぐに勉強どころじゃなくなるんだろうなあ。豪炎寺くんもそれを見越してたりして。…あ、もしかしてすでにテスト計画のうちに勉強会という名のお家デートも組み込んでいたのかなあ。うんうん、策士な豪炎寺くんなら十分あり得る。とにもかくにもすこぶる機嫌のいい私が教室から出てきた彼の手を満面の笑みで取ることには変わりなく、また逆も然りで。そのまま互いの手をきゅっと握り小さな小さな幸せを感じながら仲良く乗降口へと向かうのだった。





蜂蜜まみれの午後を召し上がれ
( 豪炎寺修也 × キュート )