油断大敵恋敵

2月に入り、静香は志望する大学の試験を終えて一段落ついていた。
1週間後に出る結果まではドキドキしながら過ごすことになるが、肩の荷は降りた。
これで合格すれば、晴れて夢のキャンパスライフを送る事となる。
志望の大学に合格すれば、岩泉の新居の予定場所にも簡単に遊びに行けるなぁ、などとにやつきながらベッドに転がる。
最近買ったクッションをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、岩泉とのラブラブ大学生ライフに思いを馳せていると、机の上の携帯が震えた。
浮かれる気持ちのまま、無意味にベットの上で一回転し、静香はクッションを抱えたまま携帯を手に取った。
そして着信の相手を確認し、静香は勢い良く電話に出た。

「もしもし!」
『…よぉ、なんか元気だな』

電話の向こうの岩泉はクスクスと笑いながら、「試験お疲れ」と励ましの言葉をかけてくれた。

『実はさ、この連休中にいとこがうちに遊びに来てるんだけどよ…。お前の話したら、なんか妙に会いたがってて…』

時間あったら、うちに遊びに来ないか?
そんな岩泉のお誘いを断ることなく、特に予定のなかった静香は早速、この後岩泉の家にお邪魔し、夕飯もご馳走になることになった。


「今母さん達夕飯の買い出しに出てんだ。もう少ししたら帰って来ると思う」

大急ぎで身支度を整え、久しぶりに訪れた岩泉の家のリビングは少し模様替えをした様子だった。
以前来た時とはリビングにかかっているカーテンの色替わっており、新しいミントグリーンのカーテンは、青城バレー部のユニフォームを彷彿とさせる。
岩泉に促され、リビングのテーブルの前にある椅子に腰かけてから、静香は室内をきょろきょろと見渡した。

岩泉が電話で言っていた、いとこの『美雪ちゃん』を探すも、見当たらない。
どこにいるんだろう、と首を傾げていると、キッチンから出て来た岩泉の後ろに、女の子がついて現れた。
さらりとした髪をツインテールに結い上げ、おしゃれなツートンカラーのワンピースを身に纏ったこの女の子が、美雪ちゃんらしい。
小学生だと聞いていたが、大人びた雰囲気を漂わせている少女は、うっすらとお化粧もしており、ぱっちりとした目とキラキラ光るグロスを塗った唇が印象的である。
可愛い女の子だなぁと呆けている静香に、美雪ちゃんはお盆に乗せた紅茶を出してくれた。

「いらっしゃい、えっと…お名前…」
「はじめまして、美雪ちゃん。栗原静香です」

静香が頭を下げて挨拶すると、美雪ちゃんはきれいな顔で笑顔を作り、自己紹介をしてくれた。

「岩泉美雪です。小学5年生です、よろしくお願いします。栗原さん」

丁寧な言葉遣いに、「なんて礼儀正しい子なんだろう」と静香が関心している間に、岩泉は静香の正面の席に腰かけた。

「そいつ猫被ってるから気をつけろよ」
「ちょっと!」

さらりと言った岩泉にすかさず食ってかかった美雪ちゃんは、むっとした顔で岩泉を睨む。
岩泉は岩泉で、美雪ちゃんの持つお盆の上にある紅茶を手に取ってゴクゴク飲んでいた。

「そのうち本性なんてバレるんだから別にいいだろ」
「そういう問題じゃないよ!」

ガンッ、とお盆を勢い良く机の上に置いた美雪ちゃんは、先程までのおしとやかさを放り出して岩泉の足に蹴りを入れた。
なるほど、これが彼女の本当のところであるらしい。
じっと岩泉と美雪ちゃんのやり取りを見ていた静香に気づき、美雪ちゃんはハッとして顔を上げる。
静香と目が合い、「しまった!」とばかりに口をぱくぱくとさせている。
そんな美雪ちゃんを見かねて、静香は岩泉に視線を向ける。

「岩泉、せっかく美雪ちゃんが気を遣ってくれてるのに、そんな事言うのはあんまりでしょ」
「…普段からこいつの外面の良さに苦労させられてんだ、お前にくらい別にいいだろ。今日だってその良い例だ」

飲みきった紅茶のカップを持ったまま、岩泉は肩肘をついてため息をつく。
どこか遠い目をしている岩泉を眺めながら、親戚の集まりなどで美雪ちゃんに振り回されている岩泉を思い浮かべ、静香はクスクスと笑う。

「…というか、悪いな。急に呼びつけて」
「ううん。試験も終わったし、結果発表まで落ち着かなかったから、呼んで貰えて嬉しい」
「…そっか」

良かった、と微かに笑う岩泉と見つめ合うこと数秒、不意に岩泉の隣の椅子がガタリと音をたてた。
二人の空気を裂くように、美雪ちゃんが勢い良く椅子に座ったために、岩泉も静香も美雪ちゃんに視線を向ける。
わざと岩泉の方に椅子を寄せ、隣にくっつくように座った美雪ちゃんは、じろりと静香を睨んでいる。

「栗原さん、本当にはじめ君の彼女なんだね」

美雪ちゃんは早速猫を被ることをやめたらしい。
しかし、何故彼女は、こんなにも不機嫌なのだろう。
電話では、岩泉は美雪ちゃんが静香に会いたがっていると聞いていたのだが。
何か気に障るようなことをしてしまっただろうか…と必死に考えながら、静香は先程の質問を肯定するように首を縦に降った。

「…ふぅーん」

美雪ちゃんに吟味するような目で見られ、静香はどこか落ち着かずに姿勢を正す。
彼氏の母親に初対面する彼女のような心境に陥りながら、静香はなんとか笑顔を作ってみせた。
それでも探るような目で始終見られるものだから、静香は内心冷や汗を流す。

これは、良い意味で岩泉家に呼ばれた訳ではないのかもしれない。
静香がそれに気づくのに、時間はかからなかった。


「今日の晩飯なんだろな」と平和な話題を口にしている岩泉を他所に、美雪ちゃんからの刺さるような視線に静香が耐えていると、15分程で岩泉のお母さん達が買い物から帰って来た。
岩泉母と美雪ちゃんのお母さんがリビングに二人して入って来た時の勢いに、静香は気圧される。

「あらー、静香ちゃんいらっしゃい」
「おおっ!噂のはじめ君の彼女ちゃん?」
「あっ…はじめまして。栗原静香です」
「ははぁ…君が硬派なはじめ君をフォーリンラブさせた…」

まじまじと観察されながらそんな事を言われ、静香は仄かに頬を染める。
美雪ちゃんのお母さんは、活気のある綺麗な人だった。それでいてわりとフレンドリーなタイプらしく、早速静香も岩泉もからかって楽しんでいる。
「その言い方は止めろ」とばかりに立ち上がった岩泉だったが、問答無用で買い物袋を押し付けられ、荷物持ちにされていた。
不満そうに買い物袋の中身を冷蔵庫に詰めている岩泉を横目に、静香は夕飯の準備を手伝うと名乗り出る。


今日の夕飯は、美雪ちゃんの好物であるオムライスである。
オムライスだけではお腹が満たされないであろう岩泉の事を考えて、副食にサラダや唐揚げなども作る予定だ。
今こそ家での料理の練習の成果を見せる時!と意気込んだ静香は、まな板の上に置かれたたまねぎをみじん切りしていた。
包丁の扱いは、自身の母親にも岩泉母にも、美雪ちゃん母にも及ばないが、それなりに手際良く包丁を扱えていると思う。
しかし、その手際とは反対に目からは涙がボロボロと溢れており、いまいち格好がつかない。

「おい、静香…大丈夫か」

冷蔵庫に食材を仕舞い終えた岩泉は、たまねぎの成分で目から水分を溢れさせている静香を見てギョッとする。
静香は濡れた手で涙を拭いながら、「大丈夫大丈夫」と言うも、岩泉はそれに納得していないようだった。
リビングの棚の上に置いてあるハンカチをわざわざ持ってきて、それを静香に差し出した。
素直にハンカチを受け取り、それを目元にあてる静香の様子を伺いながら、岩泉は「落ち着いたか?」と声をかけてくれる。

「大丈夫…」
「…本当かよ」

いまだ鼻の奥がツンとしている静香の事等、お見通しらしい。
見かねた岩泉は、「俺が替わる」とさり気なく静香の手にある包丁を攫う。

「いいって、岩泉…落ち着いたから」
「涙ぼろぼろ零しながら何言ってんだ」

呆れた様子で、まな板のたまねぎを刻む岩泉の手つきは、なんというか豪快である。
ダンダンと音をたてる音に、包丁の刃がやられてしまうのではないかと妙な心配をしていると、静香の後方で野菜を洗っていた母親達がクスクスと笑った。


「はじめ君は、良い旦那さんになるね」


二人の様子を伺っていたらしい美雪ちゃんのお母さんが、岩泉母にボソリと言った。
「そうかしらねぇ…」と楽しそうに笑っている母親達の会話をしっかりと耳で拾い、岩泉と静香は二人して息を詰めた。

静香はいつもの事ではあるが、岩泉も珍しく赤くなって、二人して無言で細かくなるたまねぎを眺める。
岩泉が良い旦那さんになる、というのは静香も同意見である。
あわよくば、自分がその岩泉の隣に立つ「良いお嫁さん」になりたい、というのは密かな願望だ。

そんな浮かれたことを考えながら、静香はまな板の上の様子に意識を戻す。
岩泉の手つきは危なっかしいというわけではないのだが、同じ所に何度も包丁を入れているようだった。
その様を見かねて、静香はとんとんと岩泉の肩を叩き「替わるよ」と声をかける。

もう鼻の奥をツンと刺す刺激はなくなり、涙も引いてしまっている。
それを確認してから、岩泉は包丁を静香の手に返し、静香の包丁捌きに目を落とす。

「上手いもんだな」
「…練習したから」

静香の腕もまだまだではあるので、あまり偉そうには言えないが、褒めてもらえるのはとても嬉しい。
緩む口元から思わず声が漏れ、「もっと上手くなるように頑張るね」笑いかけると、岩泉もフッと穏やかに笑った。

「…お前も、いい嫁さんになるな」

別の話に盛り上がっている岩泉母達の様子を見計らい、岩泉は静香にしか聞こえないくらいの声でボソリと囁いた。
呆気にとられる静香に気づかないふりをして、サラリとそんな事を言い残した岩泉は、キッチンを抜けてリビングの方に歩いて行ってしまった。

言い逃げなんて卑怯だ。
そう嘆きながら、静香はドクドクと煩い鼓動を紛らわせるように、たまねぎを「これでもか!」というくらいに細かく刻んだ。

「刻みすぎてペーストになっちゃうわよ?」なんて冗談を言いながら、チキンライスを痛める美雪ちゃん母の隣で、今度はサラダの盛りつけを行なう。
見栄え良くお皿に野菜をどう敷き詰めようかと悩んでいると、不意にリビングから岩泉と美雪ちゃんの話声が聞こえてきた。


「ねぇはじめ君と栗原さんは、どっちが告白して付き合い始めたの?」
「は?」

何だ急に、と返す岩泉の声色はそっけない。
しかし、美雪ちゃんは引く様子もなく、食い付いて行く。

「どうなの?」
「…別にいいだろ、そんなこと」
「良くない!」

ぐいぐいと岩泉に詰め寄る美雪ちゃんの声がキッチンにまで聞こえ、静香は動かしていた手を止めた。
途端、両端に立っている岩泉母と美雪ちゃん母の視線を感じて、非常に居心地が悪い。
ニヤニヤとした顔で美雪ちゃんのお母さんが、静香の脇腹をつつく。

「で、静香ちゃん。どっちなの?」
「…私からです」

静香がボソリと白状すると、美雪ちゃんのお母さんは「あら積極的!」なんて黄色い悲鳴をあげて、静香の背中を軽く叩いた。
「何て言ったの?」と目をキラキラさせて更に追及されるが、非常に答え辛い。
そんなキッチンの様子が伝わったのか、先程まで続いていた美雪ちゃんの質問責めが一瞬止んだ。

岩泉に聞かずとも、先程の質問の答えが出たので当然である。
そしてお次は、その先の質問へと変わっていく。

「なんでOKしたの?」
「んなことより、お前宿題やるんじゃなかったのかよ」

質問を軽くかわしていく岩泉に、美雪ちゃんの機嫌がだんだんと悪くなっていくのがなんとなく分かった。
静香はキッチンからこっそりとリビングの方を振り返り、二人の様子を盗み見る。
可愛らしい頬をぷくりと膨らませている美雪ちゃんを認めて、静香は今日ここに呼ばれた理由を察した。

きっと美雪ちゃんは、岩泉に静香という彼女が出来た事を快く思っていない。
そして今日は、彼女の顔を拝むために、「静香に会いたい」と理由をつけて、ここに呼んだのだろう。


「あの子、寂しいのよ。はじめお兄ちゃんに彼女ができて」

静香が何を考えているのか分かっているのか、隣で卵をかき混ぜている美雪ちゃんのお母さんがそう口にした。
「そうですよね…」と答え、静香は何だか悪い事をしてしまった気持ちになりながら、サラダの上にトマトを乗せる。
あの様子だと、岩泉は美雪ちゃんに随分と好かれているようだった。
そして、今日1日しか話してはいないが、ツンケンしながらも美雪ちゃんは、岩泉に構って欲しそうにしている。
そんな慕っているお兄ちゃんの隣に知らない女がいたら、そりゃあ気に食わないだろう。

「気にしないで、きっと寂しいのは今だけだろうから」

美雪ちゃんのお母さんはさっぱりとそう言って笑い、卵をフライパンに流し入れた。
じゅうじゅうと卵が焼ける音といい匂いに、空腹を誘われる。

「それに、」

美雪ちゃんのお母さんは、フライパンの中の卵の焼き加減をみながら、静香にこっそりと耳打ちした。

「はじめ君、すっごくこっち見てるんだもの。うちの娘が付け入る隙なんて無いわ」

「お嫁さんに貰ったらこんな感じなのかな」とか考えてるんじゃないのかしら?なんてニヤリとした顔で言われ、静香は毎度ながら茹であがった。


ひたすら羞恥を感じるばかりの夕食の準備も終わり、いざ空腹を満たすべく食卓につく。
岩泉のお父さんも美雪ちゃんのお父さんも、今日は仕事の出張で帰って来ないらしい。
5人で「いただきます」と手を合わせると、お腹が空いていたらしい岩泉は、早速ガツガツとオムライスをかきこんでいる。

「はじめ君、お皿かして。からあげとってあげる!」
「ん、サンキュー」

岩泉の隣の席を陣取り、美雪ちゃんは奥さん宜しく、唐揚げや総菜を岩泉のお皿にとってあげている。
目の前で行なわれたそんなやりとりを、静香はただ眺めるだけに終わる。

美雪ちゃんにフン!と得意げな顔を向けられた静香は、苦笑いを浮かべる他無い。
嫌われてるなぁ…と思いながらも、ふわふわ卵焼きを被ったオムライスにスプーンを入れる。
刻みすぎたたまねぎを含んだチキンライスは、味もしっかりと効いており、とても美味しい。

他愛ない話をしながら進む食事中、岩泉母は静香の胸元で揺れるものに目を止め、口を開いた。

「静香ちゃん、そのネックレス可愛いわね。どこで買ったの?」
「えっ」

岩泉母の発言に、正面に座っている岩泉は、無言でそろりと視線を逸らした。
ぎこちない態度で視線を泳がせながら、静香はなんと言おうかと思案する。
まさかこの状況で、これは岩泉に貰いましたなんて言えるはずがない。

「駅前の…最近出来た雑貨屋で…」
「あぁ、あそこね。可愛いアクセサリー多いわよねぇ」
「そこ、美雪も行きつけのお店なのよ」

美雪ちゃんのお母さんがそう言うや否や、美雪ちゃんは得意げに頭につけたヘアゴムの飾りを指差した。

「これ、はじめ君と一緒に買い物行った時に買ったんだよ?」
「…お前が連れて行けってうるせぇからついて行っただけだ」

自慢げにそう言う美雪ちゃんに、岩泉は呆れたように口を開く。
既にオムライスを食べ終えている岩泉は、グラスに入った水を煽った。

「これ、私のお気に入りのブランドなの。栗原さん知ってる?」

リビングにあるかばんを漁り、美雪ちゃんはわざわざショップ袋を持って来てくれた。
なんとかして静香を牽制したい、という気持ちがありありと伝わり、逆にそれを微笑ましく感じてしまう。
こんなことを言ってしまったら、美雪ちゃんは怒ってしまうだろうけれど。

そんな事を考えながら、美雪ちゃんの手にあるブランドロゴを見て「あれ…?」と心の内で呟く。
白い品の良い白地に金色のリボン、この組み合わせのロゴに心当たりがあり、静香は動きを止めた。

クリスマスに岩泉から貰ったこのネックレスは、確かこんなデザインのパッケージに入っていなかっただろうか。


「『プロポーズしたくなる女の子』をコンセプトにしたブランドで、女の子に人気あるんだよ」
「そっか…知らなかったなぁ」
「えー、そうなの?」

静香がブランドについて知らない、と答えた事で美雪ちゃんは満足そうだった。
「偉そうな事言うんじゃありません」とお母さんにお小言を貰っていたが、機嫌は先程よりも良い様子である。

それにホッとしながら、静香は胸が温かくなる心地でオムライスの最後の一口を口に運ぶ。
そして数分後、トイレに出て行った美雪ちゃんを見送り、母親同士で別の話題に盛り上がっている事を確認してから、静香はこっそりと岩泉に話しかける。

「岩泉」
「ん?」
「…ありがとうね」

美雪ちゃんについて買い物に行った時にお店の目星をつけて、これを買ってくれたのだろう。
きっと、ネックレスをレジに持って行くだけでも相当に恥ずかしかったはずだ。
胸元で揺れる花のモチーフに触れながらそう話しかければ、岩泉は悪戯っぽくにニッと笑った。

「…あいつには内緒な」

こうして岩泉家の2回目の夕食会も終わり、美雪ちゃんとの事もできるだけ平穏に終わった、はずだった。



2月の登校日。岩泉達はバレー部の練習を覗きに行く予定らしく、5組に及川や松川、花巻が集まって来ていた。
帰り支度を整えた岩泉は、3人と共に教室を出て行こうと立ち上がり、そこでハッと何かを思い出した。

「静香、これ美雪から預かって来てんだけど…」

スタスタと静香の席の前にやって来て、カバンから可愛らしい封筒を取り出した岩泉は、自身の発言に「あ」と言葉を漏らす。
他の人目があるところでは静香の事を名前で呼ばない岩泉は、両隣にいる花巻と松川に視線を向けられ、居心地悪そうにしている。
思わず口を滑らせた岩泉に「あ、やっぱ普段は名前で呼んでるんだ」と松川も花巻も思っているのだろう。
それに気づかないふりをして、岩泉は封筒を静香に差し出した。

それを受け取り、静香は可愛らしい封筒をひっくり返す。
栗原静香様、と綺麗な字で書かれている宛名を見ながら、静香は嫌な予感を覚えた。

暇そうにしている及川が「何て書いてあるの?」と封筒を覗き込んで来る。
ここで読むのはどうなのだろうと思いながらも、周りから集まる好機の視線に、静香は封筒を止めているシールを剥がした。
そして中に入っている折り畳まれた便箋を取り出し、中を開いた瞬間、静香は無言で固まる。
可愛いリボンのイラストが書かれた便箋の一行目には、おそろしく綺麗な達筆で「果たし状」と筆ペンで書かれていた。
一瞬見間違えたのかと思ったが、何度瞬きしても目に写る光景は変わらず、静香は逆に冷静になっていく。

あぁ、なんとなく、そういう事ではないのかとは思っていた。

推測が確信に変わり、静香は恋敵の宣戦布告に片手で顔を覆った。
どうしよう…と唸っている静香の手の中にある便箋に目を落とした及川も、なんとも言えない表情を浮かべている。

「…うわぁ、すっごく字綺麗だね。習字習ってるのかな?」

及川の苦しいコメントと、人生で初めて貰った果たし状に、静香は苦笑いを浮かべた。


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