普段は夜更かしなんかしない。バレーのために常にベストコンディションで臨む。それが俺のポリシーだから。
でも人間、時には自らのポリシーに反することもあるだろう。事情が事情、仕方ないじゃねーか。

23:55。携帯に表示された時計を何度も見つめてようやくたどり着いた5分前。ここまで本当に長かった。どれだけ焦らされたことだろう。これでもし俺の期待通りにいかなかったら、……俺の期待をぶち壊したやつにとびっきりのサービスエースを送ってやろう。いや、それでも恨みは晴れないのではないだろうか。なんせ、年に一度っきりの賭けなのだから。

23:56。待てよ。そもそもあいつは俺の期待に応えてくれるのだろうか。約束なんて何もしていない。ただ俺が勝手に願ってるだけ。
根本的な問題に気づき、突然不安に襲われた。いや、大丈夫、…多分、きっと。抜けてるところもあるけど基本的にはしっかりしてるし大事なことは忘れないだろうし、……もしこのタイミングで抜けてる癖が出たら?……想像しただけでヘコむので考えることをやめた。

23:57。そうだ、俺が信じなくてどうする?なんて、ガラにもなく彼氏ヅラして自分を奮い立たせた。信じるとか、去年の俺にはない考えだったよな。……ほろ苦い思い出に浸る前に、話題を戻しておこうと思う。

23:58。なんだかんだでここまできた。あと少し。早く時間になれよ。そう思えば思うほど時の流れが遅くなったように感じる。残酷だ。そうしてまた四角い箱に情けなくも焦らされた。

23:59。期待と緊張が最高潮に達した。ドキドキ、ばくばく。心臓を吐き出しそうだ。布団の上で寝返りをうつだけでは足りなくなった俺は、携帯を握りしめたままベッドを飛びだし、寒さを忘れて部屋をうろうろしはじめた。

そして迎えた、00:00。思わずピタリと足を止めた。呼吸も忘れて画面を睨むこと早数秒。
聞き慣れた音楽とバイブ音。それらをボタンを適当に押してぶっちぎる。震える手で操作して、ようやく開いた受信ボックス。一番上には、見知らぬアドレス。

頭が真っ白になった。そしてふつふつと怒りがこみ上げてきた。よりによって、迷惑メールが16歳最初のメールかよ。このどうしようもないいきどおり(最近、テスト勉強であいつに教えてもらった数少ない語彙の一つだ、漢字はまだ書けない)を一体誰に向けたらいいんだ。
そう考えてるうちにも、メールはどんどん受信されていく。現チームメイトだけでなく先生やコーチ、驚いたことに元チームメイトからも。こんなに祝いのメールをもらったのは初めてで本当は嬉しいはずなのに、やっぱり心は満たされない。きっと、このあと送られてくるであろうあいつからのメールを見たって心のメーターが満タンになることはない。嬉しいんだけど、違うんだ、そうじゃなくて、だから、その。

普段あまり使わない頭を使ってパンク寸前まで追いつめられた俺は、気持ちをセーブする余裕なんてあるわけがなく。忙しなく鳴り続けるメール音に腹がたち、ついには両手で携帯を握りしめた。何も音が出ないように怒りを込めて粉砕してやろうと力を入れると、最後の悪あがきだろうか、別の音が流れ始めた。まさかの事態に一瞬動揺した俺は少しずつ冷静さを取り戻し、深呼吸をひとつしてその着信音に応える。


「もしもーし、飛雄?」
「もしもーし、じゃねーよ!遅ーんだよバカなまえ!」
「おー、予想通りの反応だね。その様子だときっと気づいてないよなあ」
「あぁ?」
「ねえ飛雄、さっき迷惑メール届いたでしょ」
「あ?なんで知ってんだよ」
「へへ、わたしエスパーだもん」


大事なポジションに迷惑メール、しかも肝心のわたしからのメールが来ない。イライラしてそろそろ携帯へし折ろうとしてたんじゃない?だからストッパーになるためにこうして電話してるんだよ?
まるでいたずらっ子のように楽しそうに話すなまえに、ついつい唇がとんがってくる。それすらあいつに指摘された。なんでも当てられるなんて、どこかに監視カメラでも付けたんじゃないだろうか。


「…変なこと考えないでね、飛雄がわかりやすいからなんでもお見通しなだけだからね」
「………チッ」
「まあいいや。ついでにもう少し、予言してあげる」
「は?」
「飛雄、迷惑メール見てないでしょ」
「んだよ、当たり前だろ」
「そのメール、消す前に見てごらん?見たらきっと、消すに消せなくなるから」
「ハァ!?意味わかんねーよ!つーかお前からまだ肝心な、」
「いいからちゃんと見るんだよ。3分後、また電話するね」


ツー…ツー…ツー…
半ば強引にブチ切られ、電話口から無機質な音がこぼれてくる。クソ、なんなんだよあいつ、ホント意味わかんねーよ。苛立ちを隠せないまま乱暴に携帯を操作し、憎き迷惑メールにたどり着く。こんなのどうせ意味のわからねえ気持ち悪いオサソイの類だろ?なんでこんなのが消せなくなるんだよ。ボゲなまえ、なんでも当たると思うなよ。こんなの読んだら即刻、迷惑メールのアドレスに登録してやる。
操作ボタンの中で一際大きなものを押してあいつの願いどおり開いてやった、次の瞬間。


「………は?」


目が点になる(これも最近叩き込んだ言葉だ)ってこういう事を言うんだな。このタイミングで使うなんて思ってもみなかった。ひどく冷静な頭でそう思っていれば、悔しいことについ口元がにやけていた。……クソなまえ、最後の最後までお前の言ったとおりだよボゲ。こんなの消せるわけねえじゃねえか。っていうか、ずりいよこんなの。イーブンじゃねえよ。


『飛雄へ
お誕生日おめでとう!びっくりしたでしょ?迷惑メールかと思ったでしょ?残念、ついさっきアドレス変えたなまえでした!サプライズだよ!
言われなくてもちゃんと一番にメールした(…はず)だから、怒らないでね。(これで一番じゃなかったら…どうなっちゃうのかなあ…)

さっき、ちゃんと飛雄が喜ぶもの作ったからね。ほぼ一日おくから、お夕飯の頃にはおいしくなってるはず。一緒に食べようね。

飛雄、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。
…だいすきです』


打つのが面倒だからといって、普段はそんなにメールをしない彼女。だから俺とだっていつも電話で繋がってんじゃねえか。
だけど今日はトクベツな日だから。期待してお前からのメールを待ってたんだろうが。受信ボックスの一番上に貴重な「なまえ」って文字を見たかったんだろうが。どんなに短くてもいいから一番に好きなやつからのおめでとうが欲しかったんだろうが。なのにこんな回りくどいことしやがって、ボゲ。ちゃんとメール保存して、お前の新しいアドレス登録しといてやる。そしたら、ほらな。お前の名前がちゃんと見られるだろ?

きっともうすぐ、したり顔であいつはまた俺に電話をしてくるのだろう。それまでにこのにやけた顔をどうにかして、もうあいつに当てられないようにするんだ。そして今度こそメールではなく改めてその口から祝いの言葉をもらおう。練習後はあいつの家に行ってこの写メにある温玉とカレーをごちそうになろう。これだけ焦らされたんだ、今日くらい我儘言っても許されるだろ?

きっとそれすらお見通しだよって笑う彼女が、俺はもう、どうしようもなく愛おしい。



凾R3322 - すき -
影山飛雄(HQ!!)
131222 / title by 自慰さま
トビオちゃんお誕生日おめでとう!