読まずに食べた
岩泉が受ける大学の試験が近くに迫った。
岩泉の大学合格を祈り、気休めではあるかお守りのようなものを作ってプレゼントしようと静香が決めてから1週間程経った。
岩泉の試験日も目前となった日、家にあったフェルトを縫い合わせ、中に綿をつめて完成したお守りを眺めてから、静香は率直な感想を思わず零した。
「無いなこれは…」
丸いバレーボールをモチープに作ったフェルト製のお守りは、出来映えがあまりよろしくない。
小さい子供が作ったかのような不格好なバレーボールを眺めながらため息をつき、静香はのろりと立ち上がった。
お守りは良い物が作れなかったが、せめてお菓子か何かを買って、差し入れとして渡そう。
そう思ってショッピングモールを訪れたはずだったのだが、静香は雑貨屋のぬいぐるみコーナーにある2つのパペット人形に釘付けになっていた。
恐らく『ヤギの郵便屋さん』をモチーフにした黒ヤギと白ヤギのパペット人形である。
静香は黒いヤギのパペットを手に取り、その容貌をまじまじと眺める。
黒ヤギの人形の目つきは鋭く、むすっとした雰囲気がどことなく岩泉を彷彿とさせる。
一方、白ヤギの人形は何が楽しいのか、機嫌良さげにニコニコとしている。
なんとなく、この2組のパペット人形が自分と岩泉に似ているような気がして、静香は値札をペラリと捲った。
金額的に高い訳ではないが、2つ買うとなると今の手持ちのお金ではギリギリ買える程度のものである。
お菓子を買いに来たつもりだったから、そんなに多くのお金を持って来ていなかったために、静香は暫く考え込んだ。
今これを買えば、岩泉に渡すつもりの差し入れが買えない。
しかし、強烈にこのパペット人形が欲しい。
自身の欲と岩泉へのお菓子を天秤にかけ、雑貨屋をうろうろしている辺りでなんとなく答えは見えたようなものだった。
しょうがない、お菓子はまた今度買って渡そう。
そう思いパペット人形をレジへ持っていった時に、静香はふと妙案を思いついた。
店員さんが人形を丁寧に袋に入れてくれているところを眺めながら、「片方岩泉にあげればいいじゃないか」と良く分からない思考へと至ったのだ。
「と、言う事で。これ岩泉にプレゼント」
明日いよいよ試験という岩泉に、「明日の試験頑張ってね」と付け足して、静香は黒ヤギのパペット人形を岩泉に差し出した。
翌日に試験を控えている岩泉が、「放課後ちょっとつき合ってくれ」と言ったのは今日の昼休みの話である。
どうやら試験を前に落ち着かないらしく、少し気分転換がしたいらしい。
静香も岩泉に例のものを渡すつもりであったので、丁度いいかと頷き、今に至る。
二人で公園のベンチに腰掛け、道中で買ってきた肉まんを食べていた岩泉は、差し出された人形を目にして首を傾げる。
「おー、サンキュー…。というか、何だこれ」
「パペット人形。ちょっと岩泉に似てるでしょ」
静香は黒ヤギのパペットを手にはめて、パクパクと口を動かしながら「おいクソ及川ボゲェ」と今日の岩泉の発言を真似してみせた。
それを聞いて「やめろ…」と脱力しながら言った岩泉は、食べかけの肉まんをぺろりと平らげ、静香の手にあるパペット人形を手に取った。
それを手にはめてパクパクと動かしながら、その黒ヤギの顔をまじまじと眺める。
「……似てるか?」
「目つきとか雰囲気がね」
「そうか…?」
自分では良く分からないらしく、岩泉は人形とにらめっこしている。
それを伺いながら、静香は自身の手に白ヤギのパペットをはめる。
そしてその手で、岩泉の肩をぽんぽんと叩いた。
「ハジメ君、ハジメ君」
パペット人形を動かしながら喋ると、岩泉も空気を読んで黒ヤギの人形を静香の方に向ける。
「なんですか、静香さん」
「微力ながら、明日の試験が上手く行くよう応援させて頂きます」
パペット同士が会話しているようなていで、二人して人形同士を向かい合わせにする。
そして静香はクスクスと笑いながら、すっと息を吸い込み、白ヤギの頭をぺこりと下げた。
「いけいけハジメ、おせおせハジメ」
ファイトー!、とバレーの試合中にあがる応援のかけ声を口にした静香だったが、それを聞いた岩泉は無言のままじっと静香を眺めているだけだった。
カラッとした笑い顔で「サンキュ」と言ってくれる岩泉を想定していた静香は、微動だにしない岩泉の様子に不安になる。
もしかして引かれたのだろうか。
顔を青ざめさせた静香が、「岩泉…?」と様子を伺うと、真顔の岩泉はやっと口を開いた。
「なんか今、グッときたわ…」
「えっ…」
予想外の発言にぽかんとしている静香の事など、知った事ではないらしい。
「前から思ってたけど、お前本当に可愛い奴だよな」などと直球で追い打ちをかけてくるものだから、岩泉は本当に質が悪い。
前からそんな事思ってたのか、と嬉しいやら恥ずかしいやらで静香は当然ながら固まる。
しかし、岩泉がまだ何かを言いたげにしている様子を感じ取り、危機感を覚える。
これ以上殺し文句を事を言われると、静香の方がパンクしてしまいそうである。
静香が内心悲鳴をあげながら「待って岩泉」と静止をかけるも、岩泉は止まらない。
空気を読まずに食べてしまった黒ヤギさんは、「もう1回言って」と可愛らしくお願い事を口にした。
高校生とは言えど、身長180近い男に可愛らしいという表現は適切では無いかもしれないが、静香の目にはそう写ってしまうので仕方が無い。
うぐ、と言葉に詰まった静香はもごもごと口を動かしながら、もう一度白ヤギの口を開閉させる。
期待の眼差しを送って来る岩泉の様子を視界の端で捕えながら、今度はぎこちなくパペット人形を揺らす。
「い…いけいけハジメ、おせおせハジメ…」
岩泉からの視線が居たたまれない事も相まって、ぎこちないかけ声になってしまったが、岩泉はそれで満足したらしい。
「明日頑張るわ、ありがとな」
ぽんぽん、と静香の頭を柔く叩き、岩泉は再び黒ヤギのパペット人形に視線を落とす。
岩泉の大きな手が頭を撫でる感触が好きで、静香は頭に片手をそえて余韻に浸る。
「そういや、昔こういう人形使ったCMあったよな」
「…CM?」
おもむろに口を開いた岩泉は、んー…と声を出しながら腕を組む。
岩泉も記憶は定かではないらしく、何だったっけな…と過去の記憶を辿っているようだった。
静香は思い当たりもしないので、岩泉が思い出すのをただ待つのみである。
しかしそれも10秒程のことで、岩泉は「あ」と声を零した。
どうやら思い出せたらしい。
「私全然分からないや、どんなCM?」
「………」
静香の質問に対し無言でこちらに顔を向けた後、岩泉はニッと歯を見せて笑ってみせた。
そして自身の手にはめた黒ヤギの人形をすっと動かし、それを静香に寄せる。
そしてそのままぎゅむ、と黒ヤギのパペット人形の口が、静香の唇に押しあてられた。
突然の事に意味が分からず、キョトンとしている静香を眺めてから、岩泉は自身の発言に合わせるようにパペットをパクパクと動かした。
「奪っちゃった」
ニシシ、と悪戯が成功した子供のような顔で笑う岩泉に、静香は何も言えなくなる。
キュンとかそんな生易しいものではなく、心臓がごっそりと持っていかれたような感覚。
何故この男は、こんなことをサラリとやってのけるのだろうと文句を言ってやりたくなった。
呆然と固まっていたいところではあるが、未だパペットをパクパクと動かしながら静香の様子を伺っている岩泉になんとか視線を向け、静香は仕返しだとばかりに口を開いた。
「…岩泉は、奪ってくれないの?」
ボソボソと言ってみたのはいいが、中々にわき上がる羞恥は抑えられなかった。
なんとなく白ヤギで顔を隠すが、恐らく静香が照れているのは岩泉に伝わっているだろう。
岩泉も静香の発言には不意を打たれたようだったが、数秒してから神妙な顔で再び自身とパペットの口を動かした。
「……奪いましょうか」
「…奪ってくれますか」
パクパク。
お互いにわざと口調を変え、ふざけたように笑いあう。
ここで岩泉は距離を詰めようとしたが、流石にまだ人がちらほらといる公園のベンチで「奪う」度胸は無いらしい。
うーん、と悩んだ後「後でな」と言い、岩泉は黒ヤギのパペットの口を静香の持つ白ヤギの口元に押し付けた。
後日、及川が嬉々として「ねぇ聞いてよ栗原ちゃん。岩ちゃんたら最近ベッドの枕元にぬいぐるみ置いてるんだよ」とニヤニヤしながら静香に報告してきた。
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