吹雪くんは、狡い。
何がって言われると、とにかく全てが、だ。


例えばこの間の練習中。
このあと使いたいから、と監督に頼まれてコーンを運んでいたとき真っ先に吹雪くんは私のところに駆けつけてくれた。紳士的なその行動に感動し嬉しい気持ちになったのと同時に遠くでまだみんながロードワークをやっていることに気づいた。私は大丈夫だよ、みんなのところに戻りなよ、そう笑いながら言ったのにもかかわらず、心底不思議そうな顔をした彼が“どうして女の子に力仕事を任せて練習できるの?”と言い放ったのは記憶に新しい。そんなことを真っ正面から言われたことはなかったからとにかく照れくさくて、恥ずかしくて、とりあえず真顔で言うのだけはやめてほしかった。



例えばこの間のお昼の時間。
吹雪くんは、その美貌と人柄の良さで学校中の女の子から大人気だ。だからお昼を誘われることなんか日常茶飯事。その日も授業終了のチャイムが鳴ったのとほぼ同時にたくさんの女の子が吹雪くんを囲んでいた。
私も吹雪くんと一緒にお昼を食べたくて苦手な早起きをしてまで2人分のお弁当を一生懸命作ってみたけれど、みんなみたいに可愛くお誘いなんか出来ないし、だいたい料理にそこまで自信があるわけでもない。あの中を無理やり掻い潜ってまで吹雪くんにお弁当を食べてもらう勇気もないし、『みんなの吹雪くん』を横取りして女の子から妬まれたいわけでもない。今日はどのみち無理そうだし、そうだ、食べきれない分は友達におすそわけしよう。そう思いながら人だかりに背を向けたとき、耳に届いたのは大好きなやわらかい声だった。

「みんな、ごめんね。今日は先客がいるんだ。…なまえちゃん」

まさかこのタイミングで私の名前を呼ばれるなんて。そう驚いているのもつかの間、私の腕は吹雪くんに掴まれていた。もう何がなんだかわからず、ただただ瞬きを繰り返しているとそっと手を繋がれていて。いこう、その言葉と共に女の子たちの嫉妬と羨望の眼差しを受けながら廊下に出ていて。いっぱいいっぱい練習してくれたんでしょ?なんて絆創膏だらけのぼろぼろな私の右手を再びきゅっと繋いでくれたときはもう嬉しすぎて、泣きそうになった。



例えば今、この瞬間。

「ずっとずっと、好きでした」

それは好きなひとから1番聞きたかった言葉。夢でも見てるんじゃないかと信じられない気持ちになって、しばらくの間私は動くことができなかった。

「なまえちゃん、返事…訊かせて?」
「………あ、えっと…」

これが夢なら覚めないでほしい。夢っていつもいいところで終わっちゃうんだよな。そんな馬鹿らしいことばかり考えてるからいつも以上に私の頭の働きは鈍くなっていたんだ。気づけば私は吹雪くんの腕の中にいて、切ない声で彼はどんな答えでも訊かせてほしいんだ、と呟いていた。…ああきっとこの温もりは夢でない証拠なんだろう、ようやく確信を持てた私はそのまま思いきってぎゅうっと彼に抱き付いてみた。

「なまえちゃん…?」
「…………」
「…よかった、毎日頑張ってアピールしてきた甲斐があったみたい」

私だってそうだよ。その言葉は飲み込んだ。正しく言えば、飲み込みざるをえなかった。理由は吹雪くんが私の額にそっとキスしていて、言葉を失うほどびっくりしたから。私は身体中が一気に熱くなるのを感じた。

「…でもさ、」
「え、なあに…?」
「うん…やっぱりね、」

なまえちゃんの口からちゃんとお返事が訊きたいなあ。
いつもの王子スマイルよりちょこっと意地の悪い笑顔。私の顔はゆでダコよりも赤く染まっていた。


ほらね、やっぱり吹雪くんは狡い。



赤くなる頬が
全てを語ってみせるから