ハッピーエンドのその後
澄み渡る程の青空、正に快晴と言っていい恵まれた天候。
青葉城西文化祭を迎えるにあたって、絶好のコンディションである。
飾り付けられた校門から校内に至るまで、普段の学校とは違った雰囲気を纏い、それに伴って生徒達も沸き立っている。
校内に私服の大人や中学生以下の子供、はたまた他校の生徒の姿が行き交う様は新鮮なものだ。
そんな文化祭が開幕し、2時間程経った頃。
静香は岩泉と騎士役の格好をして校内を周り、宣伝を行なっていた。
劇の案内のチラシと、ついでにガハクさん原作の冊子も配り歩いていたのだが、冊子は割と直ぐに無くなってしまい、現在は原作の漫画を掲載しているWebサイトのアクセス先を記したチラシを一緒に配っている状況である。
「チラシもほとんど無くなったな」
片腕で抱えていた紙の束も、今は片手に収まる程度の分厚さにまで減っている。
静香も「うん」と頷いて、手の中の紙を見た後、腰に手をあてている岩泉に目を向ける。
クラスの家庭科部所属の女子達に作って貰った騎士服を身に纏う岩泉は、写真に収めて保存しておきたいくらいに似合っている。
背も高いし手足も長いので、西洋風のカッチリとした格好が体格に合っている岩泉に対し、静香はどこか衣装に着られている感が否めない。
「もっとスタイルが良ければなぁ」とぼやいた静香に対し「お前その衣装でかくねぇ?」とコメントする岩泉はとても正直である。
岩泉に悪気があるわけではないので、言い返す事もできなかった上、地味にショックだった。
「これ配り終わったら、校内自由に回っていいのかな」
「いいんじゃねーの。頼まれた仕事これだけだし、後は本番に間に合やいいだろ」
何でも無いように言いながら、岩泉は視線の先に見つけた他校の生徒にチラシを手渡しに歩いて行く。
「女子の方がチラシ受け取ってくれる確率高けぇな」と神妙な顔で統計を割り出した岩泉は、何故『女子』の方が岩泉からのチラシを受け取ってくれているのか分かっていない。
というか、考えつきもしないのだろう。
静香からのチラシを受け取ってくれるのは、男女まちまちといったところが、その良い例である。
今ばかりは、その男らしい風貌と、身に合った衣装が憎らしい。
恨めしげに岩泉に視線を向けるも、「何だ、腹でも痛ぇのか?」とトンチンカンな方向に心配しはじめる始末である。
ハアァと盛大にため息をつき、静香は岩泉の手にあるチラシに目を向ける。
静香の手の中にある紙束より断然に少ないそれに、この男も隅に置けないなと再認識する。
今もどこかで、ひっそりと岩泉に想いを寄せる女子を生み出しているのかと思うと、静香も気が気ではない。
「チラシ配り終わったら、一緒に校内回るか」
悶々としている静香の事を知ってか知らずか、岩泉からの思わぬ提案に、静香は目を見開いた。
普段どこかへ一緒に出かける時もそうだが、そのような誘いをするのはほとんど静香の方からだ。
とても珍しい岩泉からのお誘いに、先程までのモヤモヤなんてどこかへ吹き飛ばし、ご機嫌になってしまうあたり、静香も現金な人間である。
途端にやる気を出してチラシを配り回り始めた静香を認めて、岩泉は静香に隠れてフッと笑った。
チラシをなんとか配りきり、着替えるのも面倒なので宣伝がてら騎士の格好のまま岩泉と校内を回る。
途中、廊下で女子に囲まれながら歩き売りをしている及川に遭遇し、たこ焼きを購入して二人して食べる。
腹ごしらえを済ませ、立ち寄った先で開催されている柔道部の出し物である腕相撲大会に参加した岩泉は、昨年同様、向かって来る挑戦者を押さえつけ、見事チャンピオンに輝いた。
腕相撲大会の会場を後にし、1、2年が主体で行なっているバレー部の模擬店に立ち寄ると、何故か松川が呼び込みを行なっていた。
「二人とも衣装お揃いなんだね」などとからかわれたものの、販売品であるクレープを半額で売ってくれた。
バレー部員には特別サービスらしい。
クレープを食べ慣れていないらしい岩泉は、溢れるクリームに悪戦苦闘していて少し面白かった。
岩泉と共に文化祭を巡りながら、静香はしみじみと思う。
去年の自分では、こうして岩泉の隣に自然と並ぶことができ、更に文化祭を一緒に回るだなんてとても想像できなかった。
興味本位で入った後輩のクラスの出し物のお化け屋敷で、暗いのをいいことに岩泉の左手に指を滑らせる。
それにピクリと反応した岩泉は、暗闇で未だ視界が慣れない中、静香の方に視線を向ける。
「…お前、こういう怖いの苦手なのか?」
「そういう訳ではないんだけど、なんとなく、ね」
こうして岩泉と手を繋ぐことができるのも、実は凄い事なんだよなぁと改めて実感する。
「ふーん」と呟いた岩泉は、手の中にある静香の手の指と指の隙間に自身も指を絡ませ、そのまま何事も無かったかのように先を進む。
本当、岩泉も随分と慣れたものだ。
寂しさ半分、嬉しさ半分といった心境で、静香は岩泉について歩く。
こうして午前中は岩泉と文化祭の出し物や模擬店を回り、静香達は充実した時間を過ごした。
午後のプログラム3番目が、静香と岩泉達3年5組の劇の発表である。
クラス全員で体育館脇に集まり、緊張でそわそわとした雰囲気の中、酒場のジョニー役のお調子者の男子生徒だけが、元気にムードメーカーとしての力を発揮し、クラスメイトの笑いを誘っていた。
「栗原さん、何も劇の中の話だけじゃなく、俺に惚れてもいいんだぜ?」
「はは…、遠慮しとく」
劇の後半、少々の台本の変更により、静香が演じる女騎士は、劇中の後半で酒場のジョニーと交際をしているという設定になった。
それをネタに冗談を言うジョニー役の男子に、静香は苦笑いを浮かべる。
静香の隣に彼氏である岩泉がいるというのに、できればそのような話は冗談でも避けて欲しいところである。
「振られた…なぐさめてくれ岩泉…」
「お前、俺の目の前でそんなやり取りする度胸があんだから、慰めなんていらねぇだろ…」
岩泉は呆れたようにジョニーに視線を向けながら、腰に指した玩具の剣を抜き、ジョニーの脇腹に軽く突き刺す。
「いででで」と大げさに痛がってみせるジョニーに対し、岩泉が面白がってもっと突き刺したものだから、安物の玩具の剣の先が若干曲がってしまった。
3人して慌てて剣の修復を試み、なんとか元の見た目に戻したものの、鞘への収まりが若干悪い。
そんな静香達の様子を近場で眺めていた王子役の男子が「あーあ…」と呟き、この劇の監督兼委員長からは「劇の直前で問題を起こすな」と注意をされた。
「次、3年5組の皆さんお願いしまーす」
文化祭実行委員の声かけにより、クラス全員がいよいよかと顔を見合わせる。
「それじゃ、頑張っていきましょう!」という委員長の小声の宣誓に、クラスメイトそれぞれが「おー!」と抑えめな声で返事をした。
ここまで準備やら練習やら、中々大変だったなぁと思い返しながら、静香達は体育館の舞台裏に足を踏み入れる。
原作監修ガハクさん、監督委員長、出演者3年5組の皆さん(+担任の先生)による、劇『花冠り姫』は、そうして幕を開けた。
『花の国』と呼ばれる国に、政略結婚で嫁いできたお姫様。
国の名前の華やかさとは反対の、氷のような王子様に出会い、お互いに相容れないようでいて、段々と距離を縮めていく二人。
心を溶かされていくことに戸惑いと喜び、ふたつの複雑な思いを募らせて行く王子様。
それを見守る王子様の親友の名家出身の幼馴染み、白薔薇の貴公子。
王子様に密かに想いを寄せ、自身の諦めきれない恋心に苦しむ、白薔薇の貴公子の許嫁のお嬢様。
王子様の優しい心根に気づき、彼と打ち解け共に二人で歩いて行こうとするうちに、心から惹かれていくお姫様。
そんなお姫様の気持ちを知り、彼女の幸せを願って自身の想いを押し込めて、彼女を王子様の元に送り出す、餞の騎士。
それぞれの想いが絡み合い、彼らからの様々な後押しを受けた二人は、数々の苦難を乗り越え、ハッピーエンドを迎える。
劇の終盤、岩泉の口から出たお姫様への告白のセリフは、散々の練習の甲斐もあり、サラリとした中に騎士の感情が乗った、切ない雰囲気を纏うものだった。
「私の永遠の姫君よ、貴女を愛しています」
岩泉には酷く不似合いな甘ったるいセリフを舞台袖で聞きながら、静香は一人ドキドキしていた。
これが劇だというのは重々承知しているが、今だけはあのお姫様と役を交代したい気分である。
しかし、「ごめんなさい」と騎士の愛の告白を断るお姫様役のクラスメイトに対し、静香は「私も大好き!」などとうっかり零して劇を台無しにしてしまいそうではあるので、この配役で良かったとも思う。
そんなくだらない事を想像をしている間に、物語は終わりを迎え、王子様とお姫様は手と手を取り合う。
こうして、静香達のクラスの劇は、たくさんの拍手を浴びる中、閉幕した。
無事に文化祭も終わり、閑散とした飾り付けられた校内の景色を眺めながら、これを明日の体育祭の後の片付けるのかと思うと、少し憂鬱である。
制服に着替え、明日に備えてさっさと帰宅して行く生徒が多い中、静香は体育祭の打ち合わせの会議があるために居残りである。
体育委員の宿命、というと大げさかもしれないが、それなりに疲労の溜っているのに帰れないというのは中々に堪える。
各クラス文化祭の片付けがまちまちであることから、遅めの時間に設定された会議まであと30分程である。
劇を行なったために、特に教室の片付け作業の無い静香と岩泉は、自分たちの教室の前で、外の様子を眺めながら時間を潰していた。
「よく考えると、姫様と王子以外誰も報われねぇよな、この話」
ふと思い至ったのか、岩泉が不意に口を開いた。
「酒場のジョニー以外ね」と静香が付け足すと、不満そうな顔をする。
そんな岩泉を横目に、静香はぼんやりとこの物語の個人的な解釈を思い巡らせる。
二人が結ばれるには、きっとそうならざるを得ないのだ。
自分たちへ向かう好意を振り払い、他人を傷つけなければ、二人は生涯を共に歩めない。
大事な人達を踏み越えても、手に入れたい存在がある。
きっとそれが、この話のコンセプトだ。
それは別にお姫様と王子様だから、という話ではなく、静香にも言える話である。
以前、部活終わりに岩泉が告白されているのを目撃してしまった事を思い出す。
あの後、なんとか告白して来た後輩の女の子を見つけ出し、きっぱりと断わりを入れて来たと岩泉は言っていた。
その時静香は安堵したが、断られた彼女は少なからず傷ついただろう。
こうして当たり前に隣に並ぶ事を許される関係になったとしても、静香の知らない所ではそういう存在を生み出し続けているのかもしれない。
だからといって、岩泉との関係を止めようとは思わない。
つまりは静香も岩泉も、お姫様と王子様とはそういう意味では変わらない。
そんなことを考えながら、静香はふとガハクさんが劇の練習中に持ちあわせていた資料の内容を思い出した。
クリアファイルに綴じられた紙の束には、この物語の裏の設定がメモされているのだと言う。
「見てもいいよ」と軽い口調で許可が下りたので、興味本位で静香はそのファイルを開き、様々な真実を知る事になった。
「実は、『花冠り姫』には裏の話があるんだよ」
「裏?」
時間つぶしのついでに、静香は裏資料から得た真実と、物語を読む人物しか知り得ない情報を口にした。
「騎士ラインハルトは、幼少の頃に花冠り姫に一目惚れして、彼女を追って騎士になったっていうのは知ってる?」
「…あぁ、そんなんあったな」
岩泉は、自身の頭の中でその情報を探っているようだった。
役作りのために、原作者ガハクさんに騎士ラインハルトの設定を叩き込まれ、苦渋の顔をしていた岩泉を思い出す。
あれだけ念入りに説明されては、流石の岩泉も覚えているらしかった。
「騎士ラインハルトが一目惚れしたのって、その時お姫様の影武者になってた女騎士アンネリーゼなんだよ」
「…は?」
本当に、間の抜けた反応だった。
確か、お姫様の国とどこかの国が統合した後、初めてのお姫様が公の場に出るということで、護衛の騎士が心配して影武者をたてて様子見をした、という経緯ではなかっただろうか。
資料の内容を覚えている範囲で伝えると、岩泉は心底呆れた、という顔で言い放った。
「”餞の騎士”とか大層な事言われてる割に、ただのアホじゃねーか」
ラインハルト役の岩泉が、自身の役をアホ呼ばわりするものだから、静香はなんだかおかしくてクスクスと笑う。
「しかも、それを女騎士アンネリーゼは知ってるんだよ。切ないよねぇ…」
好いた男の初恋が、他人に変装していたとはいえ、自分である事を知った時、彼女は少なからず喜んだに違いない。
しかし、それを知った後、花冠り姫に生涯をかけて仕える覚悟の彼を見て、何を思ったのだろう。
様々な苦悩を経て、彼女は彼を愛していたからこそ、身を引いた。
甘さなどない、苦く切ない彼女の恋は、そうしてひっそりと幕を下ろす。
「それで、その後は?」
「え?」
「女騎士は、どうなんの?」
「…どうって…、あのまま酒場のジョニーと所帯持つのかなぁ」
彼らの今後は、本編でも裏話の資料でも、明確には語られていない。
後日談として、お姫様と王子様、騎士ラインハルトの数年後が鏤めるように語られるだけにとどめられている。
「そんな裏話があるんなら、あの後どうなるのかなんてわかんねーぞ」
「そう?」
「案外、自分の初恋が女騎士だって知ったら、乗り換えるかもしれねぇしな」
「…それはそれで、なんとも言えないなぁ」
お姫様への一途さが騎士ラインハルトの売りなのに、と静香が不満をたれると、岩泉はフンと鼻で笑って腕を組んだ。
後方に背中を預けたせいか、壁に備え付けられている手すりが小さくギッと音を立てる。
「んなこと、ラインハルトは知った事じゃねぇだろ」
「もう、夢の無い事言う…」
物語の中のラインハルト本人にしたら、岩泉の言う事も最もなのだが。
物語を読む側としては、そこはお姫様への想いを突き通して欲しい気がする。
しかし、岩泉にとっては、そんなことはどうでもいいらしい。
「いくら姫様に忠誠を誓って、彼女だけを愛し続けるだとか決めたって、こういうのは理屈じゃねぇだろ」
アイツただのアホみたいだしありえねぇ話でも無いだろ、と先程仕入れた情報により自身の役のキャラクターを貶す岩泉はいかがなものだろう。
苦笑いを浮かべる隣の静香にちらりと視線を向けてから、岩泉は正面に顔を向け、どこか遠くを眺めるようにボソリと呟いた。
「結局、好きになった女が、好きなんだよ」
そう続けた岩泉の言葉は、騎士ラインハルトとしての発言なのだろう。
その発言の行き先は、当然女騎士アンネリーゼへ宛てたものなのだが、まるで静香に向かって言っているのではないかと錯覚してしまう。
自分に言った訳じゃないのに、と妙に気恥ずかしい気持ちに襲われ、静香は暫し無言で俯く。
しかし、そんな様子の静香の耳元の髪を掬い、ちょっかいをかけてきた岩泉に、静香は慌てて顔を上げる。
「おい、なんか反応しろ」
「……岩泉君は、いつからそんな口説き文句を言えるようになったんですか」
嘘でしょ、と静香は愕然とする。
無意識にではなく、意識的に発言したのだという態度の岩泉から視線をそらし、静香は顔を両手で覆った。
先程の岩泉の言葉は、騎士ラインハルトからアンネリーゼへでは無く、どうやら岩泉一から栗原静香に向けられたものらしい。
「お前のせいだろ」
静香の嘆きに、岩泉は愉快そうに答える。
騎士ラインハルトのセリフを練習しまくったおかげで、告白のセリフを超絶スマートに言えるようになった岩泉。
しかしそのせいで、「チャラ泉」とクラスの男子にからかわれるようになったことを思い出す。
そうなのか、岩泉は本当にチャラ泉になってしまったのか。
そんな妙な方向に思考を飛ばす静香を知ってかしらずか、今日も静香を困らせて、岩泉は非常に満足そうだ。
「お前いじめるの、割と楽しいんだよ」
いい反応するお前が悪い、と岩泉は甘ったるい内容の割に、けらけらとさっぱりと笑った。
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