◎スパイ時々スパイ疑惑


みんながみんな動揺していた。土門くんはスパイだったことを認め、居心地が悪くなったのだろう、走ってこの場を去っていった。そしてそんな彼を追いかけようとした円堂を止めたのは、真面目で情に熱い男・染岡だった。


「……菊地、どういうことだよ」
「染岡くん、やめなよ!」
「止めんじゃねえ!」


秋の制止すら無視し私に詰め寄る染岡。そんな彼を円堂や半田くん、風丸くんが必死になって押さえてくれている。念のためと思ったのだろう、気付けば修也も私の前に立ち、身を守ってくれていた。


「豪炎寺、お前こんな時までそいつのこと庇うのかよ!?」
「そんなつもりじゃない」
「だったらなんで、」
「落ち着け、染岡。あれは冬海が勝手に言ったことだ。誰も真央の言い分は聞いていない。それは俺も同じだ」


しっかりとした口調で言い切れば、修也は私に視線を向けた。その目はいつも以上に真剣なものだ。私はこくんと頷いた。それを見て修也も同じように小さく頷いた。緊張で震える身体を奮い立たせながら、私は修也の前に出る。


「……みんなに話さなきゃいけないことがあるの」


私は一つ深呼吸したあと、自分の話をし始めた。


「…黙っていてごめんなさい。実は私、みんなに隠してることがあるの」
「隠してることって?」


こんな状況でもいつもと変わらぬマイペースな口調でマックスは私に訊ねてくる。今の彼の言葉はみんなの共通の疑問でもあるのだろう、いくつもの真剣な瞳が自分に向けられているのがわかった。その視線をしっかり受け止めながらも、私は慎重に言葉を選んでいく。


「くわしいことは、……今は事情があって言えない」
「…ごまかすために時間稼ぎでもすんじゃねぇだろうな」
「染岡!」
「いいの、風丸くん。染岡が疑うのも無理のないようなことを私はしてたんだから」


ありがとう。そう言いながら風丸くんににこりと微笑めば、彼は“でも…”と依然として不服そうな様子だった。ほんと、どんな時でも変わらずやさしいひとだなあ。
そのやさしさに心打たれながら私は再度深く息を吐き、真っ直ぐにみんなを見つめた。


「今は理由を言えないけれど、状況が落ち着いたら必ず事の全てをみんなに伝える。ここまでみんなに迷惑をかけておきながら話さないなんて、いくらなんでも図々しすぎるもの」
「……音無さんは、関係してるでやんすか?」
「……ええ。でも事情に絡んでるだけであって、裏で怪しいことをしてたのは私だけだよ」
「お姉ちゃん…!」


この言葉に偽りはない。私が春奈に黙ってこそこそ動いていた、それだけのことなのだから春奈が誤解を受ける必要は全くないのだ。
春奈本人がどう思っているのかはまたあとで聞くとして、とりあえず春奈に対する嫌な視線はこれで取り払われたはずだ。大事な妹に優しい微笑みをひとつ向け、そして私はみんなに今1番伝えたいことをついに口にした。


「こんな曖昧な言い方じゃ誰も私がスパイじゃないって信じられないと思う。だから私、今は自分が誤解を受けても仕方ないと思ってる。私のやっていることは確かに他人からみればスパイと同じくらいに汚いことなんだもの」
「………」
「…でも、」
「……………」
「でも、これだけは信じてほしい。雷門に対して卑怯になるようなことだけは絶対にしていない。それは今までもこれからも一緒だよ」
「…………」
「怪しいことをしてごめんなさい。そのことをずっと黙っていてごめんなさい。みんなを困惑させてしまってごめんなさい。……こんなにひどいことをしておきながら本当に図々しいのは承知なんだけど、……それでも、それでもこれだけは…信じてほしいの…」


私は深く頭を下げた。みんなの視線が痛いほど突き刺さってくるのがわかる。うるさいくらいバクバク鳴る心臓。呼吸すら上手くできない。
ここまで言っても駄目だったら、私はもうここにはいられない。そしたら必然的に大好きなサッカー部を辞めなきゃないけなくなる。もうみんなの、修也のプレーを間近で見られなくなっちゃうのかな。それはさすがに…ツラい、な。
だけどそこまでしてでもやり遂げなきゃいけない。そのために覚悟は決めてきたんだ。春奈のために、私のために、そして何より「彼」のために──。





「…………オレ、真央さんを信じるッス」
「……え…?」「……!」「壁山…!?」


しばらくの沈黙の後、口を開いたのは臆病者で有名な壁山くんだった。まさかの人物の第一声により、みんなだけでなく私自身も目を見開いている。だって同性なら、もっといえば同学年ならまだしも私は一介のマネージャーであって彼にとってのただの先輩なんだよ?


「…真央さんは、オレが自信をなくしたとき陰でずっと支えてくれたッス。イナズマ落としを完成させたときにはあとで目一杯褒めてくれたッス。真央さんの厳しさとあたたかさがなければオレはあそこまで頑張れなかったと思うッスよ」
「…壁山くん……」
「それから、真央さんの作ってくれたお菓子はいつも優しい味がしたッス。きっとそれは真央さんの優しさの現れだと思うッス!」
「壁山はそればかりでやんすね…」
「それに、」


真央さんはもう、雷門中サッカー部の大事な仲間ッス。
その言葉にハッとして周りを見渡せば、みんなが私のことを見つめているのがわかった。先程までのどこか不審がる瞳ではなく、いつものようなあたかかく頼もしい瞳で。


「壁山のいうとおりだ!真央、俺達はもう仲間だろ?」
「円堂…」
「フン、まあこれでもお前の長所はわかってるからな。ただお前が雷門を裏切るようなことがあれば、その時は覚悟しとけよ」
「染岡、もういいだろ?菊地、辛くなったらいつでも相談してくれよ。内容を言わなくてもなんとなく話を聞くことはできるからな」
「風丸くん…」
「真央」


大好きなバリトンボイスが耳に届いて振り返れば、そこにはいつも以上に優しい顔をした修也がいた。何故か目頭が熱くなって、だけど泣き顔をみんなに見られるのは嫌だったから思いっきりその逞しい胸元に飛び込んだのはまた別の話だ。


今日、私はまたひとつ大切なものができました。それはこれから先の私の人生にとって大きな糧となるものでもあり、そして私自身を輝かせるものでもありました。