なんだかんだで部活に明け暮れている自分の青春に特別不満があったわけじゃないし、日々ひたむきに頑張る選手を前にしてマネージャーを辞めたいと思ったことなんか一度もなかった。
 だけれど、わたしだってオンナノコなのだ。年相応におしゃれがしたいし可愛いものにも囲まれたい。綺麗になって好きなひとをときめかせたい。そんな気持ちからマネージャーのお仕事と同じくらい身だしなみには気を遣ってきたつもりだ。さらさらな黒髪やほのかなシャンプーの香り、あまり濃すぎないナチュラルなお化粧。ちらちらと顔を覗かせるオトメな気持ちがわたしの“かわいい”を少しずつ作り上げていくのがわかった。

 でも、手だけはどうにも上手くいかない。それもそのはず。大量の選手を抱えたこの部をサポートするのだ、水仕事は驚くほど多い。一生懸命ハンドクリームを塗ってもヤスリで爪を整えてもとてもじゃないが追いつかない。ところどころあかぎれたり爪のはしっこが欠けてしまったり、カサカサボロボロになった自分の手ははたからみても痛々しいものだった。
 そんなわたしの手と、彼、赤葦くんの綺麗に手入れされた手を見比べると仕方ない部分があるにしてもどうしても引け目を感じてしまう。彼がバレー選手として力を入れてケアしているからこそ自分の悲惨な手をみて、女子力が低い、と引かれないか度々不安になるのだった。








 赤葦くんから久々のデートに誘われた。一瞬、焦った。でもチャンスだとも思った。可哀想なこの手をもっと女のコらしいものにして彼にこっそり喜んでもらいたいと思った。彼に釣り合う彼女になりたいと、わたしはほんの少しの欲が出たのだ。
 雑誌やインターネットで調べて初めて自分でネイルを施してみた。淡いピンクをベースにホワイトやゴールドのライン、それからちょっぴりストーンをプラスして。シンプル・イズ・ベスト、でもすっきりとした上品な仕上がりにわたしはひとつ満足気に頷いた。あまりにコテコテしたものはわたしの、それからおそらく彼の好みではないし、何より技術が追いつかないからこれくらいでちょうどいいのだ。

 映画をみたりウィンドウショッピングをしたりカフェでお茶をしたり。真新しいワンピースに身を包み、どきどきしながら赤葦くんの隣で一日を過ごした。基本的に仏頂面な彼が時たまふわりとやさしく微笑むと、それだけでわたしの心臓は煩いくらいに高鳴る。そしてわたしにしか向けないであろうその顔を見るたび、「ああ、これはわたしだけのヒミツだ」とちょっとした優越感にこっそりと浸っていた。
 しあわせを噛み締めながらも、残念ながらネイルについての話題はなかなか出てこなかった。でも、わたしはそれでもいいと思っていた。もともと口下手な彼なのだ。言葉にしてくれなくてもふと気付いて少しでもかわいいと思ってくれたら、わたしが赤葦くんの笑みにときめいたように彼もわたしにほんの少しでもときめいてくれたら、それだけで十分なのだ。


 「…ねえ」


 そう思ってた矢先。ふと、会話が途切れたときだった。赤葦くんは突然、そっとわたしの手を取ったのだ。そして、今日どうしたの?と、少しの躊躇いを見せながらもわたしに尋ねてきてくれた。ちゃんと気付いてくれてたことを知り、想像以上に気持ちが舞い上がる。声が上ずらないように気をつけながら、ちょっとおしゃれしてみたの、とはにかんだ。


 「赤葦くんの指、綺麗でうらやましいからさ。わたしもいつもの汚い手をちょっとでも綺麗にしたいなあって。どうかな、似合う?」
 「うん。器用だね、なまえさん」
 「ありがとう。…なんか、ちょっと恥ずかしいかも」
 「…でもさ、」


 ネイルも確かに可愛いけど、ひたむきに俺らを支えてくれてるのがわかるこの手が、俺はもともと好きなんだよ。なまえさんがどう思ってるかは知らないけどね。

 言葉の意味をやっとのことで噛み砕いた頃には赤葦くんは照れくさそうにそっぽを向いていた。ちらりと覗く耳にほんのり朱色が添えられている。…ほんと、不器用なんだから。でもきっとわたしの顔も負けじと染まっているんだろうなあ。そんなことを思いながら、照れ隠しのつもりでわたしは右手の温もりをきゅっと握ったのだった。


凾なたの為に飾った爪
赤葦京治 (hq)
140620 / スタージュエリーに墜落さまに提出