◎ドクターストップ、しゅうやくん
「…………」
「…………」
「……………」
「…………面目ないです」
「分かればよろしい」
こんなに弱気な(というかあるものに恐れている)修也を見るのは久しぶりだ。それもそのはず。目の前にはとてもいい笑顔をしながら黒いオーラを放つ私がいるのだから。
そもそも、普段滅多に怒らない私が何故こんなにも彼に怒っているのか。理由は簡単だ。今となっては雷門でエースストライカーの座についた彼、豪炎寺修也が先日の御影専農戦で相手選手と空中でぶつかり落下するという事故が起こったから。そしてその時の怪我の影響で次の試合に出られなくなってしまったから。マネージャーとしても修也の彼女としても心の底から心配していた私は、真っ青な顔で試合後病院に付き添い、先生から選手生命に大きな影響はないと聞いた時は本当にほっとしてみっともないくらい大泣きしたのは記憶に新しい。そして同時に次の試合には出られないといわゆるドクターストップをかけられた時、それまで決壊したダムのように溢れていた涙がぴたりと止まるほどショックだったことも鮮明に覚えている。
サッカーという1つのスポーツをやっているからには大きさに差はあれどとにかく怪我は付き物だ。だからこそ、私は常に試合から来るものとは別の緊張感も持っていなければいけないと思う(あの時は彼に緊張感が欠けていたというわけではないとは思うのだけれども)。今回はたまたま1試合出場出来ないだけで済んだ。じゃあもしあの時何かが少しでもずれていたら?それこそ、修也のサッカーが二度と帰ってこない可能性だってある。
ということで、もう一度気を引き締めてもらういい機会だと考えた私はマネージャーの菊地真央として選手の豪炎寺くんに厳しく注意をしていたというわけだ。
「あの時は確かに不意討ちだったと思う。だけど、もしかしたらどこかで修也の緊張感が欠けていたっていうのもあるかもしれない」
「……ああ」
「修也も十分承知だと思うけどさ、今回以上の怪我をしたらまたサッカーを始めたのだって元も子もなくなっちゃうじゃん」
「………そうだな」
「私はね、修也にはずっとだいすきなサッカーをやっててほしいの」
「………」
「ずっと隣で修也を見ていたいし、支えていたい。もちろんサッカー以外のことをやっても構わないよ。だけど修也サッカーだいすきでしょ?ずっとプレーしたいなあって思ってるんでしょ?」
「………」
「だったら大きな怪我のないように日頃の練習からやっぱり注意してないと駄目なんじゃないかなあ……ってちょっと聞いてる?」
こんなに人が真剣に話している時にこの人は何故にやけることができるのだろう。思わず持ってた記録用ボードでパコンと頭を叩く私。先に手を構えていた修也に軽々と止められちゃったんだけれどね(もう、そこはノリよく叩かれるところでしょ!)。
「……なによ」
「いや…お前、俺が思ってた以上に俺のこと好きなんだなって」
「はぁ…!?」
一気に顔があつくなった。…理由?そんなの、図星だったからに決まってるじゃない…!
恥ずかしくなって目の前に座る彼の怪我をしていない方の足の膝に倒れ込んだ。「耳までまっかっか」「うるさい」ああもう、こんなはずじゃなかったのに。しっかりお話して気合い入れ直そうと思ってたのに。なんでこの人はこのタイミングでそんなことを言うのかな。
「…まさか、あえて言ってるの?」
「敢えて?」
「いや、怒りを沈めるために言ってるのかなあって…」
「んなわけあるかよ」
「ですよねー」
今度は私がバーカと頭を小突かれる番だった(ちなみに私はしっかりそれを受け止めた)。地味に痛かったので頭を擦っているとお前があんなこと言うからだろ、と視線を反らして言う彼の姿が目に入ってきた。その頬はほんのり赤みがさしている。…ああ、つまり聞いてた修也も恥ずかしくなってくるようなことを私は無意識のうちに言っていたというわけね。ごめんなさい、そんなつもりは全くありませんでした。今さらながらにとんでもないことを言っていたと実感してさらに恥ずかしくなった私は同じようにふいっと視線を反らした。
ああ、こんなことになるんだったら言わなきゃよかったかなあ。
「…………」
「…………」
「…私はね、修也のために言ってるんだよ」
「…ああ」
「……………」
「……………」
「…修也が倒れたとき、本当に心配したんだからね」
「…ああ」
「……………」
「……………」
「…イナズマ1号、かっこよかった」
「…サンキュ」
「円堂には相変わらず驚かされたけど」
「それはお互い様だ」
ぷっ、と同時に吹き出しそのままクスクス笑いあう2人。たまに照れくさくなったりこんな小さなことで一緒に笑えたり。修也が怪我してるのに不謹慎かもしれないけど、ああなんかこういうのっていいなあ、幸せだなあって思った。
「わざわざすまないな。毎回、病院に付き添わせて」
「いいの、私が勝手についてきてるだけだから」
「いや、助かる。ありがとな」
「うん。…ねえ、本当に決勝戦には出られるかな?」
「ああ、なにがなんでも治してみせるさ。帝国とは決着をつけなければならないしな」
「……うん」
「…真央?」
「え?…ああ、いや、それまでみんな勝ち続けてくれるかなあって思っただけ」
「お前らしくないな。あいつらのこと信じてないのか?」
「え、そんなことない!雷門は必ず勝つよ!」
ガバッと顔を上げれば目の前には不敵に笑う修也がいた。その表情を見て思った、彼は自分達が負けることなんて全く考えてない。例えそれが自分の出ない試合だったとしても、その気持ちに変わりはないんだ。
…この負けず嫌いめ。にやりと笑いながらそう言った私も人のことは言えないのかもしれない。
「私達にできることはみんなの勝利を信じること」
「そして俺は早く怪我を治すこと」
「修也の代わりにはきっと…土門くんが出てくれるよね」
「ああ、あいつ意外とやるぞ」
「…うん、そうだよね」
まるで自分に言い聞かせるように呟いて、そして勢いよく立ち上がる。よし、と。「そうと決まれば情報収集しなくちゃ」「妹が調べてるんじゃないのか?」「うん、だけどもうすぐ準々決勝の結果が出て対戦校も決まるしはずだし…って……えー!?」愛用のノートパソコンの前で固まった私の元に何事かと修也が駆けつけてくる。その彼に向かって、私は震える手で画面を指差すのだ。
『試合結果…秋葉名戸vs尾刈斗(1─0)』