素で虐殺するタイプ

岩泉の彼女になれた。

この事実は静香を舞い上がらせるには充分すぎる事件だった。
昨日は男子にも女子にも散々にからかわれ、今日も登校するとクラスのおしゃべりな男子のせいでクラス中に岩泉とつき合いはじめた事がばれた。
岩泉も始終教室で居心地悪そうにしていたが、うっすら照れているようだったので、静香は思わず破顔した。
ふわふわとした気持ちは、放課後の部活動まで続いた。
今日はどんな不運があっても笑顔で乗り切れる。
だから、後輩のノーコンサーブが頭を直撃しても機分は良い。

「ご機嫌だね」

突然背後からかけられた声にビクッと肩が震えた。
勢い良く振り返ると、微笑みをたたえた及川がボール片手に立っていた。
何故女子が練習しているコート付近に及川がいるのだろう。

「ボール頭にくらって笑顔なんて、逆に不気味だよ」
「う、うるさいな…というか、何で及川がここにいるの」
「いやぁ、こっちにボール飛ばしちゃってさ」

拾ったのならさっさと男子のコートに戻ればいいのに。
男子のコートに視線を向けると、金田一君が女子コートにいる及川に気づいて不思議そうにしていた。

「何で男子のコートに戻らないの?」
「ちょっと栗原ちゃんに話があってね」
「何?」
「岩ちゃんから聞いたよ。君たち俺に隠れて逢い引きしてたんだね」
「…は?」

逢い引き?あまり心当たりの無い響きに眉間に皺を寄せると、及川は拗ねたように唇を尖らせた。

「二人とも、同じ曜日に同じ委員会の仕事してたんでしょ?」
「…あぁ」

岩泉は3年、静香は2年の体育委員歴がある。
岩泉の場合は周りからの推薦と本人の希望もあって委員会に入っているが、静香の場合はクラス内じゃんけんに負けた結果である。
体育委員はその名前の通り、体を動かす仕事は多いし、体育の時間は先生にこき使われる。
そして極めつけはとても大変な体育祭の運営の仕事である。
このせいで体育祭は出場競技以外自由が無いという。

仕事の多い委員になってしまったと落ち込んだ静香を他所に、岩泉は1年の頃から継続という事もあって特に何も思うことは無いようだった。
岩泉とは部活も同じで顔を合わせることはあるものの、大して話した事は無かった。
高校2年時に同じクラス、同じ委員会になった時は、まさか岩泉の事を好きになるとは思いもしなかった。

「俺も1年の時に体育委員やってたけど、結構忙しくてもう勘弁だなって思ったよ。なのに岩ちゃん3年連続で体育委員やるから、もしかして脳筋気味の岩ちゃんにはもの凄く合ってたのかなぁーって思ってたんだけど、見当違いだったんだね」
「間違いでは無いと思うけど…」

主に力仕事などを任されている岩泉は、特に苦痛そうではなかったし、体を動かすことが好きだからなのか、なんだかんだで委員会の仕事も楽しそうにこなしていた。
岩泉の性格には合っていたように思う。

「やっぱり栗原ちゃんも岩ちゃんのこと脳筋だと思う?」
「いや、そこじゃなくて」

及川に肯定したのはそこではない。
でも…考えるより本能的に動いてしまいそうではある岩泉は、なるほど…脳筋…っぽいかもしれない。

「栗原ちゃんと一緒に仕事できるから、今年も体育委員やってるんだよ、多分」
「…そうかなぁ」
「だって岩ちゃん学校ではほとんど俺と一緒にいるんだよ?なのに、栗原ちゃんとそれなりに仲良い事、俺にずっと黙ってたというか隠してたんだよ?」

昨日まで俺、栗原ちゃんが体育委員だって事も知らなかったし、岩ちゃんと良く話すことも知らなかった。
ずい、と大きな背を縮めて寄って来る及川に、静香は一歩後退した。
自分だけ何も知らされていなくて拗ねているようで、及川は目を細めてこちらを睨む。

「なんで岩ちゃんに脈あるっていう、すっごく面白そうな事教えてくれなかっ…いだぁ!」

ぼん、という鈍い音と共に及川の後頭部にボールが直撃し、跳ねかえっていく。
ぶつけたボールは、岩泉の元に綺麗に返っていく。
その様を見ていたのか、花巻と女バレ部長が「ナイサー」を声援を送る。
頭をさすって振り返った及川は、眉間に皺を寄せた岩泉を視界に入れて「げっ」と声を漏らした。

「及川、てめぇさっきから練習サボってんじゃねぇよ」
「やだ岩ちゃん、ずっと俺の事見てたの?」
「誰が見るかボケ」

ニタァ、と口元を歪めた及川を静香は見逃さなかった。
なんだか嫌な予感がする、と不安になる静香を他所に、岩泉は不機嫌そうにボールを軽く宙に投げて片手でそれをキャッチした。

「じゃぁ栗原ちゃんの事見てたの?」
「あ?」

最悪な事に、及川の声はコート中に響き渡った。
わざと大きめの声で発言し、岩泉のことをからかっているらしい。
同時に静香も全員の視線を集める事になるので、非常にやめて欲しい。

「別に自分の彼女見てたっていいだろ」

それなりに静かになった体育館で、岩泉がさらっとそう言うものだから、及川も静香も、岩泉の発言を耳にした人間全員が硬直した。
岩泉が恥ずかしがる事を期待していた及川は、思わぬド直球に呆然としている。
静香は、激しく動き出した心臓と共に、みるみる顔に熱が集まっていくのが良く分かった。

もの凄い殺し文句だよね?と囁いている後輩の声に、静香は心の中でぶんぶんと首を縦に振った。
嬉しい。嬉しいが強烈に恥ずかしい。

「…岩ちゃんさぁ…部活中にそういう事言うのやめた方がいいよ」
「は?」
「ほら、栗原ちゃんを見てみなよ。死にそうじゃん」

恥ずかしいやら嬉しいやら、赤くなった顔を見られたく無いやらで静香は膝をついた。
昨日の今日でやめてほしい、本当に。
顔を手で覆っていると、静香が座り込んでいる事を心配してか、岩泉が傍までやってきた。

「おい、栗原。大丈夫か?」
「…あの…大丈夫だから…気にしないで…」
「いや、大丈夫そうじゃねぇだろ」

岩泉の声が近い。
膝をつかせるような状況にした岩泉が傍にいるものだから、静香はなかなか顔が上げられない。

「岩ちゃんがとどめさしてるようなもんだよ」

及川の呟きに、静香含む一同が頷いた。


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