俺にはいわゆる腐れ縁というもので繋がっている奴が二人いる。一人は小学校のクラブチームから一緒にプレーしている及川徹。もう一人は家が隣で及川に出会うもっと前からなにかと一緒だったなまえ。どちらもまあうぜえことこの上ない。自分がかっこいいだとか可愛いだとかぬけぬけと言いやがる。何度罵ってやったかわからないほどだ。が、そんな奴らとつるんでこれたのも、決して俺のコミュニケーション能力が高いからだけではなく、こいつらにもすごいところがあるからだ。

例えば及川のすごいところはとにかくバレー馬鹿なとこ。普段はへらへらしてるくせにバレーのことになると勝利への執着がすごい。それ故、努力を惜しまないのだからこいつの本気さが伺えるのだ。
例えばなまえのすごいところはよく人を見ているとこ。稀に陥るスランプのときなんか俺何も言わねえのに「はじめちゃんは相変わらず頑張り屋さんだねえ」なんて言いながらわざわざ好物の揚げ出し豆腐を作って持ってきてくれるのだ。そのやさしさに何度胸を撃たれたかはわからない。
まあ、その長所が相重なってこんなことになっちまったんだけど、な。






「ねえはじめちゃん、私ねすきなひとができたの」


もう幾度となく聞いてきたこの台詞。俺は課題と向き合いながらいつものように「おーそうか」と流した。


「相変わらずそっけなーい」
「お前が惚れやすく冷めやすいのは今に始まったことじゃねえしな」
「ふーん、そんなこと言ってられなくなっちゃうと思うけどな」
「は?何、金田一にでも惚れたのか?」
「勇ちゃんはわたしのかわいい後輩ですー」


よいしょ、そういいながら彼女は俺の布団から立ち上がった。そのまままっすぐ俺のほうへ近づいてきたかと思えば「勉強難しい?」なんて全く関係ないことを訊いてくる。意味がわからない。そう思いながらも俺は「まあ受験だし仕方ねえだろ」と返事してやったのだが。


「…受験生、か。ねえ、はじめちゃんは地元離れるの?」
「あ?…あー、わかんね。微妙だけど出る可能性もあるかもな」
「そっか。…じゃあ及川先輩は?」
「いや、知らねえけど…あいつのことだし出るんじゃねえの?都会行って『女の子に余計にモテるようになっちゃって毎日たーいへーん!』とかほざいてるイメージあるけどな」
「…うん、やっぱそうだよね」
「? なまえ?」


急に寂しそうな表情をみせたかと思えば、にこり、ムカつくほど彼女は綺麗に笑った。これは普段のなまえのへらへらした笑顔じゃないことは長年の付き合いから本能的に理解した。でも、何かを諦めた、そんな顔つきとも違う。そうだ、むしろ逆だ。これは彼女の強い意志が表れた、俺の好きな───。


「はじめちゃん、今のが答え」
「…は?」
「わたしね、もう時間がないことに気づいたの。ずっと一緒にいたからなかなか恋愛感情までたどり着かなかったけど、最近『ああ、すきだなあ』って心からそう思えるの。やっと、本当の意味ですきになれた人だと思う」
「おい、なまえ?急にどうしたんだよ」


スッ、細く綺麗な指が一点を指した。その先にはバレー部で撮った幾多もの写真。その中の一人は俺もなまえも特別よく知った人物で。
自然と思考が停止するのがわかった。そんな俺に彼女は最高にかわいい笑顔でこう言い放ったのだ。


「もうわかった?わたしのすきなひと、だよ」






「及川せーんぱい!タオルどうぞ!」
「お、なまえちゃんさすが!気が利くね〜!」
「練習後はなまえ特製のはちみつレモンもありますからね」
「え、マジ!?俺、 なまえちゃんの作ったはちみつレモン超好きなんだよね〜!」


それはいつもとさほど変わらない休憩時間。あえて違いを挙げるとするのなら、なまえが以前より積極的に及川にアピールするようになったことだろうか。もともと俺つながりで仲はよかったためか、及川自身もほかの女子からアピールされるときみたいにめんどくさそうな顔はしていない。まあ、なまえにそんな気があるってことにまだ気づいてないのかもしれないが。…でも、なんだこれ。なんかすげえもやもやする。なんで俺が最もやりたくないところでキューピット役になってんだよ。しかもこれ、俺の意志とは全く関係ねえんだもんな。あーなんか、やってらんねえ。


「あれ、岩ちゃんどこいくの」
「…水道」
「はじめちゃん、休憩あと10分だからね!副キャプテンが遅れちゃだめだよ!」
「おー」


その時、ちらりと見えたあいつの顔。それは俺の知らないものだった。見え隠れする緊張感と幸福感。今までのあいつとはどこか違う。あれが俗に言う恋する乙女なのだろうか。だとすればそれはなまえが恋多き女≠卒業したということであり、あの日の言葉はすべて本当だということを決定付けたことにもなる。


「ねえはじめちゃん。わたし、及川先輩に振り向いてもらえるように頑張るから。だから、応援よろしくね」

その言葉は俺に精神的ダメージを与えるには十分すぎた。なんであいつなんだ、僅かに震える声で問えば、そんなのはじめちゃんが一番分かってるでしょ?なんて首を傾げられて。

「誰よりも笑顔が絶えなくて、そして誰よりも努力家だからだよ」

はにかみながら彼女はそう言った。一番気づいてほしくないと願ってきたことが最後の最後にこんな形で返ってくるなんて、ああ、神様はなんて意地悪なのだろう。



ずっとずっと、ガキの頃から好きだった。伝えようと思い長年伝えられなかったこの言葉をまた呑み込み、こんなに近くにいるのにただただ行く末を見守ることしかできないなんて。
なまえが及川のこと好きだなんて、ちょっとしたドッキリ企画だったらいいのに。おい、大成功って看板まだかよなんて馬鹿げた期待を未だにしてる。
俺だけのなまえでいてほしい。いっそそんな小っ恥ずかしい台詞をひとつくらい言えていたら果たして俺らの関係は進展していたのだろうか。

くだらない妄想が過る度、何度も自己嫌悪に陥って。頭を冷やすためこうして何度も水を被る。ああなんて情けない奴なんだ。そうやって自らをいくら嗤ってもやはり長年の思いは簡単には消えはくれないのか。ならば、いっそ。


「どうか俺だけを、好きになってくれ」


小さな小さな俺のつぶやき。やっと紡げたそれすらも大量に流れる水の音にかき消された。体育館の外れでただ一人、幼馴染が涙しているだなんて、きっとあいつは想像すらしていないのだろう。



剿lに必要なのは、僕しか愛せない君なんだ。
岩泉一(HQ!!)
130630/あのこさまに提出