※R-15




「みょうじ先生、好きです」


そっと目蓋に落とされた口付け。きゅっと瞑っていたそれを開けばすぐ目の前にある紅い瞳に射抜かれた。直後、嗅ぎなれた香水の匂いが今日もまた私の鼻腔を擽る。


「…鬼道さん、いつも言っていますけど、」
「わかってます」


絶対にわかってなんかない。私に絡みついてくる細くてだけどたくましい足が、そして背中に触れてる冷たい壁がそのことを物語っている。こんなところ音無先生に見られたら、ましてやサッカー部の子達に見られたらどうしよう。考えただけでぞっとした私は無意味とわかっていながらも彼の肩を押し返すほかない。


「ねえ、鬼道さん」
「先生…」


熱い吐息が耳にかかった。同時に甘く私の名を呼ぶその声に身体は無意識のうちにぴくんと揺れる。そのまま髪と一緒にゆるゆると撫でられればたちまち私の足は意味を成さないものへと早変わり。…ずるい、鬼道さん。私が耳弱いの知っててわざとやってる。確信のあるその笑みが憎くて私はじっと睨みを返す。


「その目…誘ってるんですか?」
「違います、もう止めてください」
「ほう…」


一瞬私から離れた鬼道さん。だけど言葉の通りほんの一瞬だった。これでようやく解放されるなんて思った私は相当なおバカさんみたいね。サディストな彼がこんな簡単に引き下がる訳ないじゃない。「ひっ…!」自分の口から出た声に私が1番驚いた。慌てて両手で口を塞ぎ、先程と同じように彼をキッと睨みつける。


「どうしました?」
「どうしたもこうしたも…!」
「なんだ、ここは好きじゃないのか」


ぞわり。鎖骨の辺りを再びスッと撫でられれば鳥肌が立つのがわかった。必死に声を殺そうと両手をさらに強く口に押し付ける私。身を屈めるようなその体制に彼との距離は必然的に近くなる。ああもう完全に鬼道さんの思うつぼ。ほら、今だって至極愉しそうに口の端をつり上げてる。


「素直じゃないな」
「鬼道さんの意地悪」
「本気にさせたなまえが悪い」


敬語なんて全部吹っ飛んで、いつもの丁寧な物腰なんか微塵も窺えない。くそう、私が惚れたジェントルマンな鬼道さんを返せ。そう言いたいのに言えないのはまたしても彼が耳元で私の名を紡いだから。「なまえ…」熱くてどこか妖艶でそれでいて、甘い。私もいい加減に学習しないと、ここでぐっと自分を留めないとダメなんだってば。


「鬼道さん、ほんとにだめ…」
「大丈夫だ、誰も訪ねてはこない」
「そうじゃなくて、ここ学校…!」
「俺に抜かりがあるとでも?」


人の話を聞きなさい、敢えて先生の口調でたしなめようとしたけれど結果は不発。すでに私のくちびるは鬼道さんのそれと重なっていた。どんどん深くなる口付け。彼の強烈な色気と鋭い視線に確実にくらくらしていく私。こうなったら最後。もう止まらない。止めることなんか出来ない。ああ、だからあそこで留めなきゃいけなかったのに。そんな考えすらどんどん頭の片隅に追いやられていく。代わりに頭の中を占めていくのはこれから私に与えられるであろう刺激に対する密かな期待。もうだめ。私、鬼道さんのことしか考えられない。なんでだろう、さっきまであんなに強情だったのに。彼から放たれる独特の雰囲気が私をそうさせているのかなあ。
ああもう難しいことはいいかなんて結局いつもと同じことを思って。そのまま私のすべてをゆっくり鬼道さんに委ねて。そうして2人は今日もまたゆるりと溶け合い混ざり合い、甘い甘い奈落の底へと落ちてゆくのです。



ミルキーリップは今夜だけ
( 鬼道有人 × セクシー )